先生
誤字脱字の指摘、大変助かっております。
ノーラの執務室に行った。
魔族側の孤児院の件である。
「ノルデン侯爵領の孤児については、あなたと話をして以降、既に仮の孤児院を作って集めています。先日あなたに言った通りこの孤児については、あなたのところに編入するつもり。建物ごと移動すれば、問題ないかと思ってるわ」
「先生になれるような者は?」
「居ませんね。あなたのところで頑張ってもらうしかないかと……」
先生が少ない……大人の人手不足も深刻か……。
イングリッドは既に先生やってるしなぁ。
フィナは幼稚園の先生っぽい。
マールとカリーネ、ノーラ、クラーラは忙しそうだし、ラウラはどうなんだろ。騎士で忙しいよな。 俺の先入観かもしれないが、クリス、リードラ、アイナの先生姿がイメージできない。
この三人は最終手段だろうなぁ。
思い当たる節は有るんだが、マティアス王がどう言うか……。
勝手に連れてくるか……。
うーん。一応聞いてみてからかなぁ。でもオースプリング王国はあんまり行きたくないんだよな。
アクセルも居るからうちに集まると変に目立っちゃうんだよなぁ。
アクセルは喜ぶだろうけど……。
ん?それを考えればもう一人居た。俺を優良物件と言い切った女性。忙しくなければの話だけど……。
「あなた、一人でブツブツと何を考えているの?」
ノーラが独り言を言いながら考える俺を見て不思議そうに聞いてきた。
「ああ、先生候補を考えていたんだ」
「先生になってくれそうな人なんて居るんですか?」
「思い浮かびはするんだが、一人は幽閉、一人は忙しいかどうかもわからない……」
ノーラは少し考えると、
「幽閉と言うからにはアクセルの母親であるアビゲイル様ですね。これはわかるのですが……もう一人は誰です?」
「俺の目の前にいる人の母親だよ」
「私……の? まさか、マルティナお母様?」
「貴族の夫人なんだから、教育は受けているんだろ?」
「はあ、まあ、高等教育も受けていますから、読み、書き、計算、礼儀作法までは確実にできますね。裁縫も知っていると思います。私のドレスを手縫いで作ってくれたことがありますから……メイドにも手伝っては貰ったのでしょうけれど」
「だったら大丈夫?」
「わかりません。子供たちを教えるということに興味を持つかどうか……」
「まあ、とにかくお願いしに行こう。ダメならダメで仕方ない」
という事で、ノーラの母親であるマルティナさんの所へ行くことにした。
ノーラが事情を説明すると、
「やります!」
と、マルティナさんが食い気味に言った。
「へ?」
俺がぽかんとしていると、
「だって暇なんですもの、お茶を飲んで本を読む生活にも飽きました。ノーラがあなたの家の事を言っている時の楽しそうな事。本当はこの子もあなたの下で働きたいのでしょうね。ですから代わりに私があなたの孤児院で働きます」
即決のマルティナさん。
「お母様よろしいのですか?」
ノーラが不安げに聞く。
「だって、考えても見て? 何の目的もなく時間を潰すような生活。マサヨシさんの所へ行けば、あの美味しいお菓子も食事も食べられるんでしょ? あの『ケーキ』というお菓子、メイドだけで食べてしまって私に回ってこなかったのよ! メイドは『美味しい』と言ってるし悔しいのよ」
ああ、それもあるのね。
「それに魔族の孤児たちのためにもなるんでしょ。だったら、魔族である私が行かないでどうするの? だから、遠慮なしで使ってね」
やる気満々のようだ……。
まあ、こういう感じで先生が一人確保できた。裁縫が可能と言うことで、読み、書き、計算、礼儀作法のほかに服飾関係を教えてもらうことになっている。
ノーラの部屋の転移の扉にマルティナさんを登録すると、その次の日の朝からご機嫌なマルティナ・ノルデン元侯爵夫人が俺の家の中を通って孤児院へ向かうようになる。当然、昼食と昼のおやつ付きである。
その事をヘルゲ様に話すと、
「お前は知らないかもしれないが、あのマルティナと言う女性は才女と言われ、オウルに居た儂でも名前を聞いたことがある。先生としては最高の人材だ。よく気付いたな」
と言われた。
へ? そうなの?
