開店に向けて
誤字脱字の指摘、大変助かっております。
転移の扉の方から俺とイングリッドが帰ってきたことで注目を浴びてしまった。
「ちょっと、調理場の方へ行ってくる」
と言って離れると、
イングリッドの周りに女性陣が集まる。
ハイハイ、色々聞いておいてください。
調理場に行くとサラが一息ついていた。
俺を見つけると、
「お帰りなさい、マサヨシ様」
と挨拶してきた。
「おう、ただいま」
「昨夜はイングリッド様とお楽しみで?」
ニヤニヤしながらサラが聞いてきた。
「サラがそれを聞いてくるとは思わなかったよ」
「昨夜の食事ではみんながその話でもちきりでしたから」
あいつら……。
「俺が答えなくても、あの様子を見ればわかるだろ?」
調理場入口の向こう側で集まりいろいろ話している女性陣。
その中でイングリッドが照れ笑いを浮かべながら話をしていた。
「確かにわかりますね」
「サラ、俺が何してきたのか知ってるの?」
「えっ、ええ、みんなが教えてくれました……」
照れるサラ。
あっ失敗、セクハラ発言だ。
「そうなんだ」
と、空返事をして話を変える。
「サラ、魔族の方にしばらく毎日ホイップクリームのケーキ十個とプリン十個を納めなきゃいけないんだ。そんで三か月後には店を二店舗出す。その時は、毎日ホールケーキ八個分、八分割のケーキで六十四個、プリンは百個必要になる」
「えっ、そんなに」
「一人で作るのは難しいだろう。だからエーリクと話して手伝いの子を見繕ってくれ」
「わかりました。エーリクさんと話しておきます。マサヨシ様は手伝ってくださらないのですか?」
「最初は手伝うかもしれないけど、慣れたらサラが主でやってもらう。俺無しでもできるようになってもらわないとね。俺的にはサラには俺の家の料理人として居てもらいたい。だから手伝いの子たちで十分やっていけるようになったら、その子たちに任せてもらってもいい」
そのうち専用の工房っぽいのも要るかな? どっかから建物ごと居抜いてくるか。
「わかりました。しばらくはマサヨシさんの専属料理人兼お菓子職人ですね」
「ああ、そうなるな。よろしく頼む。あっ、ジャムはケーキの上に載せてみても面白いからな。いろいろ考えてみてくれ。パティシエール様」
「パティシエール?」
何を言っているのかわからないって感じのサラ。
「ああ、悪い。俺の所で『女性菓子職人』って意味の言葉だ」
「パティシエール……何かカッコいいですね」
「今度、サラ専用の料理服を作るか。もうメイドと言うよりも料理人だしな」
サラの今の服装は、メイド服にどこから見つけてきたのか肉球の模様が付いたエプロンである。可愛いのは可愛いのだが、油などで汚してしまってもな。白のほうが清潔感があっていいだろう。そのうち偉いさんにも紹介する事もあるだろうし。メイド服よりは料理人風にしておいたほうがいい気がする。
白の上下にコック帽? そんな感じかな?
