王位を求める者
誤字脱字の指摘、大変助かっております。
王の部屋に繋いだ扉を開け覗き込むと、そこにはミスラが居た。何人かの傷ついた騎士も居る。
そして、血を流すマティアス王。
アイナはエリア・ハイヒールを唱え、部屋の中に居る者を回復した。
俺は鎧や服に着いた血を洗浄魔法で落とす。
「マサヨシ、助かった」
ミスラが俺の手を握る。
「義理の兄貴に結婚式の日に死なれてはな」
俺がそう言うと、
「言ってろ! バルテン公爵が動きそうなのは分かっていたんだが、周りを守る騎士の数が少なすぎた。何とか王の間には逃げ込んだんだが、このありさまだ。王の間は最後の砦、一応逃げ道もある。しかし、怪我人が多くてな。ここで動けなくなってしまっていた」
とミスラは言った。
「まあ、お前が来たのなら大丈夫か」
ミスラは一つため息をつくと、ニコリと笑った。
ガンガンと入り口の扉が叩かれる。外の兵士はハンマーでも持ってきているようだ。
うるさいなぁ……。
「フウ、無力化を頼む」
すると、扉の向こう側の音が無くなる。
おう、静かになった。
ん?
ふと、マティアス王がアイナをじっと見ているのに気付く。
そして、
「フェリシアがなぜ?」
とアイナの顔に驚き手を伸ばしながら呟いた。
「違う! 私はアイナ。お母様ではない!」
アイナは大きな声を上げマティアス王の言葉を否定する。
するとマティアス王はビクリと手を止めた。
俺は頭を掻きながら、
「マティアス王、聖女フェリシアじゃないんだ。ちょっとした事故があってな、アイナは歳をとってしまった。今目の前に居るのはアイナだ」
マティアス王は力なく手を下げると、
「それもそうだ、フェリシアのはずがないか。あいつは死んだはず。それにしても、似ている」
残念そうにマティアス王は呟いた。
「なに残念がってる? せっかくあんたに見せるためにアイナがドレスを着てきたのに」
そんなつもりはないということなのか、アイナは「フン」と言って目を逸らす。
急ぎだからそのまま来たという設定かな?
まあ、確かにドレスのスカートは半分になっている。
そのアイナの姿を見たマティアス王は目を細め、
「フェリシアがドレスを着ればこんな感じだったのかもしれないな。ありがとう、アイナという娘よ」
我が娘と言わずに礼を言った。
そこは「アイナ」と言ってもいいと思うがね……。
「しかし、わざわざ俺の結婚式の日に反乱とはな」
疑問に思っていた事をマティアス王に言った。
「儂が弟に言っておいたからな。お前の結婚式の日なら、オウルにお前の邪魔が入らんとでも思ったのだろう。そして、お前は娘を幽閉に導いた憎い『貴族殺し』。だから、排除のためにベルマン辺境伯が動いた。今なら不意をつけると思ったんじゃないのか?」
ニヤリと笑うマティアス王。
「ふう、王が原因ですか……」
それを聞いて俺はため息をつく。
「それでマティアス王、あんたはどうしたいんだ?」
「俺か? まずはこの部屋を出て謁見の間に行こうか。そしてその場所に居る勝ち誇ったバルテン公爵に挨拶に行くつもりだ」
「俺の威を借って強引に振る舞うのはやめない?」
いい加減にして欲しい。
そんなことを思っていると、
「マサヨシの優しさに付け込むなら許さない」
アイナが怒ってマティアス王に言った。
「アイナという娘よ、今度が最後だよ」
マティアス王はアイナにそう言ったあと、俺のほうを見る。
そして、
「マサヨシ、お前の美味しく育てた自治領を奪いベルマン辺境伯に譲るらしい。それが今回の反乱が成功した際のベルマン辺境伯への報酬なのだろう」
と言った。
「バカだなぁ、あそこに攻め込んで結婚式の参加者の顔を見て、ベルマン辺境伯は耐えれるのかね」
「さあ? わからんよ。参加者までは言っていないからな」
クスリと笑うマティアス王。
「まあ、指示は出してある。クリスやフィナ、マール。リードラも居れば、ケルベロス、フェンリルも居る。過剰戦力だろうな」
と返事をしておいた。
「すでに指示を……さすがだな。それでは行くか」
そう言ってマティアス王は立ち上がる。
それを見た騎士は王の前に、後ろにアイナが、両脇を俺とミスラが守る形になった。
