その緑眼に反射する4
ルーシーにとって、掲示板というものに触れられたのは救いであった。文字だけであっても、話が通じる他者との交流というのは心をよく落ち着かせるための手段として大きいものだったからだ。
ルーシーは今まで、冗談交じりの楽しい会話などしたこともほぼないに等しかったというのもある。だからなおさらに、じゃれあいのような掲示板は楽しかったし――感謝もしている。嘘ばかりであるけれど、相手が嘘をいっているということもなんとなく察することができてはいるがそれでも――勝手に友達だ、とも思っている。
自分に起きている本当の事は書き込んでいないくせに、と思わなくもない。たまに本音も出るけれど、けれど、やり方を知らないから。知らなかったからそうなってしまった。嘘を吐くことに慣れすぎていた、自然にできた。できてしまった。本当のことを言いたくなかったわけではない。最初から、騙してやろうと思っていたわけでは決してなかった。相談だって、できればしたかった。頼りにしてないわけではないし、されたなら全力で答えたい気持ちがあった。
ただ、そうしたことがないから自然と嘘をついてしまって――素直な気持ちを吐露する術を知らなかったのだ。後はずるずると進んでしまった。
ただ、だんだんとそうすることが苦しくなっていった。仲良くしたいという、抑えようのない気持ちがある。知りたい、知られたい。そういう気持ちがある。交流の術が限られているからなおさらの事。
時折、混ざっているのに、混ざれていない気がして勝手に疎外感すら覚えてしまう自分を恥じたことも多々ある。これでは同じではないか、そういう気持ちが湧いてくる。
騙しているような気がして、それを悪いと思ってしまう自分がいて。
それでも、地を出すことが出来なくて。にじみ出てくるのは、相手も嘘をついているから問題ない、むしろ相手をしてやっているのだ、という傲岸不遜などす黒い色をした嫌いな自分。
だからだろうか、強制的に制御されていることを――時折、ありがたい、なんて思ってしまうほどだった。
ルーシーは、いつか己が書き込んだ。
『別人格までくると、それはそれで死んでると言えなくはないわよね』
なんて、よく言えたものだと自分でも苦笑する。
嘘をついていない部分もある。それは、強制的に言葉を返還されること――妙な状態に陥らせられている事。
そして、それが洒落にもならない――唯一、有効な攻略のための手段であったこと。
それを手にする寸前まで、ルーシーは焦りに焦っていた。浸食しているそれが、どういう効果を持つのかおぼろげにわかってきていたからだ。
体験と推測から組み立てれば、それは大雑把に言うのであれば『停滞』だろうか。
鈍くなっている己に気付くことができたのは幸いといっていいものか。ただ慣れたというには、あまりにおかしな感覚。傷がつきにくくなり、死ににくくなり。痛みにくくなった。それだけを見れば強化されていると見ることもできるが――それがいいものだと、ルーシーはどうしても思えなかった。
行く末が――彼ら、彼女ら、翼を持つものらだということが、誰に教えられるでもなく理解できてしまったからだ。これが未来だ、と。そう教えられている。その浸食は、ある種の同化を含んでいる。思想も含んでいる。
そう、それに染められていくのと同時に――ここにはない高次元に、『力の塊』の存在を感じて、それを――『神』と呼びたくなり、自然に心から平服し、屈服し、敬いたくなってしまう己にも気付いたから、とにかく焦ったのだ。
傲岸不遜な己が、初めて本音から役に立ったと思えた瞬間だった。
そんなある時、それを見つけることができたのは奇跡か、それとも単なる誘導だったろうか。実際、ここにきてそれを手にするまでに――ルーシーが感じるよりも時間は経過していない。体感時間は無限のごとくであったが、それは体験からのものでしかない。
あるいは、それも『停滞』の効果だったかもしれないが、そこまではルーシーにはわからない。浸食とはそれほどまでに早かったといえる。
