誰かのバッドエンド38
バッドエンドが嫌いだった。
それは、誰かが不幸になるからだ。その気持ちは今もなお持てる。だから己のものだと信じられる。
だって不幸は、冷たい。とても。
誰しもそうで、けれどそうせずにいられないからバッドエンドという存在が嫌いだった。
己がそうだと、きっと魂がわかっていたから嫌いだった。
バッドエンドが嫌いだった。
それは、この世界の人間という種が絶える結末を認めないからでもあったのだろう。
バッドエンドを向かえないために、バッドエンドを迎えろと言われていたからだろう。
決められていたからだろう。決められたからだろう。
それを運命というのなら、なんて嫌味なんだろうと思ったからだろう。
惹かれていたのが、誘導されるようにだとしても。きっと同じものではなかった。
似たような存在は、同じではないから。
だからそこには、多分、少しでも。
己というものが籠められていると信じることができる。
だから納得ができたのだと思う。
この選択が、例え色々誘導されるようなものがあったとしても、自分でも選んだものなんだって。自分の不幸に酔っているといわれれば、苦笑するほかないだろう。しかし、それでも良夫は止めるつもりが全くない。
多分、生まれからして自分という人間は幸福とは呼べなかった。その末路も。
それでも多分、自分という人間は幸せだ。その末路まで。
そうできているから、こうなってしまって。
そうできていたから、こうもできる。
自己犠牲なんて、自己満足だ。
残される方はやってくれなんて頼んでないのだから。そうわかっても、いてさえ、幸せを願うからしてしまうものなのだ。それが難しいとわかっていても、願わずにいられないから身を投げ出してしまうのだ。
間違えてきた。ずっと間違いの連続だった。
過去と後悔で己というのは出来上がっていっていて、それに縛られて生きてきた。これも、間違いだったと未来にも言われる行為なのかもしれない。少なくとも、孤独の王にとってはその確率の方が高いだろうと良夫は思う。
けれども。
間違いのないと思えるような人生を過ごすことができたなら、その時その人生に何の意味があるだろう。正しくとも、決められただけの道を淡々と歩いて崖から落ちるならそれのどこに自我が認められるというのだろうか。
それでできている自分はきっと、自分ではない。
(――なぁ如月姉ちゃん、あんたはどう思う? 今なら、先に進めた質問をしてたらどうしてた? そのがらんどうは埋められただろうか。
それがどうなるか、もうわからないし知りようもないけど……今なら、もう少しあんたを揺らせてたかもしれないよな。それができなくたって――怖くなっても、逃げ出さないくらいはできたかもしれないよな。そうすれば、別の未来があったよな)
勝手に期待して勝手に傷つき、それから勝手に拾おうとしている。けれどもう、勝手に怖がって見捨てたり放り出したりするつもりはない。
だから、そろそろ連れて行こう。
それで、君の後悔が始まったとしても。これからも過去を続けるために。未来を始めるために。
君の、孤独の王の”完成品にいたれない完成品予定だったもの”という役割を一緒に持っていこう。そう。"孤独の王"を連れて行こう。
一緒にいると約束したから。そんなもん、約束の意味が違うと言われるとは思うし、良夫も我ながら詭弁に過ぎないとも思うけれど。
良夫はそう思いながら、最後にしっかりと、目を合わせる。人生最後の根性の入れ時だ。吸い取った力の影響もあって、なんとか実行できそうだった。
今反抗することを、ざまぁみろと誰かにいってやることはできないけれど。
――こんなことをしてしまったら、また会える日はないのも、わかってはいるけれど。
しかし、そうあれと願うから。自分勝手に、そうあってほしいと望むから。
『何をするつもりかわからないけど、"やめろ"! ……やめろ! やめろやめろやめろぉ! 眷属になってるんだろ! 命令してるだろ! なんで聞かないんだ! なんで聞いてくれないんだよ! 聞けよ! 人の話!』
「”今日の日は、さようなら”」
孤独の王の手を掴んで、その力をこそ、そう呼んだ。
良夫に向けて何かが――いいや、力が流れていくのがわかる。孤独の王は、それを止めることができない。命の気配、それが無理やりその手を離せない原因だった。
『勝手だよ……勝手だ。全員勝手すぎる。なんだよ……なんでだよ……』
良夫の顔が笑う。好き勝手にやっておいて、と孤独の王は苛立ちが止められなくなる。その満足そうな、しかし申し訳もなさそうな顔に、拳を叩き込んでやりたくなる。でも、できない。
もう、争っても仲直りができない。
始まった何かを止めても、結果は変わらない。
良夫は死ぬ。何をしても、もう、勝手に死ぬ。置いていく。
『勝手にしろよ……約束を破る奴なんてさ……』
力が抜けていく。なくなってしまえばいいと思った。もう、いろんなことがどうでもよくなっていた。
置いてけぼりだと感じ続けて、最後の糸も切れてしまいそうだったから。