レーダーには赤い光点ばかり。
精霊たちにも手伝ってもらうかね。
「周囲の敵の無力化を頼む」
そう呟くと、精霊たちは体を飛び出す。
すると、無力化した者が次々と赤の光点がからへと変わっていくのだった。
謁見の間までの道のり、気絶した兵士がゴロゴロしていたが、攻撃を受けることは無かった。
精霊たち、いい仕事してます。
その中に動く影。
「王、ご無事でしたか」
数少ない味方の騎士なのだろう、傷だらけの体を引きずりながらマティアス王の前に現れた。
「お前たちのお陰で助かった。感謝する」
「そのお言葉だけで……」
と、騎士は泣いて喜んだ。
アイナは騎士に近づくと体に手を添え、手が光り怪我をした兵士の傷を癒すのだった。
「しかし、なぜ急に敵が倒れ始めたのでしょう」
騎士が腕を組み考える。
「それは、こいつらが来たからだよ」
俺とアイナを指差しながらミスラが言った。
「あなたは?」
不思議そうに騎士が俺に聞いてきた。
「ああ、俺か? 『貴族殺し』って聞いたことがないか?」
「はい、聞いたことがあります。ものすごい魔法使いだとか……」
「それが俺なんだ」
自分で言うのはこそばゆいが、その通りなんだから仕方ない。
「王を助けていただきありがとうございました」
騎士が頭を下げた。そして、
「しかし、なぜあなたが王を?」
と聞いてくる。
「この王都騎士団団長、ミスラの妹を妻にしてしまってな。つまりミスラは俺の義理の兄貴なんだ。そのミスラが守る王を俺が守ってもおかしくないだろ?」
王が義理のオヤジってのは言わないほうがいいような気がしたので、理由付けでミスラを使わせてもらった。
謁見の間の前に着く頃には騎士と兵士で二十人程になっていた。
謁見の間の中に入ると気を失っているバルテン公爵。
そして綺麗な服を着た貴族風の男が数人。
転がっている奴等をマジックワームの糸で縛り上げ、バルテン公爵を気付けの魔法で起こす。
キョロキョロと周囲を見渡すバルテン公爵。
訳がわからないのだろう。
俺を見つけると顔に恐怖の色が浮かぶのだった。
「んー、俺んちを攻めるって聞いたんだが……」
俺が聞くと、バルテン公爵はニヤリと笑い、
「今頃、攻め込んでいる所だろう。こんなところに来ていて大丈夫なのか?」
と言う。
「んー、大丈夫だと思う」
「へ? ベルマン辺境伯の領兵と言えば騎兵と兵士、魔法使いで二千は居るという。それでも?」
「ミスラ、うちの戦力ならどのくらい相手できる」
顎に手を当て考えるミスラ。
「万単位……じゃないかな。それも精鋭」
と、答えた。
「え? 人口で百人前後しか居ないと聞いていたが?」
バルテン公爵が聞く。
「魔物の事は調べていないのか? ドラゴンも居る、ケルベロスも居る、フェンリルも居る。そしてその部下の犬たち。更には高位のシュガーアントやハニービーも居る。だから、大丈夫だと思うけどなぁ」
「えっ?」
冷汗を流し固まるバルテン公爵だった。
「にしても、おっさん、そんなに王になりたいのか?」
バルテン公爵に聞いてみた。
「そうだ、なりたい! 今であれば、お前のせいで兄の力は衰えている。この機会に、兄に変わって王になろうと考えてもよかろう? 儂ならばこの国を上手く回せる。そのような策も多く持っている」
公爵の脳内シミュレーションは完璧らしい。
「だってさ……」
そう言ってマティアス王を見た。
といっても、マティアス王のほうが、バルテン公爵……アンタよりは力あると思うんだが……。
マティアス王が「ふう」とため息をつくと、
「馬鹿だな……わかっていない」
と言って笑う。
「王なんていうのはろくなもんじゃない。お前みたいなろくでもない貴族の相手をしなきゃならんし、周囲の国との交渉もうまくしないとダメだ。そのための努力がわかるか? 上手くいかなければ文句を言われ、上手く行くのが当たり前。権威などマサヨシのような強い者が出てくれば、吹っ飛んでしまう。それでも王になりたいのか?」
「権威」のところは申し訳ないかな……。
それでも、
「なりたい」
と、即答のバルテン公爵。
マティアス王が「フッ」っと鼻で笑う。
あっ、これ説得を諦めた顔だ。
王なんてどうでもよくなったか?
