番外編 オレの美しい人だから
今回は、ステフ視点の回想編ですφ(.. )
オレは今でも時々、夢に見る。あの偶然の出会いを。
住んでいた村に病魔が蔓延り、全滅の憂き目に遭った頃、オレは成人するかしないかの雛っ子だった。生き残った僅かな人数で、何とか街まで逃れたものの、先行き不透明感は如何ともし難かった。
とりあえず、生計を立てる術を模索しなければならない。他の面々が住み込みの職を探す中で、オレは同郷出身の冒険者であるアベルを頼った。村で懇意にしていたのもあり、無碍にはされないだろうとの思惑もあった。それにも増して、漠然とした冒険者への憧れもオレを後押しした。
ただ、少し懸念材料がある。アベル達四人は、村に居る頃から冒険者を目指して修練を積み、満を持して街へと旅立っていた。その点、オレは成人後も村で暮らすのだからと、畑仕事や少々の狩り位しかして来なかった経緯がある。
街で再会したアベル達に、オレは駄目元で頼み込んでみた。
「よう、ステフ。久しぶり!」
「アベル……」
「大変だったな。無事で良かったよ」
「……ああ、何とか。それで、アベル達にお願いがあるんだけど」
「何だ?」
「オレをアベル達のパーティーに入れてくれないか?」
「冒険者ってのは、見てくれより地味で地道な仕事だぞ? 街で住み込み仕事を探す方が向いてるんじゃないか?」
「オレ、家族も帰る所もみんな無くした。だから、今までなら憧れだけで諦めてた事を、これからはやってみたい」
「そうか。なら、遠慮無くビシバシ鍛えるからな!」
アベル達は、人伝に村の惨状を聞き知っており、オレの頼みを受け入れてくれた。こうしてオレは、圧倒的に経験不足な駆け出し冒険者となった。
冒険者の一日は、朝早くの協会での依頼争奪戦から始まる。夜明けと共に起き出して、皆で泊まる定宿から協会へ向かう。依頼票を貼り付けたボードから、めぼしい依頼を見繕い、受付カウンターに持ち込む。依頼票は、大半が中級向けだ。初級向けは少なく、結局は常設依頼に流れていく。
「あっ、ヴィルさんだ! 朝から麗しいお顔を拝めてラッキーだわぁ」
パーティーの一員で紅一点のホリーが、浮かれた声を上げた。協会の受付カウンターで、街でも有名な中級冒険者のヴィルヘルムが受付職員と話している。ホリーは美形なヴィルヘルムのファンだった。
「ホリーはヴィルさん好きだねー」
「だって、ヴィルさんって凄い綺麗でしょ? 眼福よぉ。ステフもそう思わない?」
「うん。綺麗だよね、凄く。あんな綺麗な男の人もいるんだな」
その綺麗な人とオレは何の接点も無く、ただ時折遠くから見掛けるだけだった。ホリーのように、ファンだと公言して騒ぐつもりは無い。ただその美しい人を瞼裏に焼き付ける事が、今のオレにとって細やかな楽しみだった。
やがて、日々は過ぎ、オレも何とかかんとか冒険者としての経験を積んでいった。駆け出しの初心者から初級冒険者となり、もうすぐ一年が過ぎようかという頃、転機が訪れた。
オレ達のパーティーは、あまり強い魔物もおらず、初心者向けと言われる東の森で、魔物の間引き討伐の依頼を受けた。魔物の種類の指定は無く、十個体分の魔石を納めたら依頼完了となる。まさに初級向けのクエストだった。
東の森によく現れる灰色狼や角兎などを狩り、規定数を超えた辺りで休憩を取っていた。
「今回の依頼は楽勝だったな!」
「獲物を探す前に、向こうから来てくれるんだから、有難いこった」
狩った魔物から魔石の回収も済ませ、解体や後始末も終えた後なので、皆警戒が緩んでいた。そこに、いきなり格上の魔物が現れた。オークだ。豚によく似た二足歩行のその魔物は、この森で普段見掛けることはない。はぐれ個体だろう。
