E1
生まれた日の事を覚えている人間がいるという。
人は泣いて生まれてくる。それは生きることが始まった喜びを表しているという声もあるだろう。
Eはどぶに生み捨てられた。それをよく覚えている。苦しかったことを覚えている。とにかく、痛くて苦しくて仕方なかった。解放されたかった。そんな単純な気持ちを覚えいている。
だから思う。
生まれて泣くその声は、きっと生きる苦しみが始まった嘆きであると。
何を間違ったか、生き残ってしまった。Eは、そういう気持ちがこびりついて離れない幼少を送った。
衛生環境も何もない場所に捨てられ、しばらくはある種の病にかかった人物に己の子供と勘違いされて拾われて連れていかれ、育てられた。E自身、そのことに否はなかった。拾った人間にとって、自分という人間が代用以下の代物でしかないとは理解していて。エイミーというその名前。性すら別物。自分というものが見られていないという事は、幼くともEには理解できていた。それでも、その生活に否はなかったのである。
泥をすするように生きてきた。共に過ごしてきた。拾った彼女はEに向かって発狂するように唐突に暴言や暴力を振るうようなことも珍しくはなかったが、Eは決して彼女のことが嫌いではなかった。嫌いにはなれなかった。それは、決して己を見ていないものに見えたし、家族だとは言えないものであろうことも理解していたが、それでも。
嫌いにはなれなかったのだ。
子供だから、保護者という世界が全てだからという理由ではないとEは認識している。抱かれても、本来感じたであろう心の温かさはないだろう。優し気に無秩序に呟かれるその言葉も、自分に向いていないだろうことも知っているから。だからこそ、それだけというわけではないと認識しているのだ。
ただ、この苦しみを共にするものとして。共にしてきたものという事実が。
この正常ではないあり方でいながら、捨てられたそれを勘違いだろうが見捨てることができなかった彼女という存在を。
あるいは、依存かもしれない。
けれど、それも長くは続かない時間。
元より、無理がある。無理があった。彼女は、どこからか逃げ出してきたかそのつもりなく徘徊してしまった末の事か。
なんにせよ生活を続けるには、無理がありすぎたのだ。
スラムのような一角で、けれど、彼女にできることは少なく。そして、Eも子供が故にできることはそうない。それこそ――そういうことをするくらいしか。それにだって限界というものがある。盗むにしても売るにしても、方や見つかれば終わる、方や病気にかかれば一発で終わり、ということもあるし――体力的な問題もあった。怪我もあるし、何よりものを持っているとここから出られない限り奪われてしまう。それに気を付けていくのなら、おのずとターゲットは絞られるし、盗むよりは後者が増える。それすら、機会が限られる。勝手に行うと縄張り争いに巻き込まれて終わるという事もあるが故。
だから、限界といえばいつでもそうだった。いつ終わってもおかしくはない、それでも、ぎりぎり保っていた。
終わりとは、そんなある日のことだ。近くのあまりまともでないが、それでも対価として施しはくれる教会にいって一仕事を終えて食料を貰って帰った日。
なんでもない日だった。
苦しいのもきついのも、楽にならないのも同じ。それでも日々の糧を得た後の事。
昨日も一昨日も、一週間前だって変わらない。日常の事。変わったことは、なかった。特別なことなど、何もない。
しかし、とても、とても良く晴れた日だった事をEは鮮明に覚えている。
むかつくくらいに、空には何もなくて。透き通るような青。気持ち悪いくらいに真っ青で、太陽が死ねとばかりに光を注いできていた日。
帰ってみれば、部屋にそれは座わるようにだらんとしていた。何の声もなかった。声も、暴力もない。伸ばされる手足、開いた口。
