表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/166

魔道具職人

ゆっくりと眠りから覚める。いつも通りのぬくもりに包まれていると、暫くここが自分の家でないことを思い出せないでいた。王都の宿に居るのを思い出した頃、少し離れた所からウルリヒの泣く声がする。抱き上げようと手を伸ばしたら、後ろから躰に回された腕が動きを止めた。


「オレが行くから、寝てて」

「ん……」


ステフがウルリヒを抱き上げて戻り、こちらの腕に預けると、そのままウルリヒごと抱き込まれた。ウルリヒは甘え泣きだったらしく、抱き込むと満足して再び寝入っている。


ウルリヒは、口を尖らせてクチュクチュと乳を吸うような仕草をする。夢の中で食事中なのだろう。ステフは背中に貼り付いて、首筋に顔を埋めているので、擽ったい。愛しい者達に両側から挟まれて、ベッドの中はぽかぽかと温かく心地良い。朝までの僅かな時間を、幸せに包まれて二度寝した。


翌朝、待ち合わせた冒険者協会のロビーに行くと、レフの他に上級冒険者達が何故か勢揃いしていた。皆一様に、好奇心で目をギラギラさせている。レフも伝言で『噂の』と言っていたし、何処からかウルリヒの存在を聞き付けて実際に見てみたかったのだろう。


「よう! ヴィル、ステフ、久しぶり!」

「皆で雁首揃えて、何の騒ぎだ?」

「いきなりご挨拶だな、ヴィル。皆から出産祝い送っただろう? お披露目くらいしてもいいじゃないか」


レフと遣り取りしている横で、ステフの抱いていたウルリヒは他の面々に取り囲まれていた。サイラスがウルリヒの頬を指先でちょんと突き、相好を崩す。


「可愛いなぁ! 何て名前?」

「ウルリヒ。ウルって呼んでる」

「ウル、よろしく」


今度は、指先をウルリヒの小さな手に握らせてご満悦だ。トールはウルリヒとステフやこちらの顔を見比べながら言う。


「顔はヴィルにそっくりだな。髪と目の色はステフか」

「ああ」

「見るからに二人の子って感じだな」


トールと話す間、隣に居る『紅刃』はウルリヒの顔を食い入るように見詰めているが、珍しく一言も発しなかった。サイラスが横に来て、何事か耳元でコソコソ呟いていたが、それに対しても『紅刃』はついっと外方(そっぽ)を向くだけだ。


不思議に思って、ステフに小声で聞いてみる。


「ステフ、『紅刃』の奴、いつもと違わないか?」

「ショックなんじゃない?」

「え、何が?」


ステフがこちらを生温かい目で見る。解せぬ。一体、何なんだ。


皆に(いとま)を告げ冒険者協会を出て、レフの案内で魔道具職人の工房へと向かった。王都の職人達は、都の南西大通り沿いにある職人組合を中心にして固まっているそうだ。


王都には何度も来ているが、殆どが仕事絡みで私用(プライベート)で来る事は少なく、地理にも疎い。只でさえ街より広い王都だ、こうして案内して貰えると助かる。


従魔達は狩りで出払っているので、ウルリヒは協会から引き続きステフが抱いている。ウルリヒはあーとかうーとか言いながら、ご機嫌でステフに躰を預けていた。まだ年若いステフがウルリヒを抱いていると、年の離れた兄が子守りに借り出された感が凄い。


「俺が抱っこしようか?」

「いや、ヴィルとウルの美形親子ツーショットじゃ、人目を惹き捲るから、駄目」

「は?」


ステフに抱っこを替わろうと申し出たが、よく分からない理屈で断られた。隣でレフが盛大に吹き出している。失礼な。


「親父さん、邪魔するぜ」

「おう、レフじゃねぇか。今度は何だ?」

「親父さんを紹介してくれって頼まれたんだよ。コイツは冒険者仲間のヴィルと、連れのステフ」


職人の工房に着くなり、レフはいきなりそこの職人とポンポン会話を始めた。親父さんと呼ばれた職人は、如何にもドワーフ混じりと見える外見の初老男性で、喋りは荒いがダールよりは大人しい印象だった。


「ヴィル、この親父が魔道具職人のオピフェクスだ。ややこしい名前だから、俺は親父さんとしか呼んでないが」

「オピフェクスさん、初めまして。俺は冒険者のヴィルヘルム」

「こんにちは。オレはステファンで、こっちは息子のウルリヒ」

「おう。それで、何が入り用だ?」


レフに紹介されて、とりあえず挨拶するが、オピフェクスは挨拶もそこそこに本題に入ろうとする。根っからの職人のようだ。


「持ち運び出来る通信用魔道具が欲しいんだ。なるべく小さく、出来れば身に付けられる物が欲しい」

「通信用魔道具ねぇ魔石はあるか?」

「この大きさなら三つ用意出来る」


オピフェクスから問われるままに要望を並べ、荷物から魔石を取り出して見せる。オピフェクスはこちらの要望をメモした紙と、出した魔石を見比べながらうんうん唸っていた。


「期日の指定はあるか?」

「なるべく早い方がいいが、具体的な締め切り日はない」

「ウチの魔道具は安くはないぜ?」

「常識的範囲なら、そちらの言い値で払う」

「よし、任せろ」

「よろしく頼む」


話がトントンと進み、依頼が成立した。レフの話では、気難しくて依頼を受けるかどうか怪しいと言っていたが、そうでもなかった。有難い。


帰り掛けに、レフがしみじみと言った。


「いやー、あの親父さんが初対面の相手からいきなり依頼を受けるなんて、初めて見るよ!」

「気難しいと聞いていたが、違うなと思ったんだが、今日はいつもと違ったのか?」

「もう全然違う! 俺、依頼してから受けて貰えるまで何回も通ったぜ?」

「余程、興味を惹く依頼だったのか?」

「さあ? ヴィルは運が良いな」


職人の思惑は分からない。ダールをはじめ、ドワーフ混じりとは相性も良いとは言えない。が、魔物にもよく懐かれる体質だから、気難しい職人にも懐かれたのかも知れない。真相は藪の中だが、とりあえず通信用魔道具の目途が立って良かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