口約束
誤字脱字の指摘、大変助かっております。
いつものヘルゲ様の部屋へ俺たちは帰ってきた。
「おう、ミケ、帰ったぞ」
俺が扉を閉め声をかけると、
「ご主人様お帰りなのニャ」
とゴロゴロと喉を鳴らしながらミケがすり寄ってくる。
猫族ってホント猫ベースなのね。
アイナは俺の腕にしがみ付きミケを睨む。
俺を取り合わないように……。
俺は、ミケの喉を撫でながら、
「そう言えばヘルゲ様、王様がアイナに渡した短剣って意味があるのか? 見て驚いてたけど……」
と聞いた。
ヘルゲ様が凄い驚きようだったので、覚えていたのだ。
「マサヨシ、あれはオースプリング家の紋章が付いた短剣……マティアス王がアイナ様を認めたという印だ。アイナ様のことは口では否定したが、短剣と十字星の印が揃えばアイナ様が王女だということの証明となるのだ。使いどころを間違えないようにしないとこの国が荒れるな。今回の件で、アビゲイル様の息子である第一王子が廃嫡の可能性もある。面倒な事が起こらなければいいが……」
心配そうなヘルゲ様。
「ヘルゲ様、アイナにあの短刀を使わせるつもりはない。まあ、王様が元気になったんだから、あとは王様が何とかするだろ?」
俺が言うと、アイナも
「私も使うつもりは無い。」
そう答えた。
「そうだな、マティアス様が元気であれば年齢からして二十年は治世が続くだろう。まだ時間はある」
自分を納得させるように言うヘルゲ様
二十年なんてあっと言う間だけどね。
「さあ、これで俺の出番は終わりってことでいいですね」
ヘルゲ様は頷く。
「今からは国としての対応となる。貴族と王の仕事だな。このままいけばオークレーンが反旗を翻す可能性もある。もしかすると戦になるやも知れんな」
「呪いの件もありますから、術者に何かあったことで、王様が回復したことを気付いているかもしれませんね」
「その時はその時だろう」
ヘルゲ様が諦めたように言った。
「コンコン」部屋の扉がノックされる。
「入れ」
ヘルゲ様が言うと、家令が入ってきて
「『朝一番でミスラ様と共に王城に登城するように』と使者が来ました。これは王命だそうです」
と言う。
「ミスラには?」
「すでに伝えてあります」
「『承った』と、使者に伝えておいてくれ』
ヘルゲ様が言うと、家令は扉を閉め出ていった。
「オークレーンが王城に来れば今までの事で捕らえられ。来なければ『王命』に背いたということで討伐か……」
俺はボソッとつぶやいた。
「そういうことだろうな。オークレーンが来なければ内戦の可能性もある」
ヘルゲ様は今からが大変ってとこなんだろう。
「登城時の護衛には来るよ」
「ああ、頼む」
「俺もそろそろお暇するかな。朝早そうだしね」
「そうか、今日は助かった。お前とアイナ様のお陰だ」
ヘルゲ様が深々と頭を下げた。
「俺や俺の仲間のためにやった事だから……そういうのはいいよ」
俺は頬をポリポリと掻く。
ヘルゲ様にそう言われると照れるね。
「まあ、また何かあったら言って……。じゃあ行くよ。アイナ、ミケ行くぞ」
「ん」
「わかったニャ」
俺たちは扉を使いバストル家の館を出た。
俺はたちは王都の適当な場所に出る。
「なぜ、家に帰らない?」
疑問に思ったのかアイナが聞く。
「ああ、ミケの弟が病気らしいんだ。治してやろうと思ってね」
耳がピクリ動くと、
「口約束だと思っていたのに、覚えていたのニャ? 嬉しいニャー!」
と喜び、抱きつこうとするミケ。
それをサッと避けると、
「アイナ手伝ってもらえるか?」
無視して俺はアイナに頼んだ。
「マサヨシが頼むなら仕方ない」
「私はやりたくないけど仕方ない」感を漂わせるアイナ。
まあ、ミケの弟だろうが誰だろうが関係なくアイナは助けるだろうけど。
「何で避けるニャ!」
俺が避けたことに腰に手を当てプンスカ怒るミケ。
「面倒臭い」とは言えないな。
「んー、早く帰ったほうがいいんじゃないか? ミケの弟が病気なんだろ?」
「そうニャ、早く帰らないとニャ」
はっと思い出し、急いで帰るミケのあとを俺たちは付いていった。
スラム街のボロボロの建物へ向かう。下水も無いのだろう。異臭も漂う。
この辺の井戸水は大丈夫なのだろうか……。
「ニャー、姉ちゃん帰ったのニャ」
ミケはバンと扉を開ける。
病人が居るなら、もう少し静かなほうがいい気がするのだが……。
ミケの弟は毛布にくるまって寝ていた。
毛布がもぞもぞと動くと、黒い毛の猫族の子供が起きだした。
「ゴホッゴホッ。姉ちゃんお帰りニャ。ゴホッゴホッ。その人は?」
弟君は咳き込みながら言った後、ゆっくりと体を起こした。顔色は悪く体も痩せていた。
