バーリーの店
誤字脱字の指摘、たいへん助かっております。
クリスに言われたバーリーの店へ行くと、エルフにしては筋肉が付いた男が門番のように立っていた。
既に、俺とエリスは目をつけられているようで、
「ここはエルフ限定の店、別の店を探すように」
扉の前に立っただけで男に注意されてしまった。
「精霊の格が高かったら、入れてもらえるって聞いたんだが」
「店主の精霊が認めれば入れる。あの人の精霊は中位の中でも高位に近い精霊だ。あの人の精霊をここに呼びつけられるようなら、この店に入ることができるかもしれない。まあ、人間になどそんなことは無理だろうがね」
最初っから無理と言われてしまった。
俺が精霊を出そうと考えていると、
「ホムラちゃんに精霊を呼んできてもらっていい? あのね、ホムラちゃんも強くなってるんだよ?」
エリスがホムラを呼び出すと、
「こんな小さな子が……なぜこんな高位な……」
門番の男はエリスを驚きの目で見ていた。
ん?
現れたホムラは年齢的にも身長的にもエリスより大分大きくなっていた。
胸から腰のラインや顔そのものも……。
「あのー、エリスさん?ホムラが大分大きくなっているようだけど?」
エリスに聞いてみると、
「うん、私より『ちょっと』年上に見えるようになった」
答えたわけだが、俺的には「ちょっと」ではなく「大分」年上に見える。
どう見ても「大分」成長している。
じっと見ていた訳ではないが、エリスがクリスと一緒に魔法の訓練をしている姿を見かけていた。
この成長はそのせいなのかもしれない。
コレなら大丈夫だろう。
「まあ、エリスがそう言うならやってみて」
「わかったー。ホムラちゃん、ちょっと中に入って店主の精霊って言うのを呼んできてもらえる?」
エリスがそういうと、
「はーい」
とホムラが返事をして。すっと店の中に入って行った。
「ホムラって、言葉喋れるの?」
「えっ、知らなかった? クリス姉ちゃんが『もう高位だよ』って言ってた。『隷属化したマサヨシの精霊が四体とも化け物じみてるから、精霊が育ちやすいのかしらねぇ』って腕組みながらブツブツ言ってたけど……」
「そっ、そうなんだ……。ふーん」
嫌な予感しかしない。
俺についている精霊ってどうなってるんだろう?
しばらく待っていると、店の外に店主のものと思われる精霊がホムラとキャッキャ話しながら出てきた。
精霊がエリスの前に来ると、エリスが
「精霊ちゃんごめんね。クリス姉ちゃん、えーっと、クリスティーナ・オーベリソン殿下だっけ? がここのお茶が美味しいって言ったんで、ここでお茶を飲みたいの。だから、店主さんを呼んでもらえないかな?」
と、出てきた精霊に頼むと、精霊は再びスッと店に戻った。
しばらく待っているとドタドタと急いで出てくる足音がする。
「上位精霊を連れたお嬢さんが来たって?」
店主らしき男がやってきた。
俺が確認した二人目の太ったエルフが精霊を伴って現れた。
「店主、この方が高位精霊を連れたお方です。エルフではありませんが……」
「ここでお茶を飲みたいのですが、いいですか?」
店主はエリスを見るとニッコリと笑い、
「小さな精霊使い様、どうぞ中へ」
とニコニコした顔でエリス見ながら店の中へ入れた。
すんなりだな。
続いて俺が入ろうとすると、
「お前は精霊を連れていないだろう?」
と店主に止められてしまった。
「エリスの連れなんだが……」
と俺は言ってみる。
「連れだろうが誰だろうがエルフでない者は高位精霊を連れていないとこの店に入れない決まりだ!」
「誰が決めた?」
「店主である儂だ」
店主にバッサリと否定されてしまうのだった。
店長の精霊が俺の中に居る者たちの事を察し「やめて!」という感じで店主を止めようとはするが、店主は意に介さない。
少々イラっとしたので、
「悪いが、みんな外に出てくれないか」
怒気を含んだ声で精霊たちに頼んだ。
すると気配を察した精霊たちが臨戦態勢で全部飛び出してきたのだが……。
あれ? 全部人型だねぇ。
光の玉のような初期の精霊が居なくなっていることが気になるが、まあ、あとで……。
いきなり展開したクリス曰く「精霊女王級」らしい精霊たちとその他大勢の人型の精霊たちに店主の精霊はひれ伏した。
「えーっと、僕はなにと戦えば?」
「あの精霊と戦えばいいんですかぁ?」
「私が出なくても勝てる」
「この店を砂にすればいい?」
エン、スイ、フウ、クレイが口々に敵意を表す。
ん?フウは面倒くさいだけか……。
