脱出
まず、監禁されていた部屋を見回した。窓は鎧戸が下ろされていて、外の様子が窺い知れない。部屋を出てからの方が、この場所について情報収集が出来そうだ。扉を細く開け、誰もいないのを確かめてから、サッと廊下に出る。
どうやら、今いる建物は平屋のようだ。廊下は吹き曝しの外廊下で、屋根や壁はあるものの窓や出入口には硝子も扉も無い。床には、外から吹き込んだ枯葉や砂埃がうっすらと積もっている。掃除はされている様子だが、行き届いてはいないらしい。
辺りはもう明るく、日が高い。拉致されたのが夕暮れ時だったことを思えば、ゆうに一晩は過ぎているのだろう。通りで腹が減る訳だ。かといって、監禁部屋に持ち込まれたトレーの食べ物は、何が盛られているか分かったものではないので食べる気がしない。せめて、何処かで水くらいは飲みたい。
そう言えば、長い時間ウルリヒに飲ませていないせいで、胸が張る。少し痛いし、熱も持っていて辛い。ウルリヒも腹を空かせているだろうか。それとも、誰か乳を分けてくれる人を見付けて、空腹を満たしているだろうか。心配になる。
気を取り直し、魔力を広げ索敵を掛けながら廊下を歩く。少し離れた場所に何人か固まっているようなので、それを避けて動いた。なるべくエンカウントは避けたいし、当たるにしても対処し易いよう各個撃破で臨みたい。
廊下を曲がった先から、誰かが来る。白いローブだ。こちらも今は同じローブだし、フードを被って顔も隠している。知らん顔して黙って通り過ぎた。相手は、こちらを何も見咎めず歩き去って行く。ほっとして小さく息を吐き出すと、更に廊下を進んだ。
途中、廊下の窓から外を見た。そこから見える景色は、広い敷地いっぱいに木々が茂っているばかりで、何処だか分からない。チラリと見える王宮の角度から、この建物がある地区は、これまで足を踏み入れたことのない場所なのだろうと憶測するも、定かではない。
暫く歩くと、開け放された扉があり、中を覗く。どうやら、食堂のようだ。ちらほらと食事に来た人がいて、厨房からカウンター越しに食べ物をトレーに載せて貰い、席に運んで食べている。水も自由に汲んで飲んでいた。これ幸いと、何食わぬ顔でその中に混ざって食事した。メニューは、先程監禁部屋に差し入れられたものと同じだった。薬さえ盛られていなければ、質素でも全然構わない。
食べ終えて食堂を出る。廊下を進んだ先に、別の建物へと続く渡り廊下が見えた。渡り廊下から見上げたその建物は、王都の中央神殿だ。以前に遠くからチラッと見たことがある。今まで監禁されていた場所は、神殿の人々が暮らす別棟だったらしい。
(やはり神殿がこの拉致に関わっていたんだな)
他に人目がないのをいいことに、堂々と神殿の本体に入り込んだ。索敵によれば、この先に人々が集まっている場所がある。その中に、とてもよく見知った気配があった。早くその場所まで行きたくて、気が逸る。
そこへ行く途中の扉前に、黒ローブが立っている部屋があった。監禁されていた部屋に立っていた黒ローブも、この人物と似たがっしり体型だったし、黒ローブは護衛役が着るのかも知れない。ここも、知らん顔して通り過ぎようとした。
「おい、お前」
立ち去り際に、黒ローブから声を掛けられた。ヒュッと喉が詰まり、冷や汗が背筋を伝う。咄嗟にさりげない風を装い、喉に手を当てて首を横に振って見せた。
「何だ、無言の行か」
勝手に誤解してくれたらしく、黒ローブはそう言う。大きく頷き返すと、それ以上は追及されず、早く行けとばかりに手の甲を向けてシッシッと振った。追い払われる犬のようで不快だが、これ以上関わりたくない。さっさと急ぎ足でこの場を離れた。
廊下の突き当たりに大きな扉があり、その向こう側に多くの人の気配がある。そのひとつが、よく見知った早く会いたくて堪らない気配だ。扉の手前には、護衛役の黒ローブは見当たらない。迷わず、扉を押し開けて中に飛び込んだ。
そこは、神殿の大聖堂だった。右側に祭壇があり、神殿関係者が固まっている。対する左側には、冒険者協会の関係者や、彼等が連れて来たと思われる王都の警備隊員が見えた。その一団の中にステフがいる。思わず駆け出していた。
「ステフ!」
「ヴィル! 無事かい?」
ステフに向かって飛び込んで、もう離されるものかとばかりに抱き付いた。ステフもしっかりと受け止めて、抱き締め返してくれる。暫し再会の喜びに浸った。
その時は夢中で気付いていなかったが、扉の陰に黒ローブが立っていて、こちらに手を伸ばし捕まえようとしていたらしい。それよりも早くステフに飛び付き、間に素早くレフやサイラスが入ってガードしてくれていた。
「今、どういう状況?」
「朝からオレ達でヴィルを探してたんだ。オレとヴィルに繋がっている光の糸があるだろ? それを追って来たら、ここの建物で途切れてたんだ。で、連中にヴィルの行方を問い糾していたところ」
ステフに問うと、こう返答された。続いて、サイラスがニヤリと黒い笑みを浮かべながら言う。
「奴等、知らぬ存ぜぬで白々しいったらないよ! でも、もう言い訳も出来ないよな、本人が自力で脱出して来たんだから」
旗色の悪くなった神殿関係者が、冒険者協会や王都警備隊に追及されて言葉に詰まる。押し問答の末に、神殿の最高責任者のところへ案内されることになった。
絶対、許さない。とことん追及してやる。




