沙汰
誤字脱字の指摘、大変助かっております。
夜が明け清々しい光が差し込むと、オークレーン侯爵は無言で立ち上がった。
髭を剃り、髪を整え、そして、馬車から持ち込んでいた衣装ケースから服を取り出し着替える。
そしてアビゲイル様も身支度を整え始めた。
マティアス王の正室らしい落ち着きのある美しい姿に……。
気配を感じ、アイナが王子を連れて降りてくる。
王子も身支度を始めた。
その手伝いをするマール。
本当なら、今ごろ俺の前にマールはおらず、この光景が正しかったのかもしれない。
朝食が終わり、オークレーン侯爵とヘルゲ様がリビングで話をしていた。
そして俺が呼ばれる。
ヘルゲ様が
「マサヨシ、儂の家へ儂とこの三人を連れていってもらえないか」
と頼んでくる。
「それは問題ないです。で、いつですか?」
「今からでいい。この四人で城へ行く。どちらにしろ今日は午前中に王宮で謁見することになっておったから、先触れも要らんだろう」
「わかりました」
俺が扉を準備しようとしたとき、オークレーン侯爵が話しかけてきた。
「そういえば酒代を払っていなかったな。今は持ち合わせが無いのでな、あの馬と馬車を代金がわりに受け取ってもらえないか?」
「あんな綺麗な馬車よりも、荷馬車が何台かあったほうが役に立つ。でも、餞別として貰っておくよ」
俺はそう答えた。
「お前はやはり性格が悪いな。そんな性格が悪いお前にもう一つ頼みたい。儂は覚悟を決めた。アビゲイルもそうだろう。ただあの子は何らかの形で生き残る。その時あの子をここに住まわせてもらえないか?」
「私からもお願いします」
オークレーン侯爵とアビゲイル様から頼まれる。
ある意味後見人になれって事なんだろうなぁ。
俺は王子のほうを見ると、
「あー、面倒だねぇ。お前はもうすぐ王子ではなくなるだろう、だから俺はただの孤児の男の子として扱う。孤児として扱われることにその子が納得できるか? それなら美味い飯ぐらいしかない、我が儘も甘えも出来ないようなこの場所に住まわせてやる。何日後かわからないがもう一度同じ質問をする。その時までに決めておけ」
すると、ヘルゲ様が聞いてきた。
「どうやって王子をこの地に住まわせるんだ?」
「それは今から考えますよ。廃嫡ならどうにでもできる気がする。ああ、今日謁見するのであれば『俺が褒美を欲しがっていた』とマティアス王に言っておいてもらえます?」
ヘルゲ様は何かを感じたのかニヤリと笑う。
「お前が褒美を欲しがるとは珍しいな。お前も城より呼び出しがあるだろう。呼び出しがあればラウラを迎えにやろう」
「わかりました」
俺は扉をバストル家の玄関に繋ぐ、
「ではな」
「ごきげんよう」
「たのしかったです。ありがとうございました」
と言ってオークレーン侯爵一族は、ヘルゲ様と玄関へ行った。
エリスはトコトコと俺に近寄り
「父さん、どうするの?」
モジモジしながら聞いてきた。
「どうするのとは?」
「アクセルの事」
「『アクセル』って?」
「『アクセル』って王子の名前だよ? 知らなかったの!」
ぴょこんと狐耳が動く。
「ああ、知らなかった。『王子』で事足りたからな」
「父さん適当だね」
「そりゃ悪かった。で、アクセルの事だな」
「うん」
「どうして欲しい?」
「一緒に遊びたい」
「どうして?」
「んとね、優しかったんだ。お父さんみたいに……。転んだりしたら助けてくれたんだ。だから、一緒に居られるといいな」
「まあ、お父さんに任せておいて。でもね、アクセルがここに来たくないと言ったら、諦めてくれる? 無理にここに連れてくる気はないんだ」
「だったら仕方ないね。我慢する。でもまた遊べるといいな」
俺はエリスの頭を撫でた。
「お父さん用事ができたからちょっと出かけるね」
「うん、いってらっしゃい」
俺は再び扉を出すと、バストル家の玄関へ向かう。
ヘルゲ様が驚いている。
「マサヨシ、どうした?」
「気が変わった。ヘルゲ様一緒に王宮に行くよ。そのほうが早そうだ。先触れなしで問題ないんだろ?」
「ああ、今馬車を準備しておったところだ。乗っていくか?」
「今回は護衛でじゃないから、乗せてもらおうか」
いきなり、王宮内に扉で行ったら問題あるだろうしなぁ。
王宮へ向かう道、俺とヘルゲ様オークレーン侯爵家三人が対面で馬車に座る。
王からの沙汰を受ける覚悟なのだろうか、オークレーン侯爵家の三人は王宮に到着するまで終始無言だった。
子供であるアクセルは苦痛だったろうな。
そして俺たちは謁見の間へと進む。
周りからは好奇の目、そして聞こえてくる誹謗中傷の声を三人は毅然として受け止め、謁見の間へと入った。
暫くすると、マティアス王が現れる。
「面を上げよ。ヘルゲ、よくぞ三人をここに連れてきてくれた」
「王よ、これはマサヨシが動いてくれたおかげです。誰も怪我せずここに連れてくることができました」
マティアス王が俺の方を向き、