この時点で掲示板の存在はありがいたいものだった。その時はまだ、書き込んでいても嘘はついても、何も強制されることもなかったが――というのは置いておいても、掲示板の書き込みと流れによって大体の経過時間を察することができたからだ。
それは『これだけ』しか立っていないという絶望にも繋がりかねないが、把握できないまま進むよりはルーシーにとっては十分マシだと言えた。
だから、それを見つけられたのが誘導であったと言われても不思議には思わなかっただろう。
しかし、実際あった時には戸惑いの方が大きいものだった。場所に全くそぐわない、不可思議でしかないもの。
そこにあったのは、『魔法のステッキ』だ。
より詳しく言うなら玩具に見える、魔法のステッキのようなものだ。
見たところ、明らかに玩具だった。そうにしか見えない。見たことがある形をしている子供が使うような、少しだけ見たことがあるアニメで出てきたような。それを元に安っぽくデフォルメされた玩具として販売されたもの。
本当に安っぽく、強度もなさそうで、見た目からしてチープであり、プラスチックでできているような、そんな。
『私、子供の頃は本気で魔法使いになる! なんて言ってたのよ?』
それを見ていると、ふいに。そんな、彼女の声が聞こえた気がした。
その時は、肯定も否定も言葉にできなかったが――本当は、同意できる言葉だった事も思い出す。
短いながらの、彼女との思い出。
こんなもの、ここにあっても意味がないだろう。そう考えておかしくない、がっかりしてもおかしくはない。明らかに場にふさわしくなく浮いているそれを――ルーシーは、自然に手に取った。声を幻想と断じることができなかったからか、それともただ藁にもすがる気持ちだったのか。どちらか、ルーシーには判断できない。
けれど、それがきっかけ。
それを何と呼べばいいだろう。
『かつての羨望』とでも呼べばいいだろうか。願望とでも言えば満足するかもしれない、と自嘲したくなる。そんな馬鹿げた効果を持つものだった。
持った瞬間、光に包まれた。それはまるで、変身シーンのようだと、ルーシーが自分を第三者視点で見ることができれば思えただろう。実際本人としては、目が開けられないくらいにどぎつい色とりどりの光に照らされて眩しいとしか思えなかったが。
そして、現れたのは――フリフリの、そう、まさに『魔法少女』という可愛らしいと呼んでいい衣装に包まれた――鍛えられた体をした己。ルーシーはそれを自分をして『似合っていない』と感じざるを得ない不釣り合いさを感じてしまった。なぜだか恥ずかしくなってくる。同時に憤怒が湧いても来る。
現象は、まるで嫌がらせのようだ。ルーシーは馬鹿げていると実際思ったし、感じた。沸騰した怒りはすぐに通り越してしまって、呆れに包まれもした。けれど、その効果は――馬鹿には決してできないものであった。
掲示板に書き込むとき、ただ発する言葉でさえ――己がそうしようと考えたものとは違うものになった。それは呪いといっていいものであろうが――その代わりとでも言いたいのか、浸食が一時停止したのだ。いいや、低層ではその進行が遅くなった、というべきか。
そして、何よりの変化。
攻撃がある程度でも通じるようになったのだ。
そこにあったのは、戸惑い。それこそ創作でしか見ないようなエフェクトや効果音、それとともに放たれる拳や蹴りが、明らかにダメージを与えられている。その実感、感触。
相手も、戸惑いを浮かべているのがわかる。そしてそれを通り越せば、そこにあるのは何種類かに分かれる。継続して羨むか、あるいは怒り、あるいはそれすら憐れむ。喜びも見られた。
相手の感情は、ルーシーはどうでもよかった。
尊厳を捨てた代わりに攻撃が通じた、と思えてきてなんだか悲しい気分にはなったものの――とにかく、その日から。
姿かたち状況は不本意でも――ようやく、敵になったと思えた。お互いの存在が、一方通行でないものに。