店主は意味がわからず、ただ呆然としているだけだった。
「あっ悪い。ちょっとナメられてたみたいだから出てもらっただけなんだ」
俺は精霊たちに謝ると、
「この様子だと出番はない。ちょっと待って、話を終わらせる」
そう言って、店主に近づいた。
「で、俺はこの店に入っちゃいかんのかね?」
と聞いてみる。
俺に怯え、額から流れる冷や汗をハンカチで拭きながら、
「あっ、ええ、どうぞ……だっ大精霊使い様」
店主が俺に言った。
俺はそんな店主を見下ろしながら、
「じゃあお邪魔するよ」
と言って店の中に入るのだった。
誰も俺たちを導く者が居ないので、勝手に空いている席に座った。
カウンターの裏で「お前が行けよ」的に押し付けられた気の弱そうなウェイトレスがやって来る。
エルフなので美人なんだけどね。
「いっ、いらっしゃいませ、何をお持ちいたしましょうか?」
恐れているのかウェイトレスが手を震わせながらを俺とエリスに聞いてきた。
「そんなに怖がらなくても、お父さんはあなたを食べたりしないから」
エリスがウェイトレスを落ち着かそうとしていた。
つか、エリスは俺が食うと思ってるのかね。
別の意味で……いやいやそれは無いでしょう。
「この子が言っていることは本当だ。君を取って食おうとなんて思わない」
俺がそう言ったからって、慰めにもならないことは何となくわかるが一応言っておく。そして、
「ここで一番美味しい紅茶を三つ出してもらえるか。クリスに? ああ、クリスティーナに勧められて来たんだ」
と聞いてみた。
「姫様を呼び捨てなんですね」
「ああ、婚約者だからな」
ウェイトレスの疑問に俺は答える。
「えっ……………………」
予期しない返事だったのか、ウェイトレスは俺の答えにしばし固まった。
「えーっと、一番美味しい紅茶ですね。一杯銀貨十枚になりますがよろしいでしょうか?」
しかし、気を取り直して価格の説明をする。
一杯十万円か……。
「ああ、価格については問題ない。ところで、この店は菓子を持ち込んでもいいのか?」
「えーっと、それはわかりかねますので、オーダーを入れる際に上司に聞いてきます。それでよろしいでしょうか?」
「ああ、お願いするよ」
俺はウェイトレスに依頼した。
「お姉さん、私たちの専属?」
エリスはウェイトレスに聞いた。
「多分……押し付けられましたから」
言わなくてもいい事まで言うウェイトレス。
「お姉さん、お父さんのお菓子って美味しいから、紅茶を持って来たら一緒に食べよ。そんな役得があってもいいと思うんだ」
エリスはウェイトレスを誘った。
「いいのですか?」
「いいよね? 父さん」
「ん? 数はあるから問題ないが、一応店の許可を取ってだな。君が面倒だろ? 俺らの専属なら俺らのテーブルに居ても問題ないだろうからね」
「畏まりました。それではオーダーを入れてきます」
そう言って、ウェイトレスはオーダーのために奥に下がった。
「どんな紅茶だろうね。マール姉ちゃんのより美味しいのかな?」
エリスは少し高めのテーブルに両手を組んで肘立てした上に顎を乗せ、俺に聞いてきた。
「それはわからんよ? マールの紅茶は茶葉の味を引き出したもの。他にもジャムや砂糖を入れて甘味を追加したものや、果物やその果汁を入れて酸味を追加したものとかいろいろあるからね。どれが美味しいってのは人それぞれじゃないかな?」
「ふーん、そんなもの?」
「そう、そんなもの」
そんなことを話しして待っていると、さっきのウェイトレスが紅茶を持ってやってきた。
「お待たせしました。こちらがロイヤルティーバードの紅茶になります。えーっと、三つでしたが、もう一方は?」
「わたしです」
パタパタと羽ばたきアグラが机の上に降りた。
「フクロウが喋った」
「私はマサヨシ様の使い魔ですから、言葉ぐらいは話せますよ。なんせ、精霊女王並みの精霊を使役している方ですから」
アグラめ、適当に言ってるな。まあ、使い魔のほうが面倒臭くなくていいか……。
「そうですね、何でもありっぽいですよね」
変に納得するウェイトレス。
「ところでロイヤルティーバードって何?」
「えーっと、ティーバードとは茶を摘み巣を作る鳥です。その巣に使った茶葉はティーバードの唾液により茶葉の発酵が進み、甘く芳醇な香りを醸し出すようになるのです。ただし、そのせいで魔物に巣を狙われることが多く、なかなか巣を手に入れることができないため希少なのです」
唾液に酵素でもあるのかね?
