道
誤字脱字の指摘、たいへん助かっております。
ランヴァルド王に言われた道。セリュックとドロアーテを繋ぐ道。
なぜ今まで手をつけなかったのだろう。
その辺の事を聞きたかったので、ノーラのところに行くことにした。
「コンコン」執務室の扉をノックする。
「誰です?」
「俺だけど、今大丈夫か?」
「ああ、あなたでしたか。まずお入りになってください」
執務室の扉が開き、ノーラが顔を出した。
「お疲れさんだな。だいぶ慣れたか?」
「まあ『最初のころよりは』ってところでしょうか。とはいえ、ほとんどは部下がやってくれますから、私はサインをするだけなんですよ。それでも量は有りますが……」
執務室の机には書類が堆く積まれていた。
「で、私に何の用でしょうか?」
「ああ、ランヴァルド王にドロアーテとセリュックを繋ぐ道を作れと言われたんだ。うちはその中間にあるらしい。その辺の事を聞きたくてね」
話をしろと言われたのもあるが……。
「そういう事だったのですね」
チリチリチリチリ……
ノーラがベルを鳴らすと、メイドが一人やってきた。
「夫が来たの、紅茶でも出してもらえない?」
ノーラが言うと。
「畏まりました」
と去って行く。
「『夫』って……」
慣れないな……。
「『夫』ダメでしょうか?」
「いや、普通に『夫』ってあまり言われたことは無かったからね。どっちかといえば呼び捨てが多かったから。ちょっとムズ痒い」
「あなたにも弱い所があったのですね」
クスクスと笑うノーラ。
「そうだなあ、ステータスは凄いんだろうが、弱い物はいっぱいだよ」
すると、ノックがされメイドが紅茶を持ってきた。
俺とノーラの前に紅茶が置かれる。
俺はノーラの前に置かれた紅茶の横に、ケーキを置いた。
「まあ、嬉しい」
「毎日数個ずつ余るんだよ。だからカバンの中に溜まる」
ケーキをじっと見るメイド。
「トレイを出して」
俺の言うがまま前に置かれたトレイに数個のケーキを置いた。
「持っていきなさい。休憩時間にでも食べればいい。ちゃんと皆でわけてね」
キョトンとするメイドに
「これはノルデン侯爵領で新しく売り出す予定のお菓子。貰っておきなさい」
ノーラが説明してくれた。
「はい、わかりました」
「紅茶ありがとう」
ノーラが言うと、
「失礼いたします」
と言ってメイドは執務室を去っていった。
隣り合って二人掛けのソファーに座り、道について話す。
「セリュックとドロアーテを結ぶ道のことですね」
ノーラは過去の事業のファイルをめくると、
「一度は計画されたようですね」
とファイルを開け、俺に見せた。
「計画はあったんだ」
「ええ、そうみたいです。でも森が深く距離があったため断念したみたいです。魔物も多いでしょうから、その辺もあったのかもしれませんね」
「二つの町の中央近くに小さいとはいえ自治領ができたことで、道を作りやすくなったってことかな?」
「そういうことだけでしょうか?あのランヴァルド王がそれだけで動くとは思えないのですが……。そう言えば、今魔族の国へ入る塩、これがどこから来ているか知っていますか?」
「知らないな」
「それは、パルティーモの西の道がマティアス王領の外、南領に繋がっていて、そこから塩が魔族の国に入っているのです。国をまたぐ形になります。塩は重要であるため何とか国に入れるようにはしているようですが結局のところ運搬等の費用で、末端の民のところに着く時には高くなってしまうのです。魔族の国にも岩塩がとれるところは有りますが、質が悪く量が少ないのが現状で、輸入に頼らざるを得ないのです」
「塩が足りんのです」ってところか
「イングリッド様と話をしたときに聞いたことがあります。マサヨシ様は岩塩の流通も考えておられるとか?」
「そうだな、岩塩鉱山を作ってもいいとは思っている」
「その話をイングリッド様がランヴァルド王にしたとしたらどうでしょう。マサヨシ様のところから整備された道をオセーレまで運ぶのであれば、国が買って利益を出し商人に卸したとしても、民に届く時の塩は安くなります。そういう話も込みなのかもしれません」
そういう裏もあったのかランヴァルド王めいろいろ考えてやがる。
「ノルデン侯爵領としてはどうなんだ?」
「ノルデン侯爵領から南側へ行く道ができれば、マサヨシ様のところに行く商人が宿泊することになります。そうすればお金を落とします。収入にはなるでしょう。ですが、それほどは変わらないかと……」
「だったら、岩塩鉱山はノルデン侯爵領側にするか? そのほうが実入りがいいだろ? 共同経営にして、利益の少々は俺らのほうに分けてもらう。そうすればノルデン侯爵領に金が入る」
「え?」
意味がわからないというふうにノーラは俺の方を向いた。
「ランヴァルド王にはノルデン侯爵領側に開拓地を食いこませろと言われているんだ。それに、俺が道を作る途中で岩塩鉱山を見つけたことにすれば問題ないだろ? どうせ俺の周りの人員では数が足りずどうにもならない。ランヴァルド王にもノーラにも手伝ってもらわないとな。道はどのくらいでできるかわからないが、一か月もしないうちにできるだろう。馬車が二台すれ違っても十分走れる道を作る。バカげているだろうが、それがお前の夫の力だ」
隷属化したクレイ辺りに頼めばヘタすれば一週間でできるかもしれない。
「はい!」
嬉しそうに頷くノーラ。
興味がなくて確認していなかったが、実際に俺のマップで確認してみるとセリュックと俺んちまでの距離はドロアーテと俺んちの約五倍ほどある。間に村か街が要るな。
「あなた、何を考えているのですか?」
「ああ、実際にセリュックと俺んちを繋ぐのなら、間に村か町が必要だなと……。そこを岩塩鉱山にすればいいかとね……」
「それでノルデン侯爵に一つ頼みがある」
畏まって俺が言うと、
「何なりと」
とノーラも背筋をただす。
「村を作った時、村を運営する補助とかでもいい、成人し独り立ちする孤児をそこで使ってもらえないか? 読み書き計算については保証する」
「いいですよ? 夫が言うことに妻は口出ししません」
「いや、ノルデン侯爵に頼んでいるんだ」
ノーラはちょっと残念な顔をするが、
「私は後見人から言われた頼みを断るつもりはありません。読み書き計算ができる人員と言うのはなかなか手に入りませんから、こちらとしても村を運営する官吏として採用します。まあ、最初は見習いでしょうが……」
「ありがとう」
「私もノルデン侯爵としてマサヨシ様にお願いしてもいいでしょうか」
ありゃ?