そして、マティアス王はニヤリと笑い悪い顔になった。
「王になりたいならば、ベルマン辺境伯の土地をマサヨシに譲れ。それで王位を譲ってやる」
「えっ、本当か?」
「王位を譲る」という言葉を聞いて喜ぶバルテン公爵。
「どうせマサヨシの自治領をベルマン辺境伯が攻めてるんだろう? 死なないとは思うが負ける。負けた者の土地を勝者が得るのは必定」
「何故そう言いきれるんだ?」
信じられないような顔でバルテン公爵がマティアス王に聞いた。
「ベルマン辺境伯が死なないって言うのは、ただ、このマサヨシが人を殺すのを好きじゃないからだ。何とかして無力化しているだろうな」
よくご存じで……。
「勝ち負けどうこうは、さっきミスラ・バストルから聞いただろう? マサヨシ無しで最低でも万単位の兵が要るというのに、たった二千の兵士しか送っていないんだ。高位のドラゴンだけだとしても領兵だけで勝てるとでも? ドラゴンのブレス一撃で百人単位で死ぬぞ? 他にもあの自治領は上位の魔物の巣だ。断言しようベルマン辺境伯は完膚なきまでに負ける」
マティアス王は言い切った。
マティアス王が「王位を譲る」という発言の後、バルテン公爵とマジックワームの紐で縛り付けていた貴族を解放すると、マティアス王の威厳なのか俺を恐れているのかわからないが、バルテン公爵を旗印に反乱を起こしていた貴族たちは兵を納め落ち着きを見せる。
そして、マティアス王の号令の下、謁見の間に今居る王妃、王子、貴族、官僚を集めた。
王の横にはミスラと俺、そしてアイナが立つ。
マティアス王は玉座に座り、
「今は儂が王である。バルテン公爵に王位を譲るのはドロアーテよりベルマン辺境伯が去ったあととする。領土を持たぬ大臣や官僚の希望者は儂と一緒にマサヨシのところに来ても良い。給料などは減るだろうがな」
あっ、マティアス王が俺に聞かないで勝手に決めてる。
「我が妻たちも来たい者だけ来ればよい」
と言った
バルテン公爵もその言葉に頷く。
これで、しばらくすればマティアス王は王でなくなるだろう。
抑えで一応言っておくか……。
「俺からも言っておく。俺んちに来る前にマティアス王に何かあれば、その貴族を探し出して潰すから」
俺がバルテン公爵を睨みながら言うと「ひぃ」と言って怯えた。
結局、上手く使われてしまったか……。
俺が人の輪に近づくと俺の周りから人が居なくなる。
ああ、俺が恐れられてるわけね。
一応人間だから、そんなに逃げられても……。
アイナがトントンと肩を叩く。
俺が振り向くと、
「私はマサヨシがいい」
とアイナは笑って慰めてくれた。
「今は私が王である」という言葉に便乗し、
「マティアス王。それなら、ついでにアビゲイル様を俺の場所に移動させてもいいかな? 教養高くて裁縫ができる人ってのはなかなか居ないんだ。今後孤児も増えるだろう。その先生をやってもらいたいと思ってる」
と聞くと、
「好きにしろ」
マティアス王が言う。
これで、言質を得た。
俺とアイナ、マティアス王は話が終わると謁見の間を離れ、王の間に居た。
「バルテン公爵の下につかない貴族も出てくるんじゃないか?」
俺はマティアス王に聞いてみると、
「そうだな」
と、少しマティアス王は考え。
「しばらくは貴族たちは静観するだろう。そして、王に力が無いと知ると、王を倒そうとするか、王に取り入って甘い汁を吸うか、お前に声をかけてくるかだろうな」
マティアス王はニヤリと笑う。
悪い顔だ……。
「最後の『俺に声をかける』ってどういうことだよ! 面倒ごとを押し付けないでくれない?」
「王ってのは面倒ごとを何とかするその力がある者がなればいいんだ。それは儂には無理だった。それはお前のせいでもある。それじゃ、後始末をしたら引っ越すからよろしくな」
肩の荷が下りたのかマティアス王の言葉遣いが軽い。
「マサヨシのところに来ても、あなたの住む家が無い」
アイナはそんなマティアス王を睨みながら言う。
それを聞き、
「いや、儂はドロアーテに住まわせてもらう。マサヨシの元にはまだ人材が足りないのであろう? ベルマン辺境伯の土地を貰ったとして、どうやって統治する? つまり、政治経験のある者が必要だ」
そりゃ、政治の長は王なんだろうが……。
「王が言えば、いくら自治領の領主とはいえ断れないんだろ?」
マティアス王はぺろりと舌を出し、
「よくわかったな。ヘルゲも楽しそうな手紙を送ってきていた。儂も便乗させてもらおうかとな。儂はマサヨシの部下としてドロアーテの統治をやらせてもらうさ。よろしくな自治領主様」
と、マティアス王は俺に言うのだった。
あの「フッ」と鼻で笑った時に、決めたのかもしれないな。
ん? あれ? 俺、国を作らないかんの?
そんなことを悩んでいると、ミスラが俺に近づいてきた。
「騎士団が無いんだろ? 設立を手伝わせてもらえないか? 王都騎士団の者たちにも聞いてみるつもりだ」
「そりゃ願っても無い事だが、王都は大丈夫か?」
「しばらくは我々が治安を守るが、あとはバルテン公爵が王になってから頑張ればいい事」
「要は丸投げね」
俺が言うと、
「そういうこと、俺たちがどれだけ苦労していたか知ればいいんだ!」
と、恨み言を言いながらミスラは大きく頷いた。
「俺が最初のオースプリング王朝からの離反者になるかもしれないなぁ。ちょっと飛び石になるが、開拓してバストル伯爵家までの道が欲しいな」
俺をチラ見しながらミスラが言う。
「こっちも面倒なことを言う。考えておくよ。さて、王の護衛は任せたぞ。さて、俺は家が心配だから帰る。アイナ行くぞ!」
ミスラにそう言うと、俺は扉で披露宴会場に繋いで向かうのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
私の手違いで死んでいたルーマン公爵を出してしまいました。
バルテン公爵に変更しております。
申し訳ありませんでした。