ただ、臭いがした。嗅いだことがある臭いだった。隣にいる住人のように、定期的に漂ってくるかおりだった。いつだってそうなっておかしくはない、結末の残り香。後の臭い。
ただ、虫がいつもりより飛んでいた。口から出入りする、その開いた目の上を歩く、鼻から侵入する。それに反応もない。
それは、既に死んでいた。脈を確認するまでもなく、それがわかった。
笑うように死んでいた。虫をつけて、虫に入り込まれても身動きをとる必要がなくなっていたのだ。
汚いと、思いついたように暴れだしはたき落とし、虫がいなくともかきむしり自身やEを殴りつけたり、傷つける姿はそこにはもうない。
それの前には紙が置いてあった。紙束が置いてあった。
もらってきた食料を、虫から遠い場所に丁寧に包んでから置いた。そして、紙束を手に取る。字は勝手に覚えていた。彼女はそう学がなかった。文字自体は機嫌がいい彼女に倣ったものだ。そういう事が絡み合って、複雑な単語もなく、その大半は読める言葉で書かれていた。
そこに書いてあったのは、遺言といえば遺言だったのだろう。
しかし、それは感動話のようなものではない。Eは、淡々とそれを読んだ。そこに書いてあったのは――最後に、正気を少し取り戻してしまったであろうことが伺える、彼女の感情。
例えばそれは、共にあった感謝ではない。
例えばそれは、間違い続けてきたことや暴力暴言を吐いたことの謝罪でもない。
そこにあったのは、憎悪。
あらゆる罵倒。つたない思考回路で思いつく限りの。Eへの。
よくも騙した。
よくも私の子供のふりなどしてくれた。よくも、よくも。
なぜお前みたいのが。気持ちが悪い。気持ちが悪い。どうして。汚い。お前なんかのために。どうして。
どうして今まで我慢して、我慢して。
我慢した結果が救われない。お前なんか。お前が。お前が悪い。こんなにも辛いのはお前がいたからだ。お前がもっとちゃんとやれば。お前がお前が。
死ね。死んでやる。ざまあみろ。お前だけが残るんだ。お前が苦しめ。これからも、私の分まで苦しめ!
苦しみ続けろ! 永遠に!
そういった、とつとつとして脈絡のない、そうであるがゆえに酷く直接的な悪意。悔恨であり、怒りでもある。
正気になんて、かけらでも戻ってしまったからだろうとEはただ哀れんだ。
そして、その瞬間にEはエイミーと名乗るのをやめたのだ。エイミーは、彼女にとって必要なものだったから。だから、彼女に返した。そうしなくてはならないと、そう思った。けれど、Eと名乗るのは、そうしようと思ったのは――少しだけの未練だ。未練と、皮肉にすぎない。
それを読んだけれど、特別にEがそれで絶望するだとかがっかりするだとか、そういう気持ちは自身に確認できない。何も思い浮かばない。
ただ、死体には笑顔が見える。笑顔に見える顔で死んでいる。それが、精神を病んだような果てにあったものだとしても――泣いて生まれて笑顔で終わる、そうあったから。
羨ましい、と少しだけ思った。
生きることは、それこそが。
全ての苦しみのもとであり、気持ち悪く、汚く、どうしようもないものなのだと。
そう、Eは確信したのだ。その通りだ、苦しんでいる。苦しみ続けている。
恐らくは人が感じるものより小さいのだろうと自覚しながらも、確かな悲しさがあった。寂しさと呼べる何かがあった。
残されるものは悲しい。このどうしようもない苦しみを受け続けなければいけないから。その共を失うのだからそうなのだろうとEは思った。
こんなことしか思えないのは、弱いからなのだろうかと考えた。強ければ、もしかしたらこの苦しみは収まるのだろうか。裕福なら、金があれば、力があれば、何かがあれば、この苦しみという隙間を埋め立てることができるのだろうか。
幼いEという少年は、ただ、泣くこともなく縋ることもなく。憎しむことも怒ることもせず、死体を前にしてそんなことを思った。
言葉にはしなかった。
言葉にしても返事がないのは、生きていても死んでいても変わらないから。




