癒し
「お疲れ様です」
「お、どうした?『紅刃』と『翠聖』が揃ってこんな所に?」
他とは隔離された大型テントに向かうと、その周りには協会幹部の監視役がぐるりと囲んでいた。監視役には協会幹部の中でも結界魔法に長けた者が就いている。それだけ、油断ならない相手だということだ。
「オレもいるよー」
「よぉ、ステフ。嫁さんのお守りか?」
「えへへっ」
「……嫁って……ハァ……」
テントの中を幕の隙間から覗き込むと、案の定傭兵達は脱出を試みた様子だった。身体拘束していた縄は切られ転がっているし、あちこち逃げ出す隙はないかと探った跡が窺える。
急造とはいえ、暗部として洗脳され身に付けた能力はしっかり発揮していた。上級冒険者である自分を追い詰めて、拉致監禁しただけのことはある。
監視役の一人に、ライが断りを入れた。
「容疑者達に面会したい。許可は取っている」
「そうか。あまりお勧めはしないがね」
「確かに、一筋縄ではいかない連中だろうが」
引き続き監視役の幹部達には結界を張って貰い、三人でテント内に入る。傭兵達は警戒も顕わにこちらを見詰めた。声を出さずに、ハンドサインで陣形を組んでいる。チームとしての練度は高そうだ。
「お前達の代表は誰だ?」
「俺だ」
声を掛けると、中衛にいたフィリーと覚しい人物が前に出る。
「お前か。名前は」
「1」
「数字かよ!」
思わず突っ込みを入れてしまったが、フィリーもといアインの反応はなかった。とりあえず、暫く質問してみることにした。
「それは暗号名か?」
「何だ、そりゃ? 他の名前は知らん」
「俺に見覚えはあるか?」
「前の依頼の標的だったっけな……小煩い依頼人だったが、もう逃げられたのかよ」
「小煩いって?」
「標的を丁重に扱えだとか、武装解除したら必要最小限しか触るなとか、煩ぇ煩ぇ……何処のお姫様かと思ったぞ」
端でこの遣り取りを聞いていたライが、クックッと笑いを堪えている。ステフは微妙な顔をして聞いていた。二人をジトッと横目で睨むと、ニヤリと笑い返された。
「……で、その姫さんが俺らに何の用だ?」
「姫さん……」
アインから質問返しされて、その言い草に二の句が継げなくなった。アインは調子に乗って畳みかける。
「騎士二人も引き連れてよぉ、姫さんそのものだろうが」
「この二人は騎士じゃないよ、補助燃料と中継だ」
「はぁ? 意味分からん」
「ははは……」
アインから呆れたような視線を向けられて、思わず乾いた笑みが零れた。
僅かな遣り取りだが、色々と見えてきたことがある。傭兵達には名前を含め自分達に関する記憶が無さそうなことと、それでも人格的な部分は潰されずに残っていることだ。
「アイン、俺達の用事はこれからさ」
「ん?」
この様子なら、癒しの効果が期待出来るかも知れない。脇に控える二人を返り見て頷き合う。
「ステフ、ライ、始めようか」
「了解!」
「おぅ!」
今回は両手を構えて魔力を流す為、手を繋いで魔力を補給出来ない。それを補うようにステフが背後に立ち首筋に手を当てて、頸動脈から魔力を流す道筋を確保する。そのステフへは、ライが同様に手を当て魔力の補給を出来るようにした。
アイン達は、何事が始まるのかとこちらの動きを窺っている。
「範囲回復」
瘴気溜まりの浄化と同じように、傭兵達に向かって魔力を流していく。この際、過回復気味でも構わず、多目に魔力を注ぎ込んだ。通常なら、過回復は内部損傷を起こしかねない危険なことだが、これは未知の内部損傷を癒す目的なので、まさしく手探り状態だ。
魔力を浴びた傭兵達は、最初こそ面食らったようにキョトンとしていたが、次第に躰への負担が増してきたらしく、表情を歪めている。誰も声を上げること無く、じっと不快感に耐えているようだ。
魔力を流し続けて、ごっそりと魔力が抜けていく。首筋に当てられたステフの手から、魔力が補給されるのを感じた。そして同時にステフが苦痛に呻く声も聞こえる。中継しているライの魔力が、ステフにとっても相当キツいのだと窺えた。
自分が魔力持ちだと自覚した頃、ライに強引な魔力操作訓練をされて何度も気絶した過去の記憶が蘇る。辛い経験だった。黒歴史と言ってもいい。
範囲回復を受け続けた傭兵達が一人、また一人と気絶して倒れる。最後まで頑張っていたアインも、とうとう膝をつきばったりと倒れた。
「これ、何? どういう状況?」
急に後ろから声を掛けられ、驚く。振り返ると、サイラスがレフに付き添われて立っていた。




