ベンヤミンの師匠
誤字脱字の指摘、たいへん助かっております。
俺とトトはリンミカに戻り、ボーと言う名のベンヤミンの師匠のところへ向かう。
「マサヨシ様、ボーが住んでいるところは治安が悪いと思いますが……まあ、マサヨシ様なら大丈夫ですね」
俺の心配はしてくれないようだ。
進むほどに苔の光は少なくなり、薄暗い。
トトが連れてきてくれた場所は、今にも崩れそうな長屋だった。
「凄腕の職人だと聞いていたんだけど……」
「それは数年前までの話です。現場での事故で足をやられ、その後杖無しでは歩けなくなった。酒に溺れ手も震え、本当に大工ができなくなったんです。それ以降はお決まりの転落ってとこですか」
「よく知ってるな」
「まあこっちも腐れ縁ってやつで……幼なじみなんですよ」
苦笑いのトト。
「雇う雇わないはとりあえず、ベンヤミンの手紙を渡してみてからだな」
俺は建付けの悪い引き戸を強引に開けた。
「邪魔するよ」
トトも一緒に入ってくる。
その部屋にはすえた匂いが漂う。
無造作に捨てられた徳利のようなもの。
いつから敷かれているのかわからないような布団に横になる老齢の男が一人。
これがベンヤミンの師匠のボーか。
「誰だ! 俺は金なんて持ってねぇぞ! もうお前らが持って行くような物もねぇ!」
ボーの方を振り向きもせずに言った。
「ベンヤミンって奴を知っているか?」
心当たりがあるのか背中がピクリと動く。
「無言は肯定と考えるぞ? そのベンヤミンからの手紙だ」
俺はカードを投げるように男の前に手紙を放り投げると男の前に落ちる。
ボーはゴゾゴゾと布団から這い出ると右の足を投げ出して座り投げられた手紙を読んだ。
呼んだ手紙を放り投げると、
「畜生! 畜生! 畜生!!!」
と言いながら右足を殴り始める。
「この足さえ、この足さえ何とかなれば! あいつになんか負けねぇのに!」
悔しそうにボーは叫ぶ。
「おっさん、足だけじゃない。その震える手じゃベンヤミンには勝てないよ。手足となる弟子も居ない。あんたは一人っきりだ。酒浸りの体でベンヤミンに勝とうと思ったって無理だ。おっさん、今のアンタには何もない」
「…………」
図星なのかボーは何も言わない。
「この手紙に、『マサヨシ様なら何とかできるかもしれない』と書いてあった。本当か?」
俺の方を向いたボーが縋るように俺を見てきた。
「『できる』『できない』で言えば『できる』だろうな」
「だったら、何とかしてくれ! 俺はアウグスト作の屋敷を直し、もっと上を目指したい!そしてベンヤミンよりも上に行きたい! あんな野郎にバカにされるのはまだ早い。師匠として負けられない」
何書いたんだ、ベンヤミン。気合入りすぎだろ。
というか、アウグストって大工の中じゃ、どういう位置?
「何とかしてもいいが、条件がある」
「何だ? 何でも言ってくれ!」
条件を言う前にボーが俺に縋りついてきた。
「簡単だ、先生になってくれ」
「……えっ?」
俺の言っている意味わかんない?
「俺の孤児院の先生になってくれ」
「先生って言ったって、俺は大工しか教えられないぞ?」
「だから、俺の孤児院で大工になりたい子供の師匠になってくれればいい。そして、あんたの弟子を作って、アンタも俺んちの屋敷やアウグスト作の屋敷を直して欲しい。駄目か?」
「駄目だなんて言ってねえ! 絶対その孤児たちを鍛えて、ベンヤミンの弟子たちを越えて見せる!」
おっと、やる気満々。
でも、このオッサン汚ねぇな。
洗浄魔法で男を綺麗にする。
「ぷっ、ぷはぁ。なっ何をする!」
「あんた、汚いから洗ったんだよ」
そんなことをしていると典型的なゴロツキ風のドワーフが取り立てに現れた。
「ボーさんよ、おっと居た居た。こっちもガキの使いでこんなみすぼらしい長屋に来ている訳じゃないんだ。さっさと払うもん払ってくれよ」
取り立てに来たドワーフは土足で長屋にあがると、ゴミを避けて胡坐を組んで座る。
「金なんかない!」
おお、オッサン言い切るねぇ。
「ボーさん、俺が何も知らないと思っているだろ?」
取り立てに来たドワーフは立ち上がり、「ドンドン」床を移動しては蹴り音を確かめる。
何度か蹴ったあと一部音の違う場所を見つける。
「ここかなぁ?」
ニヤリと笑うと、ゴミを避けナイフで板を外し始める。
「あんたがミスリルのノコやオリハルコンのハンマーが入った大工道具持ってるって聞いたんだ。質屋に入った記録も無い。って事はこの長屋の中に隠してあるって事だよな。貧乏人が隠す場所と言えば、床下だからなあ」
取り立てに来たドワーフは板を外しながら言った。
「おっと、箱発見!」
数枚の床板を外すと、中へ飛び降り、見つけた箱を床に持ち上げる。
「やめてくれ!」
ボーは動かない足を引きずり道具箱の上に被さる。
「んー、ごめんごめん。ちょっといいかな?」
「あんた、何者だ?こんな落ちぶれた大工をどうするつもりだ?」
確かに落ちぶれてるんだよなぁ。
「このオッサン俺んちで働いてもらうから道具を持って行かれると困るんだ」
「ふーん」
俺を値踏みするドワーフ。
「このオッサンにどのくらいの価値があるのかはわからないが、俺としては金さえ返してもらえれば問題ない」
ニヤニヤしながら俺に言った。
「で、このオッサンの借金はいくら?」
「金貨三枚」
俺は、収納袋から金貨を出して渡す。
「毎度! これが貸し付けの証文な。これに懲りて俺たちみたいなところから金を借りない事だ」
ドワーフは俺に証文を渡すと、そそくさと長屋を出ていった。
渡された証文には「貸し付け銀貨五十枚」の記載がある。
暴利だね。雪だるま式に金貨三枚になったのか。
ボーは大工道具を抱えて泣いていた。
「泣いてる場合じゃない。俺んちに行くぞ」
俺は扉を出しリビングへと繋いだ。
「えっ、どこだそこは? 俺をどうするつもりだ?」
トトは苦笑いしながら扉の向こうの景色に驚くボーから大工道具を取りあげると、
「ボーよ、とりあえずマサヨシ様の言うことを聞け」
「トト、お前来ていたのか」
ボーはトトに気付いていなかったようだ。
「マサヨシ様に任せておけ。悪いようにはしないだろう」
ボーは出た涙と鼻水を袖で拭く。
「しかたねぇなぁ。借金の肩代わりをしてもらったんだ、儂も借金の分は働くつもりだ。それにベンヤミンの師匠として負けるわけにはいかん」
ボーは杖をついて立ち上がり自ら扉を通る。
そしてそれを見て俺とトトもそれに続くのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




