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緩衝地帯

ふと目を覚まし、辺りを窺う。まだ夜明け前らしく部屋は暗いが、誰かが窓の鎧戸を開けて外を見ていた。窓の外は、うっすらと明るくなっている。日の出が近いのだろう。その薄明かりに見えた顔は、ライだった。


「もう時間か?」


躰を半分起こして声を掛けると、少し驚いたようにこちらへ顔を向けたライが言う。


「いや、まだ早い。起こしたか?」

「気にするな。ライに起こされた訳じゃない」

「半端な時間に目が覚めて、外を見てたんだ」

「そう」


もう寝直す程の時間でもない。半分起こしていた躰を倒し、勢いをつけて起きた。そのままベッドを下りて、窓際に寄る。ライと並んで窓の外に目を遣ると、これから向かう魔境を背景に、夜空が淡いグラデーションを描いて夜明けへと移り変わる様を、言葉を交わすこともなく眺めた。


やがて魔境の端から最初の日が射し込む。そろそろ出発する時間だ。日の出を見届けて窓辺を離れた。元のベッドに戻り、まだ寝ているステフに寄り添う。


「ステフ、そろそろ出発だ。起きて」

「んんん……」


ステフはこちらの背に腕を回し、ぐりぐりと肩口に頭を擦り付ける。まだ眠そうだ。寝惚けているのだろう。ステフの耳元で、再び囁き掛ける。


「ステフ、起きて。起きないと、イタズラするよー……レフが」


言い終わるか終わらないかのうちに、ステフの背後から忍び寄ったレフが、湿らせた手拭いを襟首から背中に突っ込んだ。


「んぎゃっ!!」

「よぉ、目ぇ覚めたか?」


驚いて飛び起きたステフに、レフが人の悪い笑みを浮かべながら言う。こちらも苦笑しながら、ステフの背に手を差し入れて手拭いを回収しレフへ投げ返した。


渋々起きてきたステフと一緒に、身支度を整える。寝る時に緩めた衣服を着直し、部屋に備えてあった手水鉢で顔を洗って、手荷物から取り出した櫛でステフの寝癖を梳かし付けた。今度はステフに櫛を手渡して背を向け、髪を一纏めにして髪紐で結わえて貰う。毎朝のルーティンだ。


そんな一連の日常動作を、隣にいたサイラスが目を丸くして見ていて、感心なのか呆れなのか分からない様子で呟いた。


「凄ェ……」

「サイラス、どうかした?」

「いや、お前ら息ピッタリだなって思って」

「何が?」

「無意識かー……あはは……」


乾いた笑いを洩らすサイラスを横目に、棚から下ろした防具を身に付ける。窓を開け放つと、ベッドでまだゴロゴロしているルーイを呼んだ。


「そろそろ出るから、ヒューイを呼んで来て」


ルーイは分かったとでも言うように「ギャオー」と鳴いて、窓から飛んで行った。


「準備はいいか? 行くぞ!」


トールが号令をかけ、皆は続々と宿を後にする。厩舎から騎獣達を連れ出し、次々に乗り込んだ。ルーイの呼びに行ったヒューイは宿の前まで来ていて、ステフと共に飛び乗った。デューイも一拍遅れで背に乗る。皆が揃ったのを確認したトールがディーンを走らせて先導し、他の騎獣達が後に続いた。


町の外門には、冒険者協会の幹部が待っていた。前線まで誘導してくれるらしく、騎獣に乗っている。騎獣は黒い二角馬(バイコーン)だ。一角馬より気性が荒いと聞く二角馬だが、協会幹部を大人しく乗せていた。


「黒馬に黒狼で、先頭は真っ黒黒だな!」


レフの軽口に、他の面々は苦笑いした。


騎獣の隊列は、荒涼とした緩衝地帯を突き進む。足元の大地は、砂とまではいかないが乾燥した土で、植物は疎らにしか生えていない。遠目には平らに見えていた地面は、かなり起伏が激しいらしく先が見えない。途中でヒューイを大きく羽ばたかせて進行方向を確かめる。


「この先、こんな感じでだらだら荒れ地が続いてるんだな」

「景色に変化が無くて、距離感が狂いそうだよー」


ヒューイと上から見た所の感想を口にすると、ステフがうんざりといった口調で返した。


道中では大型魔獣には当たらず、小物がちょろちょろと彷徨くのを捨て置き先を急ぐ。この辺りは、蜥蜴型や昆虫型の魔獣が主らしい。高温で乾燥した環境に対応しているのだろうか。時折、上空を鳥型の魔獣が飛んで行くのが目を掠める。かなり上空を行き交っているようだ。


禄に休憩も取らず強行軍で進み、まだ朝の食事配給に間に合う時間帯で一行は前線基地に行き着いた。騎獣達を労って水を飲ませ、冒険者達も配膳の列に並ぶ。トレーを受け取り空いた場所に陣取って、漸く朝食にありついた。


「よかった……これは辛くない」

「ヴィルってば、昨日の夕食がよっぽど辛かったんだねー」


トレーの上には、お馴染みの野営スープに固いパンとチーズが並ぶ。ステフには笑われたが、ありふれた味が今は有難い。乾燥対策だろうか、水の大樽が持ち込まれていて、各々水袋に詰めていた。


「食事中に済まないが、今日の打ち合わせをしたい」


案内役の協会幹部やトールの顔を見掛けてか、前線に詰めていた協会幹部が近付いて声を掛けて来た。トールと案内役が頷き返し、前線の協会幹部が並んで腰を下ろした。


「今のところ、隣国の連中に派手な動きはない。やや割を喰う形になるが、我々の側が主導して瘴気溜まりを浄化する他なさそうだ」

「向こうの方が被害も大きいだろうに、こっちに丸投げとはな」

「まあ、下手に手を出されても困るし、これ以上交易が滞っても互いに困るだけだからね」


前線詰め幹部が状況報告し、それを受けてトールと案内役が返答する。町で聞いていたのと殆ど変わりないようだ。隣国には、こちらのような冒険者組織はないのだろうか。


冒険者協会は、あくまで民間の互助組織であり、国の間のことには関わらない。国際問題になることは避けたいのだろう。


一介の冒険者は、目の前の仕事を(こな)すのみだ。

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