「何なりと」
こう返すしかあるまい?
「私の領土にも孤児は居ます。ですから引き取って育てて欲しいのです。マサヨシ様の孤児院のレベルは高く、教育内容は国の学校を越えると思います。ですから我が領土の孤児についても手を差し伸べて欲しいのです」
「いいよ。カリーネにも『亡くなった冒険者の子供を……』って言われたことがある」
その辺の事もカリーネと一度話してみないと。
「さあ、忙しくなりそうだ。まずは土木工事かな?」
「私は移住させるものの選別と孤児についての調査ですね。早速部下に調査させます」
その他詳細を話し気付くと夜になっていた。
「あー、仕事の邪魔したようだ……申し訳ない」
書類のサインができていないのは一目瞭然。
「いいえ、有意義な話だと思います」
「だったらいいけど……。どうする? 一緒に帰るか?」
「今日は私と居てください。あなたを独占できるなんてめったに無い事ですから。知らないでしょう? この部屋の隣には休養用のベッドがあるんです」
ノーラはそう言って執務室の奥の扉を開けた。そこには大きめのベッドが一つ。
「だったらこうしたほうがいいかな?」
俺はノーラをお姫様抱っこにして、ベッドに連れて行く。
「強引です」
と、ちょっと怒った感じだが、
「嫌か?」
と聞くと、
「嫌ではありませんが……」
とノーラは誤魔化した。
ベッドに置くと、抱きついてくる。
「あー、嬉しい。やっとあなたと一緒になれる。平静を装っては居ましたが、内心悔しかったんです。『翼を見せて婚約もしてるから大丈夫だ』ってわかっていても、不安だった」
目を覚ますと空がうっすらと白んでいた。
再びベッドに入って、ノーラの寝顔を観察した。
女性の安心した寝顔って可愛いと思う。
まあ、俺も安心されるような存在じゃないといけない訳だが……。
頭を撫でていると、起こしてしまったようだ。
薄っすらと目を開け俺を確認するとにっこりと笑うノーラ。
そして、体を摺り寄せてくると再び寝てしまった。
二度寝か?
まあ、自宅で執務室。少々寝坊しても大丈夫か……。
日がだいぶ高くなったので、俺はベッドを降り、服を着替えた。
執務室から外を覗いていると、
「ノーラ様、いらっしゃいますか?」
側近の一人が扉の外から声をかける。
俺は扉を開けると、
「悪い、ノーラは疲れて寝ている。伝言ぐらいはできるがどうする?」
疲れた原因は仕事ではないのは問題だが……。
「えっ、ああ、マサヨシ様。これが今日の書類になります。お預かりいただけますか?」
「わかった、預かっておくよ」
書類の束を受け取った。
応接セットのソファーで書類を確認する。
この領土の税率は四割、年間収入が白金貨で百枚程度、百億円か……。開拓は……上手くいっているようだな。暇な時に井戸を作りに行って良かった。現状で一割程度の増産。昨年度の三割増しか……。売りに出すか貯蔵するかの相談みたいだね。
俺だったらどっちにするだろう……。穀物を上手く貯蔵して飢饉のときに放出するかなぁ。一時的な利益よりもそのほうが良さそうだ。
おっと、魔物が出たみたいだね。すでにギルドへ討伐依頼中らしい。見つからないようなら出張らなきゃいけないかな?
市街地の改修。屋敷の補修、道の修繕……ノーラは大変だな。
「あなた!」
の声がすると、目の前が真っ暗になる。 。
「ちゃんと服着ろ!」
「えー。このまま仕事しちゃおっかな」
ノーラが体を離すと、ノーラのすべてが見えた。
俺のリアクションを期待しているのかニヤニヤする。
「俺はそんな趣味は無いよ」
無視して書類を見た。
「無視しないでよ、恥ずかしいじゃない」
そう言ってノーラはベッドへ戻るとしばらくして服を着て戻ってきた。
「きょうの書類だってさ」
「けっこう多いでしょ?」
「確かに……」
「本当はね、後見人様と一緒に執務をしたいんだけど、独り占めできないのはわかってるから我慢する。だから、キスして」
無茶な理論だな。
「はいはい」
「『はいはい』は要らないの」
ノーラが拗ねる。
これ、前に誰かにも言われたな。
そう思いながらキスをした。
一通り目を通し、今のところ俺が手を出すようなところが無いのを確認すると、
「ノーラ、そろそろ帰るよ。道ができたら村の位置、移住者、統治者の件をランヴァルド王と相談しよう」
「わかりました。あなた、また後でね」
俺は扉を出すと家に帰るのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