「ロイヤルが付くとどうなる?」
ウェイトレスはエプロンのポケットから、カンペのようなものを取り出しチラ見すると、
「そっそれは……ロイヤルティーバードはティーバードの上位種であり、さらに数が少なくなり希少性が上がります。そのロイヤルティーバードの茶葉はティーバードの茶葉の上を行く甘さと香りを感じることができます」
と説明した後、すぐにカンペを仕舞った。
「ありがとう、よくわかったよ。それで、君は我々の専属で問題ないのか?」
「はい、上司に『むしろそうしてくれ』と言われました」
体のいい押し付けか……。
「菓子については?」
「今日は目を瞑るそうです」
横に立って待たれるのも気になる。
「じゃあ、君の分のロイヤルティーバードの持ってきて、お金は俺が払うから」
「えっ、いいのですか?」
「えっ、いけないのか?」
「普通はお客のほうがウェイトレスに紅茶を振舞ったりはしませんが……」
俺のような奴は珍しいんだろうな……。
「じゃあ、新しい紅茶をもう一つ持ってきてくれないか? 俺がもう一杯欲しいんだ。でも余ったら飲んでくれればいい……これでいいかい?」
回りくどいだけだけどね。俺が言いたいことがわかったのか
「えっ、ああ、わかりました。ロイヤルティーバードの紅茶をお持ちします」
そう言ってウェイトレスは奥へ行った。
俺は、前の世界のイチジク、こちらのフィコンのケーキを四つ取り出した。
サラの新作である。
小さめのスポンジケーキの間にフィコンと生クリームを入れて重ねドーム状にして、その上に生クリームを塗り、薄く輪切りにしたフィコンを張り付けていた。どこから仕入れてきたのか、表面には甘みを抑えたゼリー状の物まで塗られている。いつものショートケーキより少し大きめか……。
サラたちの技術上がってるなぁ……。
ケーキを出している間に、パタパタとウェイトレスが戻ってきた。
「お待たせしました」
「じゃあそこに座って、そしてこれが君のお菓子」
俺は小皿に載せたケーキをウェイトレスに差し出した。
「えっ、これがお菓子? きれい……」
ケーキなど見たことが無いのだろう、ウェイトレスはじっとケーキを見ていた。
「お父さん食べていい? お腹が空いたよ。喉も乾いたし」
「マスター食べていいですか? 待ちきれません」
マテをされている犬のように一人と一羽は俺を見上げる。
「じゃあ、食べて良し」
エリスはフォークを手に持ち、アグラは片足でフォークを器用に持ちいそいそとケーキを食べ始めた。
それに続き、ウェイトレスが一口含む。
「えっ、何この柔らかさとフィコンの自然な甘さ……美味しい。こんなの初めて食べました」
サラのケーキの美味さに驚いているようだ。
「美味しいなら良かった。よかったな変な精霊使いの専属で」
俺が皮肉を込めてそういうと、
「はい」
と言ってウェイトレスは満面の笑みを浮かべた。
俺も紅茶を一口含んだ。
確かにマールの紅茶よりも甘く芳醇な香りがする。その裏に少し渋み……それがアクセントになって味を引き立てる。
この茶葉でマールに紅茶を入れて欲しいという欲がでてしまった。
「ところで、ロイヤルティーバードの紅茶はそんなに希少なのか?」
「そうですね、元々ロイヤルティーバードが希少な鳥の上に美味しい茶葉とロイヤルティーバードの双方が揃わないといい味が出ません。更に茶葉として使える巣が手に入るのがストルマン近郊で年間で数個と聞いています。それを選別し飲める状態にする。希少さと手間でどうしても単価が高くなるのです」
俺がアグラのほうを見ると、俺の意図がわかったのかケーキを食べながら羽でサムズアップするアグラの姿が見えた。
ロイヤルティーバードを発生させることは可能のようだ。
暫く四人で話をしていると、店主が現れた。
「この紅茶美味いな、確かに甘味と香りが段違いだ」
「ありがとうございます、大精霊使い様。先ほどそこのマルリに聞いたのですが、クリスティーナ姫の婚約者だとか?」
「マルリ? ああ、ウェイトレスのことか。そのことなら、オヤジさん……おっと国王にも許可を貰っている。あとは『いつ結婚式をするか?』になっているところだよ」
「なぜ、あなたにクリスティーナ姫との結婚の許可が出たのですか? エルフは純血を好むはずですが……」
