フィナの故郷
誤字脱字の指摘、助かっております。
家に帰るとイングリッドに依頼完了の書類を書くように依頼すると
「わかりました、ラウラさんに渡しておきます」
そう言って階段を上がり部屋へ向かう。
アイナは俺を見ると二ッと笑って館を出ていった。エリスの声が聞こえる……遊ぶのかね。
ふと見るとリビングでボーっとしているフィナ。
「どうした、フィナ」
「ああ、マサヨシ様。ちょっと故郷を思い出していました。この時期草原に花が咲き誇るのです。
「お前の居た村ってどこ?」
「ノルフォシという小さな村です。王都からは近いのですが、特に産物があるわけではなく街道に繋がっているわけでもない……ただ、貧しかったですね」
そういや『村を食わすために売られた』って言ってたよな。
「行くか?」
ピクンとする耳。
「えっ、いいんですか?」
「ああ、皆には黙ってろよ? 揉めるからな」
俺は扉を出し王都の外に行く。
ノルフォシの村は……ああ、あったあった。地図上にポツン。
「久々だが行くかね」
俺はフィナを抱き上げると高速移動でノルフォシの村へ向かう。
ちょっと恥ずかしいのか少し顔が赤いフィナ。
しばらくすると道はあるが広くなく整備もされていない道に出る。
あまり使われてないかな?
木々が張り出し走り辛い。
ガントさんもこんな道を進んだのだろうな。
スピードを落とし二時間ほど走ると周囲が開けた。色とりどりの花が咲き誇る。
俺は移動を止めフィナを降ろす。
涼しげな風が吹いた。風に花びらが舞う。
「変らないです。ここはこの時期はいつもこうです。懐かしい……」
手をかざし日を避けながら遠くを見ていた。
そこからしばらく歩くと簡単な木の柵が周囲を囲む村が現れた。藁ぶきの屋根の小さな家が並ぶ。そこにはフィナと同じ銀髪の獣人が歩いていた。
フィナが村の中を歩く。いつ頃奴隷として買われたんだろう……記憶が曖昧なのか、色々な場所を行っては探し、迷っては探ししていた。
まあ、獣人の村に人が一人居るのは目立つわけで。フィナの後ろを歩く俺はチラチラ見られていた。
「自分の住んでいた場所がわからないのです」
悲しい顔をするフィナ。
フィナの両親をレーダー上に表示させようとするが表示されない。
この村に居ないのか?
村長を表示させると、奥の家に表示される。
「フィナ、村長の所へ行こう」
俺は、フィナの手を引き村長が居る場所へ向かうと、背の曲がった銀狼族の村長が居た。
「フィナか?」
村長がフィナに声をかける。
「村長様、お久しぶりです」
「そうか、やはりフィナだったか。大きくなったな」
長老は俺を見ると、
「この人は?」
「私の今の主人、マサヨシ様です」
「初めまして」
俺は会釈をした。
「そうか、良くしてもらってるか?」
「はい、良くしてもらってます」
フィナはニコリと笑った。
「村長様、ところで父さんと母さんは?」
「…………」
村長は目をそらし黙る。
「何かあったのですか?」
「お前の両親は亡くなった。お前が売られた次の年だったか。村のためとはいえお前を売ったことを後悔していた。そういう心労もあったのかもしれない、流行り病にかかり二人ともあっという間だったよ。お前に連絡しようにもどこに居るのかさえ分からない。結局お前に連絡できないまま今日になってしまった」
「…………」
今度はフィナが黙る。
そして、俺に抱きついて泣き出した。
「フィナ、この村は相変わらず貧しい村だ。最近は飢饉もなくお前のような子を出さずには済んでいるが……」
村長は悲しそうな顔をする。
ふと、村長の後ろにある瓶を見た。
「村長、後ろにある瓶は蜂蜜ですか?」
「ああ、たまに木のウロの中にできたものを見つけたりしたらこのように回収している。栄養にもなるし、お金にもなるんでね。この村の周りには花が多い。そのためか蜜を溜める蜂が多く巣を作るんです」
「村長、定期的に蜜を採集できるようにしませんか?」
「定期的?」
「そう、定期的に採取します。正確には蜂を飼い、蜜の一部を頂くという形になります。私の知識がこちらで使えるならば……そしてこの環境であれば蜂を飼う事ができるんじゃないかと思います」
「それが可能なのであれば、願ったりだが……」
この世界では養蜂という概念はないようだ。狩りや薪取りの際、見つけた蜂の巣を壊し蜂蜜を取るというのが流れらしい。
「そうですね、ちょっと作ってみましょう。これいいですか?」
俺は太い丸太を指差す。
「それなら問題ない、どうぞ使ってくれ」
俺は丸太を適度な大きさに切り、ダガーを使って中をくりぬいた。直径五十センチ、高さ八十センチぐらいの木管のようになる。そこに巣を作る木枠を等間隔に入れた。座りの良さそうな平らな石の上に巣箱を置き、上から蓋をした。蜂が入る隙間を作ることは忘れない。
さっさと作った。とはいえ一時間ぐらい?