『わかるよ、これで、お前を吸収しなくても良くなったのはさ……いや、もう、誰もそうしなくてよくしてくれたんだろ……?』
良夫の体が崩れ落ちる。そのまま孤独の王も座り込んだ。
返事がない良夫。もういなくなってしまった良夫。約束を全く守ってくれなかった良夫。
孤独の王を連れて行ってしまった、良夫。
『あぁ、戦いたくなかった。強くなったのが嬉しかったんだろうって? それもなくもなかったけどさぁ……戦いたくないのも本当だったんだから、捨てれるものなら捨てたかった。だから、いいことだよ。いいことなんだけど……』
泣きたい気分だった。しかし、どうしても涙が流れてくれない。ただ、誰もいないから。感情の矛先が潰れてしまった。
『どうしても、ありがとうなんていいたくないんだよなぁ……!』
未完成品だった己はただのモンスターになった。孤独の王――いや、もはや元孤独の王になった己。それがよくわかる。己という存在が、ただ一つの……良夫たちが言っていたところの"モンスター"になった事が。が、かといって統率する気にもなれなかった。やろうと思えば、もう話し合いだってできるかもしれない。力を示すための戦いだって、もう命を糧にしなくていい。しかし……そんな気力はなかった。
ここにいるのは、ただ一人のモンスター。
残ったのは、全部なくしたモンスター一人。
孤独の王だったものは――今こそ、心底、空っぽな気分になった。今、死ぬんならそれでもいいと、思うともなしに思った。気力が、何もわかなかった。
何もない。
力を除けば、自分には何も残らなかった。家族も、友達も、何もかも。残ってほしいと思っていたものは、何も。それでも喜ぶことを止められなかった力でさえ、もう。
何もない。何もないから、自害する気力さえなかった。
助けてほしかった。
何をいうのか、と惰性で殺してきた生き物たちに、家族たちにも、友達にもいわれてしまうかもしれないけれど。
助けてほしかった、誰かに。
それがどんな形でもいいから、ただ助けてほしかった。
「"誰かが助けを呼ぶ、その声のために"」
声が聞こえた。
誰かが、隣になっている気がした。
しかし、顔を上げる気にはならなかった。
手が、見えた。どうしてか、掴みたくなってそれを掴んだ。縋りつくように。
光に包まれる。まるで焼きまわしだ。何度も何度も、同じような出来事の。
光が収まる。
隣のだれかがいなくなったことがわかる。手からぬくもりが消えたのがわかってしまう。
「は、はは……」
命が消費されたのがわかる。
己のために。良夫のように。今度は無関係だったはずのものにまで。孤独の王からそうではなくなったのに、結局変わらない己に笑いが漏れた。
己という存在が――人間になっていた。
元の種ですらなくなった己がいた。
ただの、姿が似ているが違う、他の世界の人間という今までよりずっとずっと弱い種の子供。
しかし、友達の種族だったもの。それになってしまっていたのだ。おそらく最後に手を差し伸べてきた命の結果だ。
たった今、理由はわからないが、文字通りきっと命をかけて誰かに渡されたもの――友達と同じに。
それを望んだからだ。先ほどのそれは、望みをくみ取る能力だったとそうわかってしまうから。なんだか笑いたくなった。
勝手だ。自己犠牲は勝手だ。それを勝手に使って、勝手な願望を心の底で願って叶えてもらって、悪態をつきたくなるようなむかつきを覚えている己も勝手すぎる。
立ち上がる。動きたくないと思っていた精神、そうしたくないというような重くて仕方ない体。しかし、立ち上がることができた。
何も残らなかった。
己という存在は空っぽだった。しかし――全部を無為にはしたくないと、それだけ思うことができた。誰も褒めてくれはしない。褒めてくれはしないけれど、誰も見てくれてないことを理解しているけれど。呆れられるような目で見てほしくないから、立ち上がって歩こうと思った。人間になると同時に、その権利も一緒に手渡されたことがわかるから、先に進んでみようと思った。
もう、一緒に見ることができる人はいないけれど、代わりに見に行こうと思った。
幸せになってほしいとかつての家族は言った。
苦しむばかりである必要はないと友達は言った。
自分は嘘かもしれないけれど、それは事実だ。
それをなくさないためだけに、元孤独の王は――ふらりと、頼りない足取りで。
しかし、止まらずに――出口があると思われる方向かって歩き出そうとした。
「――おい! これは、これは一体どういうことだ!?」
その足が、その声につい止まってしまう。
己に向けられた声の気がしたからだ。その、どこか聞き覚えがある声の方を向く。
そこには――在りし日の姉によく似た誰かが、まるで知り合いのようにこちらに罵倒を放っている姿があった。文句を言いながら近寄ってきている。
特大の、どうしようもない感情が津波のように押し寄せてくるのがわかった。
それは、嬉しさだけでも、悲しさだけでもない。正とも負とも呼び難い。
どういう感情なのか、一言で表すことはできそうにない。
その場で、ただ涙だけが次に次にと流れて落ちた。
誰バ/おわり。




