浄化クエスト
テントの布越しに空が微かに白むのを感じる。もう朝かと、思わず溜め息をついた。躰の疲れは勿論、気疲れも相俟って全然休んだ気がしない。その元凶が隣で安らかな寝息を立てているのを見ると癪に障るが、暢気な寝顔に毒気を抜かれてしまう。
しかし、幾らこちらから「人前でいちゃつくのは嫌だ」「他人のいる傍でするのは辞めてくれ」と主張しても、ステフは一向に改める気がないように見える。その他のことなら、こちらが言うまでもなく気遣うのに、何故だろう。
とりあえず、細やかな疑問は脇に置き、今日の浄化クエストに備えて身仕度をする。寝惚けてムニャムニャ言いながら抱き付いてくるステフに、鼻を摘まんで起こすくらいの意趣返しはしておいた。
二人共に装備を整えたところで、従魔達から順にテントを出た。従魔達は一目散に、ヒューイの所に飛んで行く。夜の間に狩りをして腹拵えしているヒューイが、弟分達に獲物のお零れを残して置くのを知っているからだ。
テントを出て朝食の列に並ぶ間、周囲から注がれる生温い視線に耐える。皆、こちらが目を向けると、さっと目を逸らすか、意味深に微笑むかのどちらかだ。そして、漸く順番が回って来て配給トレーを受け取り、広場の一角に向かった。
そこには、協会幹部達や上級冒険者達が既に集まっていて、サイラスが手招きしていた。
「ヴィル、ステフ、こっち!」
「ああ、今行く」
「おはよー、皆早いねー」
空いた所に腰を下ろしたら、すかさずレフから揶揄いの言葉が投げられた。
「ステフ、クエスト最中までお盛んだなぁ?」
「えへへ……羨ましい?」
「俺は、楽しみは後に取って置く主義だ!」
そうして始まった出発前の打ち合わせで、非常に居たたまれない気分を味わいながら、協会幹部達の指示内容を確認していく。昨日の会議で決まった事との差違はないようだ。
これからが、浄化クエストの本番だ。浮ついた気持ちを仕事モードに切り替える。隣のステフも同様に神妙な表情になった。トールが一連の纏めとばかりに、皆へ檄を飛ばす。
「さあ、やらかすか! 手加減無用だ、行くぜ!」
「「「おう!!」」」
他の連中はこのノリに慣れているからか、拳を振り上げ声を合わせて応じている。だが、自分は普段からこうしたノリには着いて行けない方な上、それまでの居たたまれなさもあってか声も禄に出ず腕も中途半端にしか上がらなかった。ステフはそれを見て、顔を背け笑っている。
「……クククッ……」
「ステフ……誰のせいだと思って……覚えてろよ?」
ステフを軽く睨み肘で小突いておく。ステフは懲りもせず笑ったままだった。
朝食後、支度を終えた冒険者達が続々と討伐に出る。馬や騎獣に乗る者もいるが、大半は徒での参加だ。そんな中、騎獣に乗ってズラリと並ぶ上級冒険者達は、見る者を圧倒した。
翼犬のヒューイは、その中でも更に異彩を放つ。他の騎獣より一回り大きな体格もさることながら、何よりその翼が目を惹いた。ヒューイの翼が持つ能力は、今回の浄化クエストでも重要な役割を担う。
際限なく湧いて出る魔獣の群れをものともせず、一気に瘴気溜まりまで飛んで元を断つ作戦は、ヒューイの存在があって初めて成り立つ。後は、こちらの浄化能力次第だ。昨夜の疲れが悪影響しなければ良いが、何とも言えない。
「出発!」
トールの号令一下、上級冒険者達は一斉に騎獣を走らせた。
いつものように二人と一頭を乗せたヒューイは、走り出すと同時に翼を開き、僅かな助走で飛翔した。そのままぐんぐんと高度を上げる。眼下に討伐地域となる緩衝地帯の荒れ地が広がっており、其処此処で冒険者達が魔物の群れと対峙していた。
魔物の群れの隙間で何回か着地と飛翔を繰り返して、ヒューイは短時間で国境際の瘴気溜まりまで辿り着いた。ルーイはそのヒューイに遅れることなく、ぴったりと後を付いて行く。ヒューイに指示して瘴気溜まりの上空で暫く旋回して周囲の状況を窺い、降下のタイミングを図った。
「ルーイ、俺達を降ろしたら、そのまま上空で旋回して待機ね! ヒューイ、デューイと周辺で魔物を間引いてくれ! じゃあ、行くぞ!」
瘴気溜まりのほぼ中央付近と思われる辺りで、ステフと一緒にルーイの前足にぶら下がって降下した。ルーイは翼で風を捉えて、ゆっくりと地表へ降りて行く。瘴気のモヤモヤが足元に着きそうな頃合いで、ルーイから手を離して飛び降りた。
瘴気の中は、相変わらず胸が悪くなるような空気に満ちていて、何とも言えない臭気と圧迫感がある。そんな中に飛び込んで着地すると、直ぐさまステフと手を取り合って魔力を練り始めた。
今までの浄化経験から、イメージする力を強く押し出すと効果が高くなることが分かっている。まるで神官の祈りのように、浄化するイメージを浮かべては魔力を込めていった。




