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ep

朝チュンです

 程良い倦怠感を感じながら、のろのろと目を開ける。

まだまだこの幸せな気持ちに浸っていたい気もするけれど、ぼんやりと視界の先に映る人物を認めて、ララはふにゃりと顔を緩めた。


ほんとかっこいいなぁ。


 窓の前の椅子に腰掛けて、長い脚を組んで座っている彼の手には今朝の新聞が開かれている。

(かたわ)らのテーブルにはマグカップに入ったコーヒーが置かれていて、時折り彼の口元に運ばれていた。


 窓からの朝日を浴びてキラキラと輝くプラチナシルバーの髪が神々しい。

ここが安宿だということを忘れてしまうほど、高貴な姿だった。

この場に不釣り合いな、美しい人。


そんな彼の姿はかつて見慣れた軍服ではなく、シャツにチノパンというとてもラフなスタイルだ。


ララは微睡(まどろ)みの中、ぼんやりと過去に意識を馳せる。


 出会いは最悪だったと言ってもいい。初めこそなんて綺麗な人なんだろう、とその容姿に見惚れたが、口を開けば憎まれ口のオンパレードで、なんでこんなにも歪んでいるんだと不思議に思ったものだ。

 この辺境には似つかわしくないと思うような高貴な姿は、都の貴族子息だと聞いてなるほど、と納得した。やけにララに突っかかる彼の態度は、例のごとく肌の色に由来するものなのかと思っていたが、どうやら違うらしいと気づいたのは比較的早い段階だったように思う。

 このどっちつかずな肌の色で偏見の目で見られることに、ララは慣れっこだった。その度に自分はこの色が好きなのにな、と寂しい気持ちになった。

 捨てられていたララを拾って仲間に迎え入れてくれた彼らは、いつも自分のありのままが美しくて魅力的だと言ってくれていたから。


 レオフェルトがララを見る目は、いつもララを通り越して別の人を見ているようだった。

いつも悪態を吐くその様は、何かに怯えて警戒している手負いの獣のように見えた。威嚇するように毛を逆立てさせながらも、助けを求めている、そんな風に。


最初は同情だったのだと思う。苦しそうなその人を、助けてあげたいと思うようになった。


そんな彼を抱きしめた時、あぁこの人は愛されたことがないのだなと(あわ)れに思った。


 そうして彼を気にかけ続けていた気持ちが、淡い思慕に変わったのはいつだったのか。ララ自身も覚えてはいないが、彼がその逆立てた毛を少しずつ落ち着かせていくのと共に、徐々に気持ちが大きくなっていったように思う。


 そんな中であの出来事は、まさにハチの一刺しだった。


溢れ出てしまった思いを抑えきれず、伝えるはずではなかった思いを彼に届けてしまった。

自分の感情に素直すぎるのが、玉に傷だなとララ自身は評価している。

かつてのレオフェルトとは笑えるほどに真逆だ。


 本当ならば、もう二人の人生は交わらないはずだった。

それなのに今こうして一緒にいられるのが夢のようだと未だに思う。


「…起きたのか」


 視線を感じたらしいレオフェルトが、ララを見て言った。

ララは彼の視界に自分が入ったことに幸福感を覚えて、そんな彼が眩しくて目を細める。


「うん…おはよ」


あぁ、と短く返したレオフェルトは、また新聞に目を落とした。


 二人が行動を共にするようになってから、1年近くが経った。

元々ララが流浪の民(ジプシー)だったこともあり、西側の国には色々と伝手や情報がある。

日雇いの仕事や、ちょっとした雑事を手伝ったりして路銀を稼ぎ、宿を提供してもらったりしながら、気に入った場所には一月ほど滞在したりして自由に過ごしてきた。


 順調過ぎるほど順調に、二人の旅路は進んでいる。

それともいうのも、この男、レオフェルトが想像を超えて有能過ぎるのだ。


 ある時、宿屋の主人が何やら帳簿を見ながら唸っており、その記載内容が目に入ったらしいレオフェルトはすぐに計算誤りに気付くという妙技を披露した。その上、その帳簿から経営の穴をすぐ様見破り、助言までする始末。店主は大いに感激して、ぜひうちで働いてくれ、もしくは顧問として契約させてくれと懇願したが、レオフェルトはすげなく断った。

 代わりに店主は滞在中、一番良い部屋を無料で提供してくれた。


 またある時は、町の祭りで無差別格闘技大会があり、それに飛び入りで参加することとなった。優勝商品の金一封目当てにである。炭鉱で栄えたその町は見るからに屈強な鉱夫たちが山のようにおり、いくら元軍人といえど細身なレオフェルトにはさすがに危険だとララは思った。そんなララの制止も聞く耳を持たず参加したレオフェルトは、あろうことか優勝して目でたく金一封を手に入れたのである。町の男たちにはその腕っ節を買われて随分と気に入られ、町長からは娘の結婚相手になってくれとまで請われていた。

 それも例のごとくすげなく断ったレオフェルトだったが、その町に滞在中は英雄扱いでどこに行っても優遇してもらえた。


 こんなこともあった。たまたまスクラップ場で見つけた廃車となっていた大型バイクを、端金で買い取ると言って交渉を始めたレオフェルト。素人目にももうどうにもならないとわかるほどボロボロだったそれを買うと言うレオフェルトに、その場にいた男たちは馬鹿にしたように笑ったのだが、あれよあれよと言う間にそこらの残骸からパーツを取り出しては組み込み、あっという間に修理してしまった。軍で粗方の機器の構造は学んだとさらりと言うが、こんなこと普通はコアなメカニックマニアしか知らないのでは?という技を造作もなく見せつけて、スクラップ場の男たちの度肝を抜いた。