「こんな感じで蜂の家を提供すれば、その中に蜂が入ってくれる可能性があります。森の中の適当な場所を作りそこに箱を置いておけば、そのうち蜂がこの中に巣を作るでしょう。まずこの箱に蜂が巣を作ってくれるかどうかが問題ですが。今は春で巣別れの季節でしょうから、蜂がこの巣を選ぶ可能性はあると思います」
「こんなに簡単に……」
「蜂がこの巣箱を選んでくれればいいのですが、そこは運になりますね。しかし蜂がこの巣箱に巣を作れば定期的な蜂蜜の採取が可能になります」
レーダーで確認、蜂玉と……。
おお、何個かあるね。こいつらがこの巣を選んでくれればいいんだが。
「作り方はわかりましたか?」
「ああ、村の男たちに作らせてみる。上手くいけば現金収入が増えるということか」
「定期的に蜜が取れるようになれば、商人に卸すのも良し、私が買い取るのも良しです。ただ、蜜が多くなるという事はそれを求める魔物にも狙われます。気を付けてくださいね」
「安全な場所を考えてみる」
村長は色々と考えだしたようだ。
まあ、あとは村長が考えればいい事……。
「さあ帰ろう」
「はい」
俺たちは村から出て道を歩きながら話す。
「悪いな、俺が余計なことをしたばかりに……」
「両親の死はいつかは知らなければいけない事ですから気にしないでください。でもね、私はもう両親の顔を思い出せないんです。住んでいた家さえも思い出せない……」
フィナは俯くと。
「私の故郷はここでいいんでしょうか?」
ボソリと言った。
「お前、この村の周りの風景を覚えていたんだろ? だったら故郷でいいんじゃないのか?」
「でも……」
「俺なんてもう戻れるかどうかも分からない。まあ、帰る気はないけどね」
「前の世界に元妻が居ないからですか?」
「そうだなぁ、それもある」
「『も』?」
「そう『も』だ。俺はここで元妻と別れたが。もっと多くの事が起こった。ここでは前の世界であり得なかったことが起こるんだ。エルフや女騎士、王女を助けた。獣人の女の子を奴隷にした。子供を拾った。ドラゴンを買った。子持ちの獣人に出会った。貴族とやり合った。王様に出会った。そして『妻になる』って言ってくれる人が居る。失うものもあったが、それ以上の事もあった。そんな世界から離れる気はない。ありゃ、んー、これでいいかな? 纏めるのは苦手だ……」
俺は頭を掻く。
「はい」
フィナは同意とも何とも言えない返事をする。
丁度、花が咲き誇る平原に出た。
「本当はな、お前の両親に会って『娘さんを下さい』って言うつもりだったんだ。まあ、こんな事になって場が違うかもしれないんだが……俺の妻になってずっと一緒に居てくれるか?」
俺は意地悪だからサプライズを考えていなかったわけではない。だが、フィナにとっては本当にサプライズだったのだろう。フィナは驚きで顔を隠し泣き始めた。
俺は焦る。
「悪かったな」
「いいえ、嬉しいんです。本当に嬉しいんです」
俺がフィナの頭を撫でるとくすぐったそうにした。
「驚いたか?」
「はい、凄く驚きました。私が小さなころ考えていた告白の状況です。この咲き誇る花の中で好きな人に告白されるんです。だから嬉しいんです」
そっちなんだ。
「で、返事は」
「もちろん『はい』です」
フィナが飛びついてくると俺を見上げる。
相変わらず破壊力あるな……。
「私は小さなころから夫になる人の呼び方を考えていました」
「ほう、何て呼ぶつもりだったんだ?」
「『ご主人様』です。だから『ご主人様』って呼んでいいですか?」
「何で、『ご主人様』?」
「それは……元々銀狼族は一人の族長が女性を従えていたそうです。その時に族長を呼ぶ呼び方が『ご主人様』でした。多分族長と女性との間に隷属関係に近いものがあったのかもしれません。今の私とマサヨシ様と一緒ですね」
フィナがニコリと笑う。
「好きなようにすればいい、呼び方で文句は言ったことないだろ?」
「はい、ご主人様」
んー、ムズ痒い。
「それじゃ、家に帰るか?」
「いいえ、もう少し二人で居たいです」
フィナが俺の意見を否定するのは珍しいな。
「じゃあ、どこに行く?」
「ご主人様、木漏れ日亭に行きたいです」
「オムレツでも食べに行くか?」
「はい!」
嬉しそうに笑うフィナ。
オムレツ好きだしな……
俺は扉を出すと、木漏れ日亭の裏に繋ぎフィナと二人で移動するのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




