邂逅
浄化を始めて数刻が過ぎた。瘴気溜まりの黒い靄が徐々に薄れていく。やがて、二人の周囲は完全に浄化されたが、まだまだ黒い靄の残る部分は多い。瘴気溜まり全体の浄化までには、時間がかかりそうだ。大量に魔力を放ったせいか、少し眩暈がする。
「ヴィル、限界みたいだね。休憩する?」
「ああ、そうする」
腰掛けられそうな物も辺りに見当たらず、乾燥した砂地に直接腰を下ろした。ポーチからマジックポーションを取り出し、一気に呷る。魔力不足が解消された為か、眩暈が治まってきて漸く人心地ついた。
このマジックポーションは、街で馴染みの薬師ダールから融通して貰い買ったものだ。曲者のダールだが薬師としての腕は良く、このマジックポーションも王都で買うものと遜色ない。これ一本で魔力がかなり回復する。
「はぁ……味はともかく、効き目はあるな」
「ダールさんのポーションだからね。それより、ヴィル、何だか消耗激しくない? いつもより、魔力切れが早いよ」
「誰のせいだよ、全く……」
元はと言えば、昨夜のステフの行いが原因だ。気疲れして眠りが浅く、回復具合が思わしくなかった。そんな取り留めない話をしながら、ステフはすぐ傍に胡座で腰を下ろすと、こちらの躰をひょいと持ち上げて自分の膝に乗せ抱き込んだ。
「ほら、オレに寄り掛かって休憩してよ」
罪滅ぼしのつもりか、ステフは自らソファー代わりになって休ませてくれるらしい。遠慮無く寄り掛かり、人間ソファーの座り心地を堪能する。一頻り甘えて満足すると、浄化を再開した。
最初に降り立った場所は浄化されているが、場所を動くことはしない。瘴気溜まりのほぼ真ん中辺りから魔力を流し続けた方が、全体に満遍なく浄化が行き渡ると経験から学んでいるからだ。あちこち移動すると、変にムラが出来て、完全に浄化するまでに魔力が余計にかかってしまう。
かつて王都付近で発生した大型の瘴気溜まりを浄化した際に、あちこち移動して浄化してしまい、大変な目に遭った。あの時は、全体を浄化しきるまでに何日も掛かってしまい、不味いマジックポーションを何本も飲む羽目に陥った。もうあんな経験はしたくない。
その後、浄化と休憩を繰り返し、瘴気溜まりを浄化した。予測通り一日で浄化を終えることが出来てほっとする。瘴気が残ったままだと、幾ら魔物を討伐しても次々に湧いて出るのできりが無いし、帰りの目処が立たない。何とか元を断つことが出来て良かった。
後は、大量に湧いた魔物の数を減らすことに尽きる。早く終わらせて街に帰りたい。ウルリヒに会いたい……──少し感傷的になった気持ちを切り替える為、自分で頬を軽く張って気合いを入れる。そして、空を見上げた。
「ルーイ、おいで」
上空で待機していたルーイを呼び寄せる。ルーイはふよふよと降りて来て、ステフに頬擦りした後、こちらの肩に乗った。もう中型犬くらいの大きさになったルーイが肩に乗ると、ちょっと可笑しなバランスの絵面になる。ただ、見た目よりは重く感じないので、魔力で少し浮力をつけているのかも知れない。
「ルーイ、浄化が終わったからヒューイを呼んで来て」
「ギャオー」
ルーイを撫でながら指示を出すと、ルーイは「分かった」とでも言うように一鳴きして、ふよふよと飛んで行った。ヒューイを待つ間、再びステフの人間ソファーに座って、携帯食や水を摂る。
「快適、快適」
「ヴィルってば、これ気に入ってる?」
「家でもやって」
「はいはい、幾らでもー」
軽口を叩いている間に、ルーイがヒューイを連れて戻って来た。元々ヒューイの背に乗っていたデューイが後ろにずれて場所を空けてくれたので、二人でヒューイの背に飛び乗り、前線へ引き上げことにする。
「じゃあ、キャンプまで戻ろうか」
「途中で間引けそうな魔物は狩って行こう」
ヒューイは助走をつけて飛び上がる。元瘴気溜まりだった所をくるりと一周してから、前線方向へ進路をとった。
浄化したとはいえ、まだまだ魔物は数多い。密集地帯は避けて地上に降りると、ヒューイは片っ端から魔物を狩って行った。ルーイもブレス攻撃で参加している。背中の二人と一頭は、今のところ見物モードだ。
後方に向かうにつれて、魔物の群れの狭間に冒険者達がちらほらと見え始めた。最前線は、やはり上級冒険者達だ。騎獣に乗って駆け抜け、武器の軌跡や魔法の輝きが棚引く残像のように見えて美しい。属性魔法による攻撃は見た目が派手な上、効果も絶大だ。
その上級冒険者達に続いて、中級のベテラン冒険者勢も善戦しているのが目に入って来た。各パーティー毎に巧みな連携をとり、魔物を討伐していく様が小気味良い。そんな彼等の戦う隙間を縫って駆けていた時、あの総毛立つ嫌な気配を感じた。
──居る。奴だ。
ヒューイにスピードを落として貰い、今通り過ぎた辺りを魔力感知と探査を併用して探る。目視と照らし合わせて、嫌な気配の主を見付けようと神経を研ぎ澄ました。
その方向には案の定、傭兵らしき集団が居る。なるべく不自然にならないように、ヒューイをそちらに走らせた。集団と擦れ違う時、慎重に連中の顔と気配を重ねていく。
「……違う……これも違う……違…………っ!」
傭兵集団から離れる間際、一瞬ではあるがその横顔を目にし、記憶にしっかりと焼き付けた。