「この人はマサヨシ様、病気を治してくれる人ニャ」
「本当?ゴホッゴホッ」
体全体で咳をする弟君。
「最近ずっとこんな感じなのニャ。ここを出て、いいモノを食べさせて療養すればいいと医者は言うけど。私にはそんなお金はないニャ」
尻尾が垂れ、元気がなくなるミケ。
「猫族はなぜか嫌われ者ニャ。仕事もいいモノが無いニャ……」
眼から涙を流し悔しがる。
「ミケ、とりあえず弟君を治す……アイナいけるか?」
「ん、問題ない」
アイナは弟君に近寄ると、再び「キュアー」を唱える。
弟君の体が激しく輝く。そしてその輝きが収まる。
「治った」
アイナが治せて当たり前だというようにボソッと呟いた。
「ありがとな」
俺が頭を撫でると、
「ん」
と言って目を細める。
「あっ、すごく楽になったニャ」
驚く弟君。体を触る。パタパタと体を触っていた。
ミケは気が緩んだせいなのか、弟君は元気になったせいなのか、
「クゥ」「ぐう」と音がする。
二人のほうを見るとミケも弟君も真っ赤になっていた。
「腹が減っているのか?」
二人は目をそらすが、
再び「クゥ」「ぐう」と音がする
俺はゴゾゴゾと収納カバンを漁ると
「とりあえずこれでも食べればいい」
と数個のパンを出して二人に渡した。
「姉ちゃん、パンだニャ!かけらじゃないパンだニャ」
「バッ、バカ余計なことは言わないの」
あまりいいモノは食べられなかったのだろう。お金が無かったと言っていた。
それでもミケが探して食べさせていたのかな?
さらに真っ赤になるミケ。
「お前が食べればいいのニャ。私は一つでいいからニャ」
ミケは弟君に残りを全部渡した。
「姉ちゃんは、いつも僕に食べ物をくれてたから、ほとんど食べてないんだニャ」
弟君が俺を見上げながら言った。
「いいのよ私は……元気なんだから」
「偉いな、ミケは」
俺はミケの頭を撫でた。
「んっ……ご主人様は撫で上手なのニャ」
小学生のころ猫を飼っていたことはあるが絶賛されるほどではないと思う。
「マサヨシの撫では一級品」
ミケとアイナ、二人の撫で評価が高評価なのはなぜだ?
まあ、それよりも、
「ほい、食え。遠慮するな。腹が減ったらつらいだろ?」
俺は再び数個のパンを出すとミケに渡した。
二人は相当腹が減っていたのだろう。あっという間にパンを平らげる。
一応飲み物も渡しておく。水だけどね……。
「ミケも弟君もちょっと匂うな。ちょっと待ってろ」
俺は洗浄魔法を使い、ミケと弟君を洗う。
「ご主人様気持ちいいのニャ!」
「病気をしてからこんなに気持ちよくなったのは初めてニャ!」
ミケと弟君の毛がフワフワになった。
首を傾げて弟君が
「何で姉ちゃんはミケなの? ご主人様って何?」
と聞いてくる。
ミケはこうなった経緯を話し、
「私はご主人様に助けられたのニャ。そして、ミケはご主人様が私につけてくれた名前ニャ。そして私はご主人様の妾になるのニャ!」
ミケがこぶしを突き上げ宣言するが。
「さあ、家に帰るか……」
再び俺は無視して扉を出すと、
「無視するニャー!」
ミケが叫んだ
「ご主人様は連れないのニャ。もっと甘やかして欲しいのニャ……」
わけがわからん。
弟君は
「姉ちゃんを助けてくれてありがとうなのニャ。落ち着きのない姉ちゃんだけどよろしくなのニャ」
と俺に礼を言う。
というか何がよろしくなんだ?
そしてモジモジする弟君。
「でっできたら、僕にも名前を付けて欲しいのニャ。姉ちゃんが羨ましいのニャ」
そういえば、ミケも名前がないと言っていたな。
「だったらクロでいいか?」
毛並みが黒だから「クロ」、適当に考えてしまった。
「わーい、僕に名前がついたのニャ! クロなのニャー!」
俺が適当に考えた名前でも嬉しそうに自分の名を呼ぶクロ。
そして俺の周りを走る。
喜んでいるのはいいのだがそんなに喜ばれると、適当に考えた俺に罪悪感が……。
「そこのお姉ちゃんも病気を治してくれてありがとうなのニャ。命の恩人なのニャ」
クロがアイナに礼を言う。
「ん、気にしない。マサヨシに言われたからやっただけ」
淡々とアイナは答えた。
「それでも、ありがとうなのニャ!」
ストレートな感謝って、アイナは慣れていないようだ。クロの言葉にこそばゆそうにする。
俺がニヤニヤしてアイナを見ると。アイナはプイと目を逸らせた。
「さて、家に帰るか。お前らも一緒に行くぞ。住むところぐらいはある」
「本当に行っていいのニャ?」
不安げなミケ。
「俺ん所で働くんだろ?さあ、行くぞ」
「ハイなのニャ!」
俺は扉を開け皆と家に帰るのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