 スクラップ場の男たちからどうかここで働いて欲しい、その術を教えてほしいと懇願されたが、またもやすげなく断ったのは言わずもがな。

 今そのバイクは二人の足となっている。

 

 そんな彼の姿を見て、尊敬を通り越してもはや憎らしくさえ思ってしまうララだった。もうこれ以上レオフェルトが何をしても驚くまい。


 正直ララは、レオフェルトがその若さであの駐屯地の隊長を務めていたのは、彼が貴族であることや、縁故による部分が大きいのだろうと思っていた。大層失礼ながら。

だがこうしてまざまざとその有能っぷりを見せつけられ、それは大きな間違いであったことに気付かされた。


こんな有能な人物を失った軍の損失は計り知れない、とララはなんだか申し訳ない気持ちにまでなってくる。


ライアンさん、大丈夫かな…?


 そうしてその度に思い出すのは、かつて二人が大層世話になった人物のことだ。

 レオフェルトは不要だと跳ね除けたが、ララがどうしてもと言って二人でライアンに報告に向かった。散々世話になっておいて、一言もないのはいかがなものかとララは思うのだが、レオフェルトに気にする素振りはなく、そんな彼にララはこの先を思って一抹の不安を覚えた。


 当初引き継ぎもなくすぐに辞めて旅立とうとしていたレオフェルトを、青筋を立てながら恐ろしい笑みを浮かべてふざけるなと一蹴した姿が思い出される。

あんなに恐ろしい顔は見たことがないと、レオフェルトの冷徹な顔にも微動だにしなかったララもその恐ろしさに震えた。

 さすがのレオフェルトも現実を受け止め、渋々後任への引き継ぎ作業に追われた。その驚異的なスピードにライアンは度肝を抜かれたが、これが愛の力か、と初めての恋にどっぷりと嵌っている友を何とも言えない気持ちで見守っていた。


 その間ララはまた厨房で手伝いをしていたのだが、それはララにレオフェルトからの信頼がなかったが故である。

レオフェルトの口からは語られなかったが、自分の目の届く範囲にいないと一人で旅立ってしまうのではないかという不安からだろうと、ライアンは呆れたように分析していた。


 旅立ちの日の朝、見送りにやってきたライアンはララに言った。


「人としては難ありなやつだけど…色々と役には立つと思うからよろしく頼むよ、ララちゃん。手懐けられるのは君だけだから」

「…人を獣みたいに言うな」


 苦笑いを浮かべながら言ったライアンの言葉の意味が、今ならばよくわかる。

とにかく万能なこの男は、残念ながらララ以外の人間に思いやりというものがまったくない。

あまりに愛想の欠片もないその様に、ララは何度肝を冷やしたことか。


 ライアンの言う通り、この人の能力をいかにして最大限に活かすかはララにかかっているのだと、最近は変なプレッシャーのようなものを感じるようになったララだった。


「何を締まりのない顔をしている」


 シーツに(くる)まったまま、レオフェルトを見つめて思いを馳せていたララに、レオフェルトは怪訝な顔をして新聞から顔を上げる。


「んー?レオが今日もかっこいいなぁと思って」


恥ずかしげもなくとろんとした笑みを浮かべて言ったララに、レオフェルトは呆れたような顔をした。

ララがレオフェルトの容姿を褒めるのはいつものことだ。いい加減聞き飽きたとその顔は物語っている。


「こっちおいで」


下着姿のララが、やっと体を起こしてベッドの上で両手を広げる。

開いていた新聞を閉じたレオフェルトは、その様を見て嫌そうな顔をして眉をしかめた。


「もう昼前だぞ」

「いーの!ぎゅってしたい気分なの!」


早く!と言って再度手を広げ直したララに大きな溜め息を吐いて、新聞をばさりとテーブルの上に放ったレオフェルトは重そうに腰を上げた。

ベッドのそばまでやってきたレオフェルトを、待ちきれないとばかりに膝立ちになってララは抱き締める。

そのまま引き摺り込むようにベッドに倒れ込み、二人は向かい合うように横たわった。

ララは何も言わずされるがままになっているレオフェルトの顔を豊満な胸に抱き込み、その頭に頬擦りする。


「今日も起きてレオが居てくれて、ほんと幸せ」

「…毎日毎日飽きないな、お前は」


憎まれ口を叩きながらも、レオフェルトがこうされるのを好んでいることをララは知っている。

安心したように目を閉じているその姿に湧き上がるこの感情は、母性本能というやつだろうか。


 ララ以外の人間にとことん無関心なように見える彼に、本当はいつも優越感を覚えているのは内緒だ。

美しく、才能に溢れたこの人が唯一心を許してくれているのが自分なのだと、たった一人神に選ばれたような気持ちになる。


「レオ、だーいすき」

「…知っている」


今日もだめだったか、といつか彼の口から気持ちを聞ける日が来るのを密かに心待ちにしていたりする。

思いが通じ合っていることはわかっているが、それでもやっぱりこの人の口から聞きたいと思うのは、贅沢だろうか。


「好き好き好き好きー」


いくらでも、何度でも、例えその応えは返ってこなくても、この溢れ出る思いを伝え続けてやるんだ。

この人がうんざりしたって()めてなんてやらない。


 その思いが返ってくる。その日が案外近いことを、ララはまだ知らない――




ラノベタイトル風だと「ラッキースケベから始まる恋〜氷の男は黒ギャルのおっぱいに絆される〜」ってとこですかね…。

タイトルもあらすじもしっくりきてないまま完結してしまいました。今後良い案が浮かべば変更するかもしれません。

【追伸】ちょこちょこ変更してます。すみません

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