冒険者と傭兵
打ち合わせをするトール達を横目に、食事場所となっている広場を眺める。魔境に隣接する地域とあって元々冒険者の多い町ではあるらしいが、我々のように協会からの応援要請で駆け付けた外部の者も少なくないようだ。
外部からの者の中に、多分傭兵だと思われる集団がいた。冒険者と傭兵に、厳密な区分は無い。傭兵も協会で登録すれば冒険者扱いになるし、冒険者も依頼によって傭兵のような仕事もする。
では、その違いは何かと言えば、傭兵はほぼすべて軍隊経験者ということだろう。魔物相手が主な冒険者に対し、集団行動と対人戦闘が主の傭兵は、やはりその纏う雰囲気に違いが出る。
一方、この町所属の冒険者は、すぐに見分けられた。暑い地域だけに、防具の下に着るインナーが薄いと言うか、少ないと言うか、とにかく露出が激しいのだ。男性ならノースリーブや素肌に直接とか、女性ならホルターネックやチューブトップなど、目の遣り場に困るレベルだ。
「うわぁ、目の保養ー」
「視界の暴力という場合もあるぞ……」
周りの冒険者達を眺めて、レフとサイラスが小声で言い合う。その視線を辿ると、メリハリの利いたスタイルの女性剣士と、縦横のボリュームが際立った盾職男性が並んでいた。どちらもこの町所属の冒険者らしく、極めて薄着だ。
「……どっちももう少し、ちゃんと服着て欲しい」
ボソリと感想を呟くと、レフとサイラス双方からポンと肩を叩かれた。
そんな風に軽口を叩き合っているうちに、冒険者達が動き始めた。広場の一角に設けられた臨時受付に並び、討伐登録した者から順に続々と出発して行く。指名依頼の上級冒険者達は別登録だが、一般参加扱いのステフだけはこの列に並ぶ。
「ステフも俺と変わらない仕事してるのにな……」
「心配するなって! ステフならすぐ上級に上がってくるさ」
ちょっとだけ気落ちしていると、サイラスが励ますように言った。その会話を聞いていたのか、ライが口を挟む。
「ステフは本人より周りが目立つせいで地味だからな」
「何!?」
「別に喧嘩売ってる訳じゃねぇ。俺らに着いて来られるだけの実力はある。近々、上級に推薦されるだろうよ」
「……うん、そうだな」
ステフのことになると、つい冷静さを欠いてしまう。ライの言い草にも、そんなにいきり立つ程のことはなかった。済まなそうに目を向けると、ニヤリと笑うライが腕を伸ばしてきてグシャグシャと髪を掻き回す。思わずムッとして、ライの手を無造作に払い除けた。
ステフが受付から戻ると、入れ違いに協会幹部達が席を立つ。トールが皆を集めて、今日の討伐計画をざっくりと説明した。今回の瘴気溜まりについては、協会側も大凡の位置は把握しているものの、まだ正確な規模や周囲の状況まではつかめていないらしい。
「今日のところは、全員で散開して様子見だ。この近辺の間引きをしつつ、魔物の湧きを探ろう」
「なら、俺らはヒューイで上空から見回るよ」
「頼んだぞ」
「任せてくれ」
トールの指示に笑って請け合うと、トールもまた笑顔で拳を突き出した。その拳にこちらも拳を軽くぶつける。他の面々とも同様に拳をぶつけ合って、魔境へと繰り出した。
その背にステフやデューイと共に乗ると、ヒューイは助走をつけて飛び立つ。その傍らをルーイがふよふよと着いて来た。上空から見下ろす魔境は、乾いた大地に疎らな潅木や草地が点々と続いているのが見てとれる。
魔物はここに来るまでと同じく、昆虫系と爬虫類系が多いようだ。量的にはムラがあり、単独行動の魔物なら然程手間取ることはないだろうが、数多く固まっている辺りは大変そうだ。今回は軍の出動はないらしいので、集団への対処を考えなくてはならないだろう。
ヒューイがやや高度を落として飛んでいる時、ベースキャンプで見かけた傭兵集団とすれ違った。その瞬間、ざわりと総毛立つような感じを受けた。奴だ。奴がいる。王都での拉致騒ぎの時の、主犯格の傭兵だ。こちらの本気での隠形潜伏スキルを上回る、高度なスペックの奴と対峙した時の、あの嫌な感じが蘇る。
「ステフ、高度上げて、早く!」
「ヴィル?」
「早く! ここから離れたい」
ステフは言われるままヒューイに指示して高度を上げた。ある程度の距離を置き、漸くゾワゾワした嫌な感じが遠離る。そして、知らず詰めていた息を吐き出した。躰の緊張が解けてふらついてしまい、思わず目の前にあるステフの背中に縋り付く。
「ヴィル、何があった?」
「いたんだ、奴が。あの傭兵集団の中に」
「奴って?」
「あの、俺を出し抜いて攫った奴だ。神殿の連中に雇われてた傭兵の一人の」
「顔は分かる?」
「いや、気配を感じるだけだ。顔は知らない」
話しながらも、躰の震えが治まらない。ステフは背中に縋り付いていた躰を前に引き寄せて、しっかりと抱き込んだ。それから震えが治まるまで、ヒューイを上空で旋回させて、落ち着くまでそうしていてくれた。
緩衝地帯の端まで来ると、荒れ地が更に荒れて砂漠が広がっていく。その砂漠になった辺りからが隣国の領域だ。国境付近に町らしきものは見えない。もう少し離れた場所に町があるのだろう。
瘴気溜まりの位置は、ぎりぎり緩衝地帯の側にある。周辺は魔物で溢れていて、そのまま単独で降りるのは憚られた。とりあえず状況把握だけに留めて、一旦前線まで引き返すことにする。
帰りしな、行き掛けの駄賃とばかりに、魔物を手当たり次第に間引いていく。ヒューイは勿論、デューイやルーイも鬱憤晴らしに狩り捲っていた。ステフと魔石回収や素材の剥ぎ取りをしながら、先程の一件について話す。
「さっき言ってた奴って、拉致騒ぎの主犯格だよね? まだ捕まってないっていう……」
「ああ、あの嫌な感じは、間違いなく奴だ」
「まだ神殿の依頼が続いてるのかな?」
「神殿の方は、協会がきっちり落とし前つけたらしいから、違うと思う。熱りが冷めるまで王都から離れてたのに、俺らが出会したっていう所じゃないか?」
憶測を口にすると、ステフは溜め息混じりに言った。
「厄介だねぇ、浄化だけでも大変なのにさー」
「全くだ!」
男二人が黄昏れている隣で、従魔達はノリノリで魔物を討伐している。剥ぎ取り待ちの魔物が山になった。これを終わらせるのは、一苦労だろう。思わず遠い目になってしまった。




