食事会
ランディに招き入れられた居間で話すうちに、家主のフェルマーが帰って来た。扉を開けるなり目に飛び込んできた情景に、暫し目を瞠る。そして直ぐさま、ああ、というように頷き平然の表情に戻った。思考の移り変わりが目に見えて面白い。
「よう、ヴィル、ステフ。そう言えば、今日来るんだったな」
「邪魔してるよ、フェルマー」
「お疲れ。今日はご馳走になるよ」
フェルマーは挨拶を交わしながら、玄関脇の木箱に腰掛けて作業用の長靴を脱ぎ、室内履きに換えその足で奥の部屋へ行った。多分、着替えて来るのだろう。大柄なフェルマーがのっそりと歩く姿は、ちょっと熊のようにも見える。
ランディはフェルマーの顔を見るなり、台所に下がって食事の支度を始めた。言葉無く互いの行動を読んで進めるその様子に、彼らの日常を垣間見た気がする。
「ランディ、何か手伝おうか?」
「もう出来てるから、運ぶだけだよ。座ってて」
ランディは小柄な躰でちょこまかとよく動く感じが、小動物を連想させる。テーブルの上は、見る間に料理で埋め尽くされていった。メインの鹿肉シチューの他に、サラダや副菜が色々と並び、中央には籠いっぱいにパンが盛ってある。
「豪華だな」
「お客をここに呼ぶの初めてなんだ。ちょっと張り切っちゃったよ」
ランディはそう言って、にっと笑う。フェルマーが着替えて戻ると、食事を始めた。
「わ、美味っ! ランディは料理上手だな」
「フェルマーはいい嫁さん貰ったねー」
ステフと口々にランディを誉めると、言われたランディより、フェルマーの方がドヤ顔で頷くのが笑える。賑やかに談笑しつつ食べているうちに、ウルリヒが泣き出した。
「失礼。ウルが腹減ったらしい」
一言断り、席を立ってウルリヒの籠ベッドを置いた暖炉前のラグに移動した。皆に背を向けるようにしてウルリヒを抱き上げ、ラグに座り込む。
籠ベッドに入れておいた肩掛けを羽織ると、胸を寛げてウルリヒに吸い付かせた。これで、テーブルの方から胸がモロに見えることはない筈だ。なのに、話し声が止んで皆の視線が背中に突き刺さるように感じる。なんだか、居たたまれない。
「そう言えばねーつい最近なんだけど、ちょっと大変な事があってさー」
こちらの気まずい空気を読んだのか、逸らすようにステフが話し始めた。先日のゴブリン異常発生の件だ。
「最初はちょっと大きめな群れのゴブリン討伐っていう話で、何パーティーかの合同で当たる案件だったんだ。ただ、メンバーが経験の浅い若手ばかりに偏ってたんで、心配して中の一人がオレに声掛けて来たんだよ、ヒューイと来てくれって」
「ああ、ステフが別件で出てるって言ってたあれか」
「え、あれって何の話?」
「ステフが居ないでヴィルさんに会った時、言ってたよ」
「ああ、そっかぁ」
ステフの説明に、ランディが気が付いた事を口にする。ステフが更に話を続けた。
「行ってみたらこれが、ただのゴブリンの群れじゃなかったんだよ。上位個体の居る群れ同士が縄張り争いしていたんだ。討伐チームがもうボロボロでさ、何とか殲滅したけど、怪我人続出で、放っといたら全滅しかねない状況で。それでオレがヴィルに助けを求めに走ったのさ。ね、ヴィル?」
ステフに話を振られて、背中越しに返事をする。
「確かに、危ない状態だったな。重傷を負った奴も居たし」
「おまけに、その夜のうちにまた別の群れが襲って来たし、散々だったよ」
「重傷者を集めて結界張ってステフが守りつつ、俺が残りのメンバーを指揮して、従魔頼みで何とか乗り切ったよ。よく死人が出なかったもんだ」
ステフと二人で、ゴブリン討伐の顛末を話すと、ランディもフェルマーも唖然としていた。ランディが、はっとしたように聞く。
「ちょっと! その時、ウルちゃんはどうしていたの?」
「置いて行けないから、連れて行ったよ」
ランディの問いに答えると、畳み掛けるように言われた。
「そんな危ない所に? こんな幼い子を」
「俺だって出来れば連れて行きたくなかったんだ!」
「……ごめん」
思わず内心を吐露すると、ランディも言い過ぎたと思ったのか、謝ってきた。そして、おずおずと提案してくる。
「この先、似たような状況もあるよね? 何なら、ウルちゃんをうちで預かろうか?」
「そう言って貰えると、助かるよ。でも、こっちの都合でランディ達を振り回すことになるのは困るな」
「うちは大丈夫だよ。フェルも俺も、仕事柄にここから遠く離れることはないから」
ランディはそう言って微笑んだ。確かに、樵夫のフェルマーはもちろん、冒険者のランディも採集依頼が専門で、二人共あまり森から出ない仕事だ。ウルリヒの預け先としては申し分ない。本来なら、こちらからお願いする立場だ。それをランディ達から申し出てくれた。こんな有難い事はない。




