拉致犯の正体
前線へと戻る間、どうやら無意識に躰が震えていたらしい。ステフに指摘されて、初めて気が付いた。
「ヴィル、大丈夫? 震えてるよ?」
「え? ……何で……」
「心配ないよ。オレがもう攫わせやしない!」
自覚はなかったが、王都での拉致監禁は心的外傷になっていたようだ。あの時の主犯を目にした為か、震えが止まらない。ステフに背後から抱き締められ、宥めるように「大丈夫」と耳元に繰り返し囁かれて、漸く落ち着いた。
前線には、討伐を終えた冒険者達が戻って来つつあった。その只中にヒューイで乗り付け、従魔達の世話をステフに託し、一目散に駆け出す。居残りの協会幹部を探し出して、今日の成果を報告した。
「瘴気溜まりの浄化は完了した」
「さすが『翠聖』だ。たった一日で浄化を終えるとは!」
「それから、例の件だが」
「どうだ?」
「横顔だが、顔を確認出来た」
「そうか。なら、魔道具の映像と照らし合わせてみるのがいいだろう」
「レフとサイラスが首尾良く撮影出来てるといいが」
幹部と話しているうちに、他の幹部連中も集まり始めた。討伐の指揮に動いていた協会幹部が戻って来て、幹部同士で業務連絡を始めたので、その場を離れる。ちょうど戻って来た冒険者達の中にレフの顔を見つけて、走り寄った。
「レフ、撮影出来たか?」
「俺様の魔物討伐よりも撮影魔道具の方かよ、ヴィルの関心は」
「まあ、そう言うなって」
勿体ぶるレフから魔道具を受け取り、映像を見る。前線の広場で見掛けた傭兵集団の顔がしっかりと映っていた。
「レフは器用だな。しっかり撮れてる」
「もっと褒めていいぞ!」
「上手い、上手い」
「なーんか、テキトー? おざなり? 心こもって無くねぇ?」
レフを遇いながら傭兵の顔を一つ一つ見ていく。目当ての輩は、残念ながら後ろ姿だった。
「惜しい……顔が見えない……」
「えー!?」
後は、サイラスの撮って来る映像に期待しよう。
従魔達の世話を終えたステフが、従魔の水飲み場で会ったというライを伴ってこちらへ来た。二人は何やらコソコソと小声で言い合っている。
「ステフ、ライ、何かあった?」
「「いやいや、何にもー!」」
こちらの問い掛けには、息ピッタリに返してくる。仲が良いのか悪いのか分からない二人だ。ステフの周りをフヨフヨと飛ぶルーイが、間の抜けた声で「ギャオー」と鳴く。デューイはステフとこちらを見比べて、こちらの方へと小走りに寄って来た。
「そういえば、トールがまだ戻らないな」
「珍しい」
「サイラスもまだ見てないぞ」
噂をすれば影がさす、とでも言うようにトールがやって来るのが見えた。隣にはサイラスもいる。しかし、そのサイラスが、異様に顔色が悪い。呆然として、目の焦点も合っていないようだ。気になって傍に走り寄ると、声を掛けた。
「サイラス、どうした?」
「……嘘……の筈がない……」
「え?」
サイラスは聞き取れない位の小さな声で呟きながら、フラフラと歩いている。隣に寄り添いながら、振り返ってトールに聞いた。
「トール、サイラスはどうしたんだ?」
「俺が見掛けた時から、もうこの有様だった。まるで幽霊でも見たみたいな顔しやがって」
「幽霊?」
トールとの会話に反応したのか、サイラスがビクッと身を竦める。そして、叫びながら頭を抱えて踞った。
「嘘だ! 生きてる筈がない! ……の訳ないんだ!!」
こんなに取り乱したサイラスは初めて見た。この様子では、話し合いどころではないだろう。トールに断りを入れて、デューイにサイラスを抱き上げて貰い、付き添って広場を離れた。




