斜め上
大型テント内に倒れ臥す傭兵達と、対峙する三人──見ようによっては、無抵抗な囚人を一方的に蹂躙したかのような絵面だろう。それを目にして背後でポカンとして佇むサイラスとレフに向かい、事情説明する。
「ここにいる全員に範囲回復を掛けたところだ。ちょっと過回復気味に魔力流したから、倒れちまったがな」
「回復?」
「薬漬けによる洗脳が内部損傷に当たるなら、回復が効くかも知れないと思って。効果の程は保証しないが、とりあえず、やらない後悔よりやった後の反省の方がマシだろう?」
話し合いを聞いていたレフはともかく、その場にいなかったサイラスに、再び同じ言葉を繰り返した。サイラスは何と言っていいか考え倦ねたのか、口を噤んでいる。レフは気休めのようにサイラスの肩を叩いて、声を掛けた。
「そう言う訳で、ヴィルが連中に報復した訳じゃないから」
「ちょっとでも洗脳解けたらラッキー、ってくらいに思ってくれよ」
レフに続いて言葉を添えると、サイラスは頷いた。話している間に、周りを固めていた協会幹部達がテント内に入って行った。傭兵達を再び拘束し直すようだ。
サイラスは作業中の幹部の一人に何事か掛け合っていた。どうやらフィリーが目を覚ますまで付き添いたいらしい。もし記憶が戻っていたなら、目が覚めた時、すぐ傍にいたいのだろう。
そうこうするうちに、並んで立っていたステフの足元がぐらついた。
「ヴィル、オレもう限界……」
範囲回復を掛け続ける間、ずっと魔力譲渡の中継をしていたステフは、もうフラフラだった。ヨロリとこちらに倒れ込むのを受け止めて、懐に抱える。
「ステフのおかげで、俺は倒れずに済んでるよ。ありがとう」
「へへへ……」
「テントに戻って休もう」
流石に自分より大きくなったステフを抱えては動けない。デューイを呼んで運んで貰おうとすると、その前にフワリと躰が浮き上がった。ステフごとライに抱き上げられたらしい。
「何するんだ!」
「テントに戻るんだろう? 運んでやるよ」
ライに食ってかかると、しれっと涼しい顔で返される。
「俺は歩ける! 下ろせ!」
「ついでだ。気にするな」
「何がついでだ!」
幾ら言い募っても、ライは聞く耳を持たない。そのまますたすたと歩く。
「ステフだって、デューイに頼むから、いい! 下ろせよ!」
「あんまり騒ぐなよ。ステフが起きるぞ?」
一緒に抱き上げられたステフは、疲れからか身動ぎ一つしない。早くも寝入ってしまったようだ。余程、中継したライの魔力がキツかったのだろう。
「先刻の範囲回復で、ライもかなり大量に魔力譲渡してるんだ。疲れてる筈なのに、二人いっぺんに運ぶなんて無茶だ!」
「俺の魔力量を舐めて貰っちゃ困るね。こうして身体強化に回す分くらい、余裕だ」
大柄で腕力のあるライと云えども、大の男二人を抱え上げるなんてと思っていたら、魔力による身体強化だった。それにしても、中継したステフが疲労で倒れる程の魔力を流した後、まだこんなに魔力が残っているとは恐れ入る。しかし──
「問題はそこじゃない! 下ろせってば」
「こんな付け入る隙のある時なんて、なかなかないだろう? 大人しく運ばれてろよ」
ライはカラカラと笑って取り合わず、横抱きにされたままテントまで来てしまった。その間に注がれた周囲からの視線は、思い出したくない。テント内に入って二人を下ろしたライは、そのまま自分も横になった。一緒に休む気満々だ。
「おい、ここで寝る気か?」
「当然」
「遠慮はないのか?」
「滅多にない機会だ。逃すつもりはない」
「……ハァ」
思わず溜め息が零れた。
暫く忘れていたが、ライはこう言う奴だった。傍若無人、傲岸不遜、あとはどんな形容詞があるだろう。普通なら、公に結婚式までして見せて、もう子供までいる伴侶同士の間に堂々と割り込もうなどとは思うまい。
「ヴィル」
「何?」
「俺はヴィルに惚れてる」
「そう……俺にはステフがいる」
「知ってる」
まさか、この場でライから告白されるとは思っていなかった。ライなりに告白でけじめを付けて、気持ちを切り替えるつもりだろうか。
「ヴィルとステフの間に割り込む気はない」
「そりゃどうも」
「ただ、俺も諦める気はないんだ」
「は?」
ライの告白は続いていたらしい。だが、二人の間に割り込む気も諦める気もないって、どういうことだ。ライの言うことは矛盾している。
「どういう意味だ?」
「だから、ステフとヴィルを取り合うんじゃなくて、ステフごとヴィルを愛でたらいいと気が付いた」
「はぁぁぁ!?」
何だか、信じ難い台詞が飛び出して、思わず大声を上げてしまった。横からライの手が伸びてきて、宥めるように頭を撫でる。
「ヴィルも疲れてるだろう、大声出してないで休もうぜ」
「ライが突飛なこと言い出すからだ!」
「俺の気持ちを伝えただけだ。今は休もう」
「……ハァ」
ライの発想が斜め上過ぎて、もう溜め息しか出なかった。