「いいのですか?」
専用の服が貰えることが嬉しいのか、サラの耳がピクピクと動く。
「ああ、遠慮するな。サラには頑張ってもらってるからな」
調理場を出て、ベンヤミンのもとに行く。
食材やお菓子の保存のため、冷蔵庫が欲しいのだ。生クリームや卵は魔力豊富な土地のせいか痛みが遅いが、他の食材は、痛んでしまってもいけない。
とりあえず冷媒は氷を使うかなぁ。だったら冷蔵箱か。
いざとなったら、精霊に頼んでみるか。
「ベンヤミン、頑張ってる?」
「おお、旦那。しかし、旦那の言った方法で寒くなくなるんですかい?」
半信半疑のベンヤミン。
現在、ベンヤミンには寄宿舎と校舎へ断熱材として綿を入れてもらっている。魔族から手に入れた建物は頑丈なのだが、内壁と外壁の間には何も入っておらず断熱は望めなかった。そこで、綿状の物がないかとベンヤミンに聞いたところ、現在入れている綿を購入してきてくれたのだ。何の綿かは知らないけど……。
あと依頼しているのは、窓ガラスの二重化だ。空気の層で断熱を狙う。
まあ、無いよりいいってところかもしれないが……。
で、その忙しそうなベンヤミンにお願いしないといけない。
「ベンヤミンにお願いがあるんだが……」
「何か嫌な予感がするなあ」
俺を嫌そうな目で見てくるベンヤミン。
「何でもない、今やっていることの縮小版だ。内壁と外壁の間に、ぎゅうぎゅうに綿を詰めてもらって熱を遮る箱を作る。その箱に扉、扉の上に引き出しを作って引き出しに氷を入れる。そうすれば冷気が下に落ちるから内部の物が冷えるんだ、できたら引き出しの底は銅やミスリルのような熱伝導率の高いものにして欲しい」
地面に概要を書き、説明する。
「二重壁の箱か……ふむ、それに扉と引き出しだな。手探りになるから、ちょっと時間はかかるぞ?」
「わかった、でもできるだけ急いでくれると助かる」
とりあえず冷蔵箱はできそうだ。
多分、陳列棚もそれなりに冷やしておかないと意味が無いだろう。今回の冷蔵箱が上手くいけば見通しが立つ。
「寄宿舎と校舎、そして箱か、俺もそろそろアウグストの館に手を出したいぞ」
ベンヤミンもお預け食らってるからなぁ
「だったら一つ提案があるんだ。人を増やさないか? ベンヤミンたちに子供たちの中で見どころのありそうなやつを鍛えてもらい、その子供を手伝いにして効率を上げる」
「そりゃいいが、子供だろ? 最初は役に立たないし指導しながらだと効率も悪い。モノになるのは一年後、二年後って事も考えられる」
そりゃそうだよなぁ、「指導したからすぐにできます」って事じゃないだろうし……。
「ベンヤミンたちが教育と作業を同時に行うのが難しいなら、一線を退いているが指導ができそうな者を呼んでもいい。俺としては子供たちが働く術を手に入れることができればいいんだ」
「まあ、教えるとしてめぼしい奴はあそこに二人ほどいるんだがな」
ベンヤミンは指差した。
「あの子たちはいつもあそこで俺たちの仕事を見ている。『やってみたいのか?』と聞けば、頷いていた。何も知らない奴らよりはモノになるだろう。ただすぐって訳にはいかない。相応の指導を受けてからだ。旦那は一線引いた者を呼んでいいと言ったな?」
俺をジロリと見るベンヤミン。
「ああ、言ったぞ」
「だったら、俺の師匠を呼んできてもらえないか? 行きは少し難しいかもしれないが、帰りは扉があるからあっという間だろ?」
「ベンヤミンの師匠を連れてくる?」
「ああ、今でも俺よりも腕は上だ……と思う。風の噂では、ちょっとした事故で足を痛めて呑んだくれているって聞いたんだ。そのせいで弟子たちは去った。そんな師匠でも新しい弟子ができるとなれば少しはやる気を出すだろう。俺が手紙を書くから持って行ってくれないか?」
師匠に発破かけるって事か……。
「どこに持って行けばいいんだ?」
「ドワーフの国の首都、リンミカだ。最寄りはパルティーモ。そこから北西に街道に沿って向かうと大洞窟がある。その洞窟そのものがドワーフの国だ。洞窟の中に村や町が点在し、一番奥にドワーフの地下首都リンミカがある。実際に行ってみればわかるだろう。俺の師匠の名は『ボー』、リンミカでも名が通っているはずだから聞けばすぐわかる」
職業訓練施設としての孤児院はまだ発展途上中だ。いいとこ、執事、メイド、調理師、牧童、鍛冶、販売員、冒険者ぐらいの訓練しかできない。危険が伴う冒険者をさせたいと俺は思わない。できるならもっと指導者を入れ、職業の選択肢を増やしたいのだ。
「そうだな、俺も指導者は増やしたいと思っていたんだ」
ベンヤミンが言う者なら信用できるだろう。
「まあ、行ってみたら本当にダメオヤジになっていたって事も考えられるが、その時は俺が何とかする」
なんだかんだ言ってベンヤミンは師匠が心配なのかもしれないな。
「じゃあ、手紙の準備をしてくれ。明日さっそく出発するから」
「おう、任せろ」
ベンヤミンは早速手紙を書きに飯場のほうへ向うのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




