異変
職人の工房を出たところで、怪しい気配に気付いた。魔力を広げて索敵してみると、似たような気配の者が狭い範囲に五人は居る。もっと範囲を広げたら、かなりの人数になりそうだ。
「レフ、怪しい奴に囲まれてる」
「確かなのか?」
「俺らが工房を出るなり、身を隠した。まず間違い無くクロだ」
「心当たりは?」
「前に街で尾行された時は、神殿の関係者だった。今回もおそらく同じじゃないか? 王都には中央神殿もあるし」
「神殿かよ……例の、聖女獲得ってヤツかぁ」
街では単独行動さえ避ければ良かったが、王都はそうはいかないらしい。迂闊だった。レフと話しながら、伝言魔法を立ち上げる。小声で用件を話し、先程協会で別れたばかりのサイラスに向けて放った。
『変な奴等に囲まれてる。救援頼む』
『今、何処?』
『南西大通り沿いにある職人組合の傍』
『了解。フロルで行く』
サイラスが駆け付けてくれるようで助かる。但し、一角馬のフロルには二人乗るのが限度だ。全員の脱出を図るには、他の移動手段も考えなければならない。普通に走るだけでは、多勢に無勢だ。トールや『紅刃』にも救援を頼むべきか悩むが、あまり大人数でも悪目立ちしそうな気がする。
そのまま、何気ない様子を装い、王都の下町を歩く。歩きながら索敵を続けると、相手はかなり練度の高い連中らしい事が窺えた。気配の消し方が並じゃない。こちらが現役冒険者だからこそ、存在に気付いただけで、一般市民なら気付かないレベルだろう。
ステフが従魔達を呼んだ。近くにいなかったらしく、暫くは誰も来なかったが、少しして羽根竜のルーイがふよふよと飛んで来た。
他の二頭と比べて、ルーイは狩りには然程熱心じゃないから、単独でそこら辺を彷徨いていたのだろう。そのおかげで、真っ先に此処へ駆け付けてくれた。ただ残念ながら、ルーイは成体ではない為騎乗は出来ないので、移動の足にはならない。
「ルーイ、よく来た」
名前を呼びながらその身に触れて、魔力を繋ぐ。従魔の索敵範囲の方が、人のそれよりも広い。思った通り、広い範囲を見れば怪しい気配は両手に余る数だ。かなり本気で『聖女』獲得を狙っているらしい。
連中の動きを見る限り、街で遭遇した間抜けな素人集団とは大違いだ。以前、『紅刃』が言っていたように、王都の中央神殿の使う影の組織は、拉致監禁薬漬け何でもありの玄人なのだろう。それが複数いるなんて、冗談じゃない。
さて、どう動くか。
連中の狙いは、こちらの身柄確保だろうが、自分一人ならどうとでもなる。しかし、今はウルリヒを連れている。対処を誤ればウルリヒを危険に晒してしまうのが怖い。慎重に事を運ばねばならない。
「ヴィルー!」
フロルに乗ったサイラスが駆け付けてくれた。これで、少なくとも一人はこの窮地を脱することが出来る。
「サイラス、恩に着るよ」
「それは全員がこの場を脱出してからだ」
集まった顔ぶれを見回し、策を練る。やはり、優先すべきはウルリヒの安全だ。レフは戦闘能力が高いし、滅多なことはない。自分も身一つなら、潜伏や隠密行動スキルは高いし、逃げ果せるだろう。
「ステフ、ウルリヒを連れて先にサイラスと冒険者協会まで行ってくれ。サイラス、協会に報告を」
「了解」
「何だって!?」
「ルーイ、ウルリヒの護衛を頼むよ」
「ギャオー!」
「ちょっと、ヴィル!」
「レフ、悪いが陽動を引き受けてくれないか? その隙に、俺は裏路地に潜伏して連中をやり過ごすよ。熱りが冷めてから協会に行くから」
「任せとけ!」
「そんな、危ないよ! 狙われてるのはヴィルなんだ」
急ごしらえの案を立てて役割分担を振り分けるが、ステフだけは納得しない。この場では最善と思うが、心情的に受け入れられないのだろう。しかし、狙われていると分かっている自分がウルリヒを連れては行けない。みすみすウルリヒを危険に晒してしまう愚は避けたい。
「頼むよ、ステフ。これが最善案だ」
「でも……」
「お願い、ウルを守って」
「……分かった」
ステフのすぐ傍に立ち、少し見上げるような格好で説得に掛かる。瞬きせずにじっと見詰めると、こちらの目が潤み出し、視線の先にあるステフの顔が朱く染まり横を向く。よし、陥落した。ステフは渋々、この案を受け入れた。
「ヴィル、えげつねぇー!」
「何が」
「そう言うとこがだよ!」
端で見ていたレフに突っ込みを受けたが、何がえげつないのか分からない。真剣に説得を続けただけなのに。
ヴィルさんは伴侶限定でちょいちょい反則技使いますねー(;^_^A




