幕引き
案内された部屋は、神殿の最高責任者である神官長の執務室だった。部屋の奥に大きな執務机があり、手前にソファーやローテーブルの並ぶ応接スペースが置かれている。派手さは無いが、質の良い重厚な雰囲気の調度品が設えられていた。
その部屋へはステフに横抱きされて移動した。少々気恥ずかしいが、離れ難いのもあるし、何より神殿側の連中が信用ならない。二人の間に付け入る隙を僅かでも与えたくなかった。
応接スペースでローテーブルを挟み、出入口側に冒険者協会関係者が、奥の執務机側に神殿関係者が陣取る。双方にある三人掛けソファーの真ん中に協会本部長と神官長が座り、両脇をそれぞれの補佐官が固めた。
協会側のソファーの背後には、『黒槌』『紅刃』といった名だたる上級冒険者達や王都警備隊が並ぶ。神殿側の背後は、先程大聖堂で応対していた神官達だ。その様子を真横から眺める位置へステフに横抱きされたまま移動し、その場所にある一人掛けソファーへ二人して収まった。
「おおー、ここだけ雰囲気が甘々だなー。空気がピンク色してるんじゃねぇ?」
「言ってろよ。離れてると、何されるか分かったもんじゃないから! 俺の装備一式、奴等に取り上げられたままなんだぞ!?」
サイラスがこちらに近付いて来て揶揄うように言うので、しっかりと反論しておく。未だ敵地なのだから、油断は禁物だ。サイラスは笑って、一人掛けソファーの肘掛けに凭れ掛かるように浅く腰掛けた。端から見れば、まるでステフが自分とサイラスを侍らせている御大尽みたいな絵面だろう。
ステフの膝の上から、チラリと神殿側の連中を覗う。神官長は、頭に白いものの交じり始めた中肉中背の初老男性で、その髪は枯れた麦藁色をしている。目はありふれた焦茶色だ。冴えない外見を上回る、妙な威圧感を与える御仁だった。
一方、冒険者協会の本部長は、如何にも冒険者上がりといった風情の大柄な老爺だ。指名依頼で王都に来た時に何度か会ったことがあるが、今までこんなにまじまじと見る機会はなかった。元は何色だったか分からないほど白くなった髪に、意志の強さを覗わせるコバルトブルーの瞳が輝く。
「さて、此度の不始末、どう落とし前をつけるかね?」
「冒険者さん方の仰ることは、大袈裟ですよ。私共はただ……」
「こっちは生き証人がいる。拉致監禁されて、自力で脱出して来た本人がな!」
「……」
話し合いは、冒険者協会側の主導で進んだ。折々に神殿側が口を挟むものの、協会本部長が押し切る。交渉には参加せず、成り行きを見守りながら索敵を続けた。あの拉致実行犯達の気配が感じられない。この場にはいないらしい。
一概には言えないが、実行犯達は神殿の影の部隊ではなく、スポット起用の傭兵だった可能性が出てきた。それはそれで厄介だ。あんな手練れとは、二度と敵対したくない。こちらの潜伏や隠形のスキルが全く通用しなかったのは初めてだった。
話し合い中の神殿側関係者に目を遣り、ふとその背後に視線がいった。執務机脇の壁に、肖像画が架かっている。それには、妙齢の女性が描かれていた。今、自分の着ているのと同じ白いローブ姿で、柔らかく波打つプラチナブロンドの長い髪と緑の瞳が印象的な女性だ。何にも増して、その顔に目が奪われる。
自分の顔と瓜二つだった。
愕然としたまま、そのやや手前に目を向けると、神官長の姿が視界に入った。彼の髪色は、自分と同じ枯れた麦藁色。それの意味するところを思えば、今回のかなり無茶な拉致監禁劇に繋がる、神官長の執着心が見て取れる。
こちらの視線を辿って、その意図が分かったのか、察しのいいサイラスが口を開く。
「ところで、そちらにある肖像画は、先代の聖女様のもので?」
「その通りだが、それが何か?」
「いえ、その聖女様のご尊顔が、こちらにおります『翠聖』そっくりだと思いまして」
神官長補佐の返答に、サイラスが追い打ちをかける。補佐は口篭もり言葉に詰まった。神官長は、頑なにこちらを見ようとしない。協会本部長が更に追撃をかけるように言う。
「先代聖女様のそっくりさんを担ぎ出して、信者を増やそうってか? 確かに顔はアレだし、癒し系魔力もあるが……残念だったな。ヤツは男だ」
神官長を除く神殿側関係者が全員、こちらを振り返り驚愕の表情を浮かべて見詰める。失礼な奴等だ。皆して女だと思っていたのか。黙って聞いていれば、巫山戯やがって……怒りが込み上げきて、思わず立ち上がると、神殿側の連中に向かって叫んだ。
「俺は上級冒険者『翠聖』だ。聖女扱いを受ける謂われは無い!」
神殿側関係者は、揃って声も無く俯いている。こちらも言いたいことをぶちまけたおかげで、胸のむかつきは治まった。少し落ち着きを取り戻したところで、神官長に向かって問い掛ける。
「一つだけ伺ってもよろしいか?」
「……何でしょう?」
「その方の、聖女様のお名前は何ですか?」
「ヴィルヘミナ、という名です。かれこれ二十数年前に行方知れずとなりました」
「そうでしたか……」
──間違いない。母だ。会ったことも無い生みの親の顔と名前を、おそらく父親であろう男から知らされた。決して、この先も親子と名乗り合うことはなかろう。
心配そうな顔をして、ずっと躰を抱きかかえてくれているステフに、ぎゅっとしがみ付いた。




