南国の夜
前線への移動は、明日の朝早くに決まった。それまでの間、とりあえず皆で宿でもとって休もうと、協会を出る。
「おい、大変だぞ、部屋が空いてない!」
先に宿を当たっていたレフが、慌てて戻って来て言った。折悪しく、瘴気溜まりで足止めを食った商隊などで宿が混み合っていて、何処の宿も満室状態らしい。
「空き部屋は全く無いのか?」
「あっても、小汚ない大部屋か、えらくお高いスィートルームだけだとさ」
「究極の選択じゃねぇか!」
思わず突っ込みを入れたトールが、レフの返答に天を仰いだ。
「どうせすぐ前線に出るんだ。短い時間だし、大部屋で良くないか?」
「そんなの、休んだ気がしないよ!」
投げ遣りに言うライに、つい反論してしまった。駆け出しの若手だった頃でも大部屋は辛かったのに、今更あんな所に泊まりたくない。
安宿の大部屋なんて、コソ泥とセクハラ行為の温床で、碌なことがなかった。以前の嫌な記憶が脳裏を過る。顔を顰め俯いていると、ステフが心配そうに覗き込んできた。
「ヴィル、大丈夫? そんなに大部屋が嫌だったら、町の外に宿からあぶれた人達のテントが集まった所があるみたいだから、そっち行こうか?」
「ゴメン……俺はその方がましだな」
「じゃ、オレ達はそうしよう。皆は大部屋行く?」
ステフに問われて、他の皆は顔を見合わせた。サイラスが不思議そうに聞いてくる。
「大部屋って言っても、俺らだけだろう? ヴィルはそんなに大部屋が嫌なのか?」
「俺らだけ? 他の客はいない?」
「八人部屋らしいけど、従魔連れだって言ったら、宿の親父が一部屋くれるとさ!」
宿と交渉したレフが請け合った。そういうことならと、大部屋へ泊まることにする。騎獣達は宿の厩舎へ入り、ヒューイだけはいつものように町の外へ自主的な狩りに出掛けて行った。
大部屋は、若い頃の記憶にあるようなうらぶれた粗末さはあまり感じなかったが、広い部屋にベッドがギチギチと詰め込まれていて、他には何も無い。かろうじて、荷物の置き場になる棚が壁の上段に設えてある程度だ。
「本当に寝るだけの部屋だな」
「すぐ移動だし、荷解きも必要ないだろう。食堂に行って腹拵えするか」
ライのシンプルな感想を聞き流し、トールが場を仕切った。各々、手荷物を棚に上げる。一緒に部屋へ入ったデューイとルーイに留守番するよう言い置いて、連れ立って宿の食堂へ行った。
食堂は南国らしい開放的な造りで、夜風が程良く入ってきた。時間帯からか食事の客より飲む客の方が多くなっている。テーブルに並ぶ皿の料理も、嗅ぎ慣れないスパイスの使われた色鮮やかなもので、全体に赤味が強い。アルコール類も、街で見慣れたエールとは違うものが飲まれていた。
「あれは何?」
「蒸留酒を果実水で割ったものだよ。この辺りではこれが主流だね。他にも色々あるから、試してみるといい」
注文を取りに来た給仕に聞くと、そのような答えが返ってきた。お薦めを数品頼み、周りを眺めながら待つ。
「お待たせ! とりあえずイチ押しの酒とお通し六人前ね」
給仕が運んできたのは、エールによく似た泡の目立つ酒と、小皿に盛られた木の実のローストだった。この酒は、最近他所の国から入って来て、町で流行っているという。
「エールに似ているけど、味が大違いさ! 試してみてよ」
そう促されて、酒を口にする。エールよりピリピリと刺激が強く、苦味があり、思わず咽せてしまった。これは苦手な部類かも知れない。他の面々は、一気に杯を空けてプハーッと息を吐いていた。早速、お代わりしている者もいる。
「俺は気に入った! 喉越しがいい!」
「程良く冷えているのもいいね」
トールとサイラスは、この酒が口に合ったらしい。
「おいレフ、口に泡が付いているぞ」
「そういうライにも白髭が付いているぜ」
ライとレフは、互いに顔を指差して笑っている。ステフも口には出さないが、杯が空いているところを見るに、気に入ったのだろう。ダメなのは、自分一人か。
「これ、何ていう酒?」
「ビアって言ってね、北の方から入って来た酒だよ。最近はここら辺でも造り始めたって話さ」
次の料理を運んで来た給仕に聞くと、酒の名前と発祥地を教えてくれた。その場で果実水を頼み、持て余したビアはステフに飲んで貰った。どうも酒とは相性が悪い。
運ばれて来た料理に口をつける。どれも舌を刺すようなスパイスが使われていて、飲み物で流し込んだ。南の町では、食事面で辛い思いをしそうだと、こっそり溜め息をつく。
「ヴィル、多分この赤いのを除けたらそんなに辛くないよ」
「これが辛さの元なのか」
「素材に溶けた分は仕方ないけど、これ位なら食べれるよね」
ステフはそう言いながら、赤いスパイスを避けて料理を取り分けてくれた。そういう心遣いが有難い。
部屋に戻ってから、デューイ達が陣取っていた部屋の奥端のベッドを二つくっつけて、二人分の寝床を確保した。皆はそれぞれベッドを決めて、防具を外したり服を寛げたりして休息モードに切り替えている。出発まで間がないので、着替える者はいなかった。
外した防具を棚に上げ、ステフと二人でベッドに横たわった。デューイは足元に丸くなり、ルーイは枕元で長く伸びている。ステフが他からの視線を遮って守るように懐に抱き込んでくると、小声で話し掛けてきた。
「先刻、大部屋を凄く嫌がってたけど、前に何かあったの?」
「……よくあることさ。見ず知らずの連中と相部屋すると、中には胡乱な輩が混じっていたりするんだ。金目の物を漁る奴とか、夜這いしに来る奴とか……」
「……それは辛いね。休まらないな。オレは最初からパーティーメンバーと一緒だったから、そういう経験はなかったよ」
「だから大部屋は嫌いなんだ」
「そっかぁ……でも、もう大丈夫だよー」
話しながら、心配ないよと宥めるように頭や背を撫でるステフの手が心地良くて、ゆるゆると眠りの中に入って行った。
ヴィルさんは子供舌……ヾ(≧∇≦)