「「「うわぁーーー!!」」」
突然のことに、パーティーの面々は泡を食って逃げ出した。オレは暫く麻痺したように動けなかったが、間近に迫るオークに恐怖が甦り、無我夢中で手に持った剣を投げ付けて逃げた。辺りには、もう誰の姿も見えない。出遅れた分を取り戻そうと、身を軽くする為に荷物を投げ捨てて、ひたすら走った。
走って、走って走って、息が切れ、気が遠くなっていく──最後の気力を振り絞って、倒れる寸前、森の小径の脇に茂る潅木に身を潜めるようにして転がり込んだ。それから、オレの意識は途切れた。
気が付くと、そこは潅木の茂みではなく、森の閑地のようだった。木々の隙間から覗く空が、ほんのり茜色を帯びている。オークに遭遇したのが昼過ぎだったから、半日近く気を失っていたのだろう。
「目が覚めたか」
近くで声がして、オレは頭が真っ白になった。あの憧れの綺麗な顔が、すぐ目の前にある。とっ散らかった思考回路が回復しないまま、かろうじて返事した。
「ここは……オレ、いったい……」
「ここは森の中だ。お前は行き倒れてた。覚えているか」
「何となく」
声の主を改めて見て、再び硬直した。街で有名な冒険者、ヴィルヘルムだ。あの麗しい顔が確かにすぐ間近にある。まだ半分夢の中にいるみたいに感じながら、受け答えした。
「とりあえず、食えるなら食っとけ」
ヴィルヘルムに食事を振る舞われ、口にする。美味い。夢中で掻き込んだ。それから、信じられない思いで彼の方を見詰めていると、まだ腹が減っていると勘違いされて携帯食を渡された。それもまた美味かった。
食後、行き倒れていた経緯を聞かれた。掻い摘まんで説明する。話しているうちに、日も暮れて辺りは暗くなっていた。これから森を抜けて街まで戻るのは無理だろう。このままヴィルヘルムの野営地で夜を明かし、翌日街へ戻るのに付き添ってくれると言う。有難い。
ずっとソロ活動しているヴィルヘルムのテントは、一人用だった。それに、無理矢理二人詰め込んで眠る。あの綺麗な顔が、さらに近くなった。緊張で身を縮めて大人しくして居たら、隣から寝息が聞こえた。そっと寝顔を覗う。よく寝ているようだ。
「ホンモノのヴィルさんだ……嘘みたい……」
息が掛かる程、近い距離で顔を覗き込む。夢みたいで、頭がクラクラする。恐る恐る手を伸ばして、その身に触れた。温かく柔らかな感触がして、もっと触れていたくなる。
「クシュッ」
ヴィルヘルムが小さく嚔して、身を縮めた。一枚しかない毛布をオレに譲って、自分は外套に包まっているのだ。躰が冷えたのだろう。オレは借りた毛布を掛けようと、ヴィルヘルムに躙り寄る。
こんな間近に居られるチャンスは、二度とないかも知れない。しかし、同意無く触れるのは駄目だ。でも、触れたい。いや、そんな卑怯なことはいけない。毛布を掛けて温めるだけだ。そのついでに、ちょっと人肌で温めても……駄目だ。犯罪だ。駄目……
結局、オレは自分に言い訳しながら、ヴィルヘルムの躰を毛布で包み抱き込んだ。毛布は一枚しかないのだ、二人で温め合って何が悪い。そう思いつつ、罪悪感に蓋をする。
腕の中のヴィルヘルムは、寒さが和らいだせいか、縮こまっていた躰を緩めて、オレの躰に寄り掛かってくる。その柔らかな感触と、漂ってくるハーブのような匂いを堪能した。このまま時が止まってくれたらいいのに──
その後、紆余曲折を経て、今オレは彼の隣に居る。出会いの幸運はあれ、オレなりに必死のアプローチを重ねて、この居場所を得たのだ。この彼の隣を、誰にも譲るつもりはない。
「おはよう、ステフ。どうしたんだ? ニヤニヤして」
「懐かしい夢を見たんだー」
この、そこはかとなく漂う犯罪(変態?)臭……(-ω-;)




