街へ帰ろう
拉致騒ぎから数日、早く王都を引き上げたかったが、ウルリヒを預かってくれていたトールの家にそのまま厄介になっていた。王都に取っていた宿も引き払い、ウルリヒの護衛に付いていた従魔達も、そのままトール宅に呼び入れる。ヒューイだけは王都の外で待機していた。
滞在が長引いたのは、体調の回復が思わしくなかったこともあるが、王都在住の知人がひっきりなしに見舞いに訪れていたのも滞在が長引く要因だった。
冒険者協会の関係者を始め、ブランドのマネキン契約をしているインゲ女史など、様々な顔ぶれが代わる代わるやって来る。その中に、インゲ女史の所で知り合った、ウオーキングトレーナーのニールがいた。これはちょうど良いと、懸念していたことを相談してみる。
「ニールさん、軍の暗部には詳しいですか?」
「知らんこともないが、何かあったのか?」
「いえ、神殿側の暗部に、今回の実行犯らしき気配を感じなかったので、外部の者を雇ったのかと」
「可能性はあるが、何とも言えん。確かに、軍人上がりの傭兵は多いからな。今回のような案件も、得意分野の奴はいるだろうな」
元軍人のニールならと話しを出してみたが、はっきりしなかった。彼も現役を離れて久しいし、仕方ない。
「ヴィルさん、災難だったねー」
「無事でよかったです」
見舞い客の中の一人、知り合いの少女エルが、魔術師見習いで友人のテオを伴い訪ねて来てくれた。エルの義兄がこのトールのクランに所属している関係で、彼女はここを訪れる機会が多い。今回もたまたま義兄を訪ねて来て、件の騒動を知らされ見舞いに来てくれたという。
「二人とも、ありがとう。一時はどうなることかと思ったけど、何とか事無きを得たよ」
「それにしても、神殿の人達、失礼しちゃうわよねー! 街のアイドルを拐うだなんて、街の人間を皆敵に回したいのかな!?」
見舞いの言葉に礼を言うと、憤慨したエルが神殿側の連中をこき下ろした。確かに連中のしつこさには辟易するが、事がこれだけ表沙汰になった今、とりあえずはこれ以上の干渉はしてこれないだろう。勿論、警戒は怠らないが。
「おう、今日は起きてるな」
「え、『紅刃』?」
「ヴィル、いい加減二つ名呼び止めろよ」
エル達に続いて、部屋に『紅刃』が入って来た。この口振りからして、まだ起き上がれなかった時に一度訪ねて来ていたのだろう。開口一番、『紅刃』は不機嫌を隠しもせず言い放った。
「俺は怒っているんだ。一言言ってやらないと気が済まない」
「何?」
「どうして俺を呼ばなかった? 騎獣が二頭いれば、この難は逃れられた。お前、サイラスには救援を頼んだのに、何故だ!」
話しながら、『紅刃』はぐいぐいと迫ってくる。まるで初対面の時のように、顎を掴まれて上向かされた。その手を払い除けて、真っ直ぐに見返してやる。
「ほら、これ! こういう所だよ! 俺が躊躇するのは」
「は?」
「お前、やたら高圧的なんだよ! 距離置きたくなって当然だろう?」
「まあまあ、抑えて抑えて」
ステフが間にさっと入って、『紅刃』との緩衝材になってくれた。隙間が空いたことで、気持ち的にも余裕が出てくる。『紅刃』の方も、つい熱くなった気分を冷却出来たようだ。
「ヴィル、お前が俺を苦手に思うのは、腹立たしいが分からんでもない。が、今回みたいなことも出てくるだろう。今後何かあれば、俺を頼れ! もう、一人で解決しようとするな」
「ああ、そうだな。悪かったよ、ライ」
『紅刃』──ライは目を見開くと、ゆっくり破顔した。呼び名を敢えて変えた真意を汲んだのだろう。間に入っていたステフも、こちらを驚きの目で見る。それから、ふわりと微笑んで、小さい子にするように頭を撫でた。
「ヴィル、偉い偉い」
「ステフ、子供扱いするな!」
少しムッとして、外方を向く。端で見ていたエルとテオが、唖然としていた。エルが何か問いた気にこちらを見る。
「何? どういうこと?」
「大人げないヴィルが大人になったってこと!」
ステフが笑って答えた。その言い草も語弊があると思うが、もう言及したくない。エルはまだ納得いってない顔つきだが、これ以上はこちらの羞恥心が限界だ。なのに、ステフが追い打ちをかける。
「ヴィルってば、ライを苦手にしてずっと二つ名呼びを続けてたんだ。それが、今日やっと普通に名前呼びに出来たってことさ」
「そっかー」
エルはにこやかに笑って、勢いよく抱き付いて来た。それから、次にライに向かって同じようにする。
「ボクも嬉しい!」
エルに抱き付かれたライは、苦笑交じりの笑顔でエルの頭を撫でている。エルのおかげで、場の雰囲気が和んだ。ライから離れたエルは、次にデューイの所へ向かう。デューイに抱かれたウルリヒが、キョトンとした顔で周りを眺めていた。
「ウルー、可愛いねー」
エルの差し出した手を握り、ウルリヒがあーあーと声を上げた。
「この子がウルリヒか。ヴィルそっくりだな」
「オレにも似てるだろう?」
「髪と目の色だけな」
「うわー、ライ、酷い!」
ライとステフが、軽口を叩き合う。その横で、エルに促されたテオが、おっかなびっくりにウルリヒへ手を差し伸べて、同じようにウルリヒから手を握られていた。
そうこうするうちに、職人に頼んであった通信魔道具が出来上がったと連絡が入った。レフと連れ立って、ステフが受け取って来てくれた。
「この手の小型通信魔道具、最近、軍の方から大量の受注があったんだってさ。それで、ついでにオレ達の分もサクサク作って貰えたらしいよ」
「確かに、広範囲に散らばる作戦行動中は、欲しいよな、こういうの」
「何はともあれ、これで街に帰れるな」
「ああ。思ったより長い王都滞在になったけど、漸く帰れそうだ」
さあ、街へ帰ろう。