「さあ、そこは国王に聞いてもらわないとわからんよ。ただ、精霊騎士団を壊滅近くまで追いやったことはあるから、何かあった時の力として確保しておこうと思ったんじゃないか?」
そんな話をしていると、ホムラが主人の精霊を連れて俺の近くに来た。
「この子ね、もう少しなんだ。もう少ししたら私と同じように精霊が見える人と話せるの。だから、マサヨシ様の魔力を少し分けてあげてもらえないかな?」
まるでエリスが俺に話すようにホムラが俺に話してきた。
一緒に育ったから似たのかね。
「ああ、いいぞ?」
俺は精霊の頭に手を置き魔力を流し込んだ。
おっと〇長老っぽい。最〇老は引き出す方だったな。
精霊は驚いた顔をする。
しばらくすると精霊が少し大きくなり大人びたような気がした。
「マサヨシ様、もう大丈夫。この子、私と一緒になったから」
ホムラがそういうと俺は魔力を止める。
「あっ、えっ、言葉が出る。あっご主人様聞こえますか?」
精霊は店の主人に声をかける。
「ウィン、お前話せるようになったのか?」
「はい、この方の魔力で成長することができました」
「この子はここ何十年も成長していませんでした。私の魔力では無理だったようです。マサヨシ様と言いましたか……ありがとうございます。この店の主人であるバルド・バーリー、このご恩は忘れません」
縋るように礼を言ってくるバルドさん。
ウィンって精霊を可愛がっていたのがよくわかる。
「いいよ。俺は魔力を少し分けただけだから。礼を言うならホムラだよ。あいつが気付かないと今のこの精霊は無かった。恩を感じるならホムラだよ」
「それではこちらの気が済みません」
「気が済まないと言われてもなあ。んー」
俺は顎に手を置き考え、
「だったら、俺が紅茶関係で何かするときに手を貸してくれないか。あと、ロイヤルティーバードの茶葉を少しもらえると助かる。家でも飲んでみたいからね」
というと、
「大精霊使い様。畏まりました」
そう言ってバルドさんは頭を下げるのだった。
「その『大精霊使い様』って言うのやめてもらえない?俺の名前はマサヨシだから、適当に」
「わかりました『マサヨシ様』と呼ばせていただきます」
「あー、お腹いっぱい。今度のケーキは美味しいけど少し大きかったね」
「私は丁度良かったです」
俺とバルドさんの話の間にエリスとアグラはケーキも紅茶も平らげてしまっていた。
このケーキ、アグラの体より明らかに大きかった気もするのだが、どこに入ったのやら……。
俺も残りの紅茶を飲む。
「俺の残りになるが、このお菓子は要るか?」
とウェイトレスのマルリに聞くと、フォークを持って「ウンウン」と頷いていたのでそのまま置いて帰ることにした。
席を立ち、料金を払おうとすると、
「お代は要りません」
とバルドさんが突っぱねる。
「いいや、美味しいものにお金を払わないというのは変だろ?」
「でしたら、そしてこれがロイヤルティーバードの茶葉代を銀貨四十枚ということで」
俺をじっと見るバルドさん。
譲る気なしか……。
ロイヤルティーバードの茶葉はもっと高そうな気もするけどね。
しかし、ここらが落としどころのようだ。
俺は四十枚の銀貨を出し、ロイヤルティーバードの茶葉を受け取ると
「マサヨシ様、またのお越しをお待ちしております」
とウェイトレスのマルリの声を背にバーリーの店を出るのだった。
バーリーの店を出ると夕闇が迫り、手を繋いだ親子が家路につく姿が見受けられた。
「今日はどうだった? 結局楽しむって感じじゃなかったが」
エリスに聞くと、
「あのね、お父さんと街ぶらするのが楽しいんだよ? 私、お父さんが欲しくて、それがあの時エリスを助けてくれたマサヨシ父さんだからすっごく嬉しいんだ」
と言った。
聞いていてムズ痒い感じ。それを察してかアグラもニヤニヤしていた。
俺は、
「そうか、良かったな」
ただそれだけしか言えなかった。
少し歩くと、エリスが恥ずかしそうに手を繋ぐ。
俺がエリスの手をしっかりと持ちなおすと、エリスは俺を見上げ本当に嬉しそうに笑った。
「さあ、帰ろう」
「うん」
俺とエリス、アグラは扉を通り、我が家に帰るのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
もうしばらく更新ペースは上がらないと思います。申しわけありません。




