誰かのバッドエンド36
戸惑っている。狂戦の女王は、酷く戸惑っている。それは、拒絶する己自身だという事が良夫には手に取るようにわかる。わかって、しまう。
「なぜだ! いらないもののはずだ、私にとっても……同類の君にとってもそうのはずだ。いや、だからといって憐憫じゃあない、どうしてだ? なぜ、私はこんなにも焦っているっ……?」
"それは曇り空の日を選ぶ己のように"に劇的な効果はない。本来ならそうだ。今でもそうだ。じわじわと、結果的に力が移っているがそれはきっかけになっているだけだ。だからそれは、言葉通り同類だからだ。元は種族が違っても、今も種族が違っても。
狂戦の女王は、自分の役割を知って拒んだ。
良夫も、まとわりつくバッドエンドの予感を拒んできた。
狂戦の女王は、それを拒む最後の手段として別種族を取り込んだ。
良夫は、先に共に進むために孤独の王と繋がり人間から逸脱しようとしていた。
逆方向に見えても、それはよく似ている。なぜならどちらも、どうしようもなくその予感に、役割に縛られて行動しているのだから。忌々しいそれがなくなるのであれば、喜ぶべきだ――そう、良夫も思う。相手もそうだろう。しかし、今思えずにいる。
「それでも、自分を形作ってきたものだからだ。だから捨てようとしただけってわけじゃないんだよな? 単純な感情だけじゃ、やっていけないよな」
「……わかったような事を、いうな!」
孤独の王に意識を向ける。苦しげな表情になっているだろうことが見なくても良夫にはわかった。
ここで、止められないのが孤独の王の弱さだ。ここで、隙ありとばかりに狂戦の女王に攻撃できないのが孤独の王のずるさだ。静観してしまう悪い癖。強者だという無意識の自負。姿通り――子供のような感覚もあるのだろう。良夫は、それを責める気にはなれなかった。それが、どういう理由で湧く気持ちにしろ。
「悪ぶらなくても、いいだろ」
「悪ぶる? 私が、嘘をついているとでも言いたいのか? そこの半端もののために、悪ぶっていると? 本当は孤独の王を助けようなどとしていて、ただ、自分として生きたいというこの気持ちは嘘なのだと、そういいたいのか!」
良夫は首を振る。わかっている。物理的にも繋がっているからなおさらにわかっている。ぐいぐいと吸い取られ続けて、弱り続けていてもその目はギラギラと光っている。わかっている、ただ自分らしく生きて、幸せを、納得を得たかったのだという事くらい。自分がそうだ、自分もそうだ。
だけど、全部が全部、そうでもないのもわかるのだ。十割を一つの意志で染められるなんて、どれだけの生き物ができるだろうか。
できない。できないから、苦しむのだ。苦しんだ数だけ、それは己になるのだ。だから、今焦っている。力がなくなるからじゃない。不利になるからじゃない。嫌悪感があって、どうしようもなく拒絶したいものでしかなくとも、己の一部であったからだ。思いがあったからだ。
だから、その行動にもそれ以外の意味はあった事がわかるのだ。
「助けたじゃあないか。それを、状況を打開するためだとかあんたはいうかもしれねぇーけど、助けただろうが。同化することで、あんたは」
結果的にそうなっただけ。結果的には敵になっているのだから助けたわけではない。それもまた事実だ。けれど、そのままなら飲まれるだけになるほうが確率的に高かった。同化して、意識を取り戻し、くびきから解き放たれようと画策したのなら放置した方が良かったはずなのだ。
手を出したのは、なぜだろう。自分の手でやりたかったというのも本当なのだろうけれど。
力が抜けたのがわかる。言葉を探素そぶりをして、しかしみつからなかったか、口から言葉にならない言葉だけ漏れる。
「いいようがないよな、こんなの」
「なんだ……どうすれば良かったというんだ、私は、私たちは」
その落ち着いた風な言葉に、反論するのを狂戦の女王はやめたようだった。それは、拒絶からではない。諦めはあるが、見たところ脱力感が酷かった。力を抜かれて、どうしようもないという感覚がそれを後押ししているのもあるだろうが――ただ、疲れたのだろうと、良夫は思った。
「むかついたよ。余裕ぶって、結局私たちを含んだ全ての苦痛を長くしているそいつに」
狂戦の女王が視線を向けたのがわかる。それに、孤独の王が目をそらしただろうことも。
ふっ、と、笑う。苦々しかった。苦々しかったが――全てがまた、そうではない。年下の弟がどうしようもないところを晒しているところを見たような、そんなどこか親愛が籠ったような目でもあるように少なくとも良夫は感じた。
「そんなやつに、押し付けるのもむかついたよ――だから、先に進むなら強引に行かなければダメだ。未だに誘導されるような思考に反旗を翻したいのも本音だが、それに納得している己もいる。あぁ、お前の言う通り――いいようがない、こんなことは。言われても、困るだけだろう? お互いに」
「ばちばちにやり続けさせてやれなくって悪いな、でもあのままじゃ引きどころもなかったろうし……すっきりもしなかっただろうしな、そんなもんでどうにかならねぇってことはきっとあんたもわかってた」
狂戦の女王が天を仰ぐ。返事はもはやせずに、ただその顔は空を見ていた。長く、長く息を吐いた。感情を落ち着かせるような、感情そのものを吐き出すような、長い長いため息のような。
「考えていたような終わりでも始まりでもなかったが、まぁ、いい。綱引きで負けたようなものだしな――いいだろう、続きは、お前がやればいいさ。私は納得した。することにした。これで、もう、いい。ここで、もういい」
するすると流れるように得ていたものが、雪解けの川のごとく水量を増した勢いで流れ込む。そがれそうな意識の中、なんとか良夫はそれに耐える。全てに流されないように操作しようとする。完全に流されて、ここで台無しにしては相手にも申し訳ないと良夫は踏ん張りをいれた。
(悪いね、本当に。あんたに罵倒もさせてやれないってのは)
「あぁ――疲れた」
結果はわからない。しかし、やるのだとそう決めていた良夫は、くらみそうな意識の中で、しかし力を込めて剣を走らせる。
それはほとんどの力を取り出されて搾りかすのようになっている狂戦の女王の首を違わずにはねた。ぽぉん、と軽い音でもしそうな勢いで綺麗にはねた。その体が横に眠るようにすっと倒れる。もう、その意識や魂というようなものがこれにはもうないことが明らかだった。そこに狂った面影はもはやなく、切られた首も、体も、力を吸い取られた結果か、それまでからすると随分と人らしいような死体だけが残った。
『良、夫』
「ごめんな、勝手にやっちまって」
孤独の王のなんともいえなくなっている声が聞こえる。申し訳ない気分になる。胸中はぐちゃぐちゃだろうとわかる。前向きになろうとして、でもやっぱりうまくはいかなくて、それでも進もうとして、けれども罵倒されて。このままでは、潰される――そんな状態に陥っていると思えば、この状況だ。
『終わったのか……?』
返事をしようと思った。けれど、口が動かない。自分の意志では、動きそうがない。
当然だ。
不信がっているのがわかっても、どうしようもない。
『良夫……?』
その顔が、体が、自動的に孤独の王の方を向く。勝手ににやりと、口が動くのがわかった。
奪ったのだ。奪ったから、状況がある意味整ってしまった。
未完成品だとしても。
お互い、本来の役割同士ではないにしても。状況が整ってしまっているから。
自動的に良夫は、孤独の王に襲い掛かってしまう。良夫にとって、最後の戦いの始まりだった。