「最初はアビゲイル様を連れてこようかと思ったんだけど、さすがに今は難しいと思ってね。『ノーラの母ちゃんはどうだ? 』って思いついて聞いてみたら来てくれたんだ」
「いい判断だと思うぞ。家庭教師として教育を受けた貴族の未亡人がなる事もあるからな。まあ、マルティナ・ノルデンが増えただけでも一クラス分、授業が受けられる人数が増えるんだ。それでノルデン侯爵領の孤児たちの受け入れは何とかなるだろう。まあ今後は儂の伝手を使って先生になれる者を探しておこう」
「よろしくお願いします」
俺はそう言うと、院長室を離れた。
一つ問題が起こっていた。
布を作って仕立てはできてもドレスを作ることができない。
銀狼族の面々はドレスを知らないのだ。
サンプルのドレスを渡せばそれに近い物は作ってくれるのだが、やはり何かが違う。
そんな中マルティナさんが出来上がった服を見た。
「このままではドレスと言うよりもワンピースですね」
銀狼族とマルティナさんは話をしながら進めていく。
何も言わなくてもマルティナさん主体で
「奥様、このような感じでいいのでしょうか?」
「ココはこうではありません。もう少し体のラインを強調するように。刺繍ができる者は居ますか?」
「一応、やった事は有りますが……」
銀狼族の女性の一人が手を上げる。
「それではやってみましょう。一カ所でも刺繍があればまた変わるものです。レースなどの縁取りは私が取り寄せましょう」
そして一着のドレスができた。
そして、それを着るリードラが居た。
なぜにリードラ?
あとで聞くと、クリスとリードラが暇そうだったので「どちらかにしよう」と言う話で、一番最初に会ったリードラに声をかけたらしい。
まあ、その要望に応えて今のリードラがいる訳だが……。
「主よどうじゃの?」
髪をセットしている訳でもなく、きらびやかな飾りをつけている訳でもないのだが、それでも綺麗だと思う。
俺は物言わず見とれていた。
「マサヨシさん、こういう時は気の利いた言葉を何か言ってあげないと」
マルティナさんがちょっと怒った感じで俺の袖を引っ張った。
「あっ、ああ、綺麗だから言葉が出なかったよ」
「主よ我は綺麗か?」
「ああ、いつもきれいだが、今日はもっと綺麗だ。見違えたよ」
「そうか? やはり好きな男にそう言われると嬉しいのう」
リードラが見たことのない笑顔を見せた。
「ああ、マサヨシさんの礼服も要りますね。精霊たちを外して私に見せてもらえませんか? 採寸しますので」
マルティナさんが言ってきた。
そういえば、マジックワームの服もだいぶ傷んできていた。黒が少し抜けて灰色がかっているところもある。
「だったら、このマジックワームの服と同じものを、ヘルワームの布で作ってもらえないでしょうか?」
昔から着ているスーツに似ているこの服は着心地が良かった。
「ヘルワーム?」
「マジックワームの上位種ですね。たまに子供たちが乗っているデカい芋虫が居るでしょう? あいつらの出す糸はオリハルコンのハサミでないと切れません。今まで俺を守ってくれたこの服には申し訳ないが、新しく服を作るならヘルワームの黒い布で作ろうかと思ったわけです」
「オリハルコンのハサミでないと切れない布ね……凄い防御力」
「そして、妻にする者にはヘブンワームの白い布かヘルワームの黒い布で作った服を贈ろうかと……。俺一人で皆を守れるわけじゃありませんから……。結婚式で着るドレスはマジックワームで作ったほうがいいかもしれませんね。汎用性が高く煌びやかにできそうなので……」
「マジックワームを使うという事でさえ凄いんだけど……」
呆れ気味のマルティナさん。
「マサヨシさんは優しいのね……」
「わかりません。この事は皆も知っていますが、俺は既に妻を亡くしています。だから、できるだけ死から遠ざけるようにしたいんだと思います」
「さあ、早く脱いで、採寸しないと。『大きさ調整の魔法』も一度出来上がったものにかけないと意味がないの。だから一度はちゃんとその人に合った寸法で作るのよ」
「はあ、でしたら……」
精霊たちに離れてもらい、痩せた姿に戻る。
「ああ、素敵。フィリップもこうだったわね」
筋肉を触るマルティナさんは恍惚の表情だった。
ああ、ノーラの筋肉好きのルーツはこれだったのか……。
「ゴホン」
俺が咳払いをすると、マルティナさんが復活し、
「あっ、ええ、採寸ね」
たまに寄り道のように違う位置を触られたりはしたが、何とか採寸が終わった。
ハアハアと興奮気味のマルティナさん。
「えっと、よろしくお願いしますね」
このままここに居てはいけないと思い、さっさとこの場を去る俺であった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