「面倒をかけたな」
と声をかけた。そして、オークレーン侯爵に向き合い。
「オークレーン侯爵よ、申し開きはあるか?」
「いいえ、ありません。私は王殺しをしようとしたのです。申し開きができるはずもありません。王の沙汰に従います」
すっきりとした顔でオークレーン侯爵は言った。
俺が「来てもいい」と言ったことなど一言も言わなかった。
「アビゲイルよオークレーン侯爵の策に加担したようだが間違いないか?」
「はい、間違いありません。夫を殺そうとしたこの身、どのような沙汰があっても受け入れます」
アビゲイル様は目を瞑る。
「アクセル。お前は何もしていないのかもしれん。しかし、このような事が起こったからには王子として生きてはいけん。それで良いか?」
「はい、お父様」
何も言わずアクセルは肯定した。
「衛兵、三人を連れて行け!」
オークレーン侯爵、アビゲイル様、アクセル王子の三人は衛兵に連れて行かれた。
「ヘルゲ、マサヨシよ、大儀であった。お陰で内乱が起こらずに済んだ。その褒美をやらねばならんな」
マティアス王がヘルゲ様の方を向くと
「ヘルゲ、何かあるか?」
と訊ねた。
「そうですな、マサヨシに孤児院の院長をして欲しいと依頼されておりましてな。王都の闇も見飽きましたので子供の相手をするのも良いかと。ですから私がマサヨシの所へ行くのを許していただきたい」
「そのようなことでいいのか?」
「はい」
「わかった、好きにすればよい」
そう言うと、次に俺の方を向く。
「マサヨシよ、お主には命を助けられ内乱も防いでもらった。感謝してもし足りぬ。ところで、貴族というものに興味はないか? 一つ領土が空くのだが?」
と聞いてきた。
「興味は無いですね」
「我が国に仕えぬか?」
「国に縛られるのも面倒ですから、今まで通り自分の街を作ります」
「では何が欲しい?」
身を乗り出し王が聞く。
「そうですねぇ。私には娘が居ます。仲良く遊ぶ相手が欲しいそうです。最近私の家に来て一緒に遊んだ男の子がおりまして、その子が友達になったと喜んでおりました。この城にこの国と関わることができなくなった子がいると聞いています。その子を私の娘の友達として私の街に住まわせたいのですが、よろしいでしょうか?」
俺は王の目を見て言った。
「その男の子の名は?」
「アクセルと申します」
マティアス王は暫く考える。
「アクセルは内乱の種だ。簡単に渡せない」
するとヘルゲ様が
「王よ、私が責任をもって教育します。王に……オースプリング家に歯向かうようなことはさせません!」
立ち上がって言った。
「私はオークレーン侯爵と約束をしました。マサヨシがアクセル王子を受け入れようとするならば、助けると!」
「それでも難しいのだ!」
マティアス王は呻く。
「アクセル王子を私に隷属化させ、さらに契約して縛ります。『王に……オースプリング家に歯向わない』という契約です。王宮ですから魔法書士は居ると思いますが?」
俺は再び言った。
「そこまでして?」
「俺は貴族の領土より娘の友達のほうが欲しいですから。ただ、アクセル王子が私のところに来ることを嫌がったら、この話は無かったことにします」
「わかった、アクセルがお主のところに行きたいと言うのなら預けよう」
これでアクセルは俺の家で暮らせるな。
「ところで、オークレーン侯爵とアビゲイル様の沙汰はどうなるのでしょうか?」
「オークレーン侯爵は斬首。夫人は自害。アビゲイルは幽閉とした」
「アビゲイル様はどちらに幽閉になるので」
「カーヴと言う所に監獄がある。そこに幽閉用の場所があってな……」
マティアス王は言いにくそうだった。
ヘルゲ様に聞けばよかったかな?
「余計なことを聞きました。申しわけありません」
「いや、気にするな。アクセルとの契約はオークレーンの刑が執行されたのちとなる。刑は明日。明後日にもう一度ヘルゲとともに王宮へ来るがいい」
「「畏まりました」」
ヘルゲ様と俺がマティアス王に頭を下げると、王は去って行った。
王宮の廊下を歩くヘルゲ様と俺。
「お前、魔法書士だろ?」
突然ヘルゲ様が聞いてきた。
「はい」
「なんで、お前がしない」
「俺がしたら、契約破棄が面倒じゃないですか」
「破棄するつもりなのか?」
「マティアス王は問題なくても、王子とかが鬱陶しいと思ったら。目の前で契約書を燃やしてやろうかと……。ただのイタズラですよ」
「お前は怖いな」
「止めないので?」
「止められないからな。俺はオークレーンのようにドラゴンの尻尾を踏みたくない」
手をヒラヒラさせ、相手にしたくないアピールをするヘルゲ様。
ヤレヤレだね。
「それでは、俺は家に帰ります」
「ああ、ご苦労だったな」
その声を聞きながら、俺は扉を出し家に戻るのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




