安全対策
休憩後、ウルリヒと従魔達とで先に家へ帰った。ステフは討伐チームの帰還に付き添う為に居残る。本当は一緒に帰りたかったのだが、ウルリヒの負担を考えて別行動にした。
家で荷解きしつつ、ステフの帰りを待つ。ウルリヒの初めての外出で、近場での採集依頼の筈だったのが、思わぬ遠出となってしまった。ウルリヒに体調の崩れなどもなくて幸いだった。
流石に疲れたのか、ウルリヒはよく寝ている。従魔達はいつも通り気儘に過ごしていた。ぼんやりとウルリヒの寝顔を眺めているうちに、ついうとうとと寝入ってしまったらしい。気が付くと、辺りは既に薄暗くなっていた。
居間の魔石ランプを灯し、湯を沸かす。ハーブティーを淹れて一息ついたところで、ステフが帰って来た。露店で色々と食べ物を買い込んで来てくれていた。疲れから食事の支度も億劫だったので助かった。いつもながら、ステフのこういう気遣いが嬉しい。
「協会の支部長が感激してたよ。冒険者側が全滅しててもおかしくない事態だったって」
「まあ、レアケースだろうな」
「流石は『翠聖』だ! って、誉めちぎってた」
「言い過ぎだ」
食事しながら、依頼完了手続きの話を聞いていたのだが、どうやらその場に冒険者協会の支部長が出張って来たらしい。たかがゴブリンの討伐で、こんな大規模な掃討戦になるとは、誰も予想しなかった。確かに、一歩間違えれば冒険者側の全滅も有り得ただろう。
今回は突発的な救援活動だったので、報酬は期待していなかった。それで、依頼完了手続きをステフに任せたのだが、今回の報酬としてゴブリン上位個体の魔石三個がこちらに渡された。
やや多いかと思ったが、上位個体三頭のうち二頭はヒューイが斃したというのと、夜襲に遭った時の指揮や負傷者の治癒などを含めての報酬らしい。討伐チーム全員からの感謝の気持ちだというので、有難く頂いておく。
「今回は事無きを得たけど、もう二度とウルリヒを危険な討伐地域に連れて行きたくないな」
「こう言う場合に備えて、子守りを雇うか、預け先を確保したいね」
「さて、どうするかな……」
子守りなら、商人同盟を通せばそれなりの人材を斡旋してくれるだろう。ただ、こちらの都合で突発的に入る依頼に対応し、来てくれるとは限らない。預けるのなら尚更、難しいだろう。それに、大事な息子を預けるなら、なるべく気心の知れた相手が望ましい。
以前、知り合いの少女エルがウルリヒの子守りを引き受けたいと言っていたが、現在の雇い主が彼女を手放したがらず話が流れた事があった。勿体なかったが、仕方ない。
「そう言えば、森で採集する時に、久しぶりにランディとフェルマーに会ったんだ」
「へえ、ランディ達か。あの二人、変わりない?」
「ああ。それで、採集している間にルーイ達が鹿を狩って来て、その肉を分け合ったんだ。それでランディが、鹿肉料理を振る舞いたいって、家に呼ばれてる」
「ランディか。確か彼は、兄弟姉妹が多くて、下の子達の世話に追われてたって聞いたな」
「……いいな」
「……頼んでみようか」
翌日、ランディに向けて伝言魔法を放った。伝言魔法は、宮廷魔術師団に出入りするエルがよく使うので、見よう見真似で覚えた。
『鹿肉料理の件は、今夜でいいか? 返事は冒険者協会にて』
ランディには魔力はあっても身体強化のみしか使えず、魔法での返事が出来ない。という訳で、冒険者協会の待合スペースでのんびり返事を待った。ウルリヒは人目に曝される協会に連れて来たくはないので、家でステフと留守番だ。
「ヴィルさん、こんにちは」
「呼び出して済まないな、ランディ」
ちびちびと果実水を飲んでいるうちに、ランディが冒険者協会に現れた。ちょうど昨日から鹿肉シチューを仕込んでいて、食べ頃だと言う。二人で協会を出て、途中で家に寄りステフとウルリヒを連れ出す。デューイとルーイも、当然のように着いて来た。皆で歩いて、街の東門を潜る。
ウルリヒは目を覚ましており、ステフに抱っこされている。ウルリヒの顔を覗き込んだランディが、感心したように呟いた。
「ホント、綺麗な子だよね。ヴィルさんそっくり! 髪と目の色は、ステフと一緒だな。もう、モロに二人の子って感じ」
「そうか?」
「えへへ……面と向かって言われると照れるな」
ランディの呟きに合いの手を入れると、ステフも『二人の子』というフレーズに反応したのか、顔を赤らめている。そうして雑談しながら、のんびり東の森を目指した。
初めて訪れるランディ達の家は、東の森の外れに建つ一軒家だった。街の外に住むとは、豪気な事だ。聞けば、フェルマーの祖父である獣人が建てた家だという。素人の作とは思えないしっかりした建物で、家を囲む塀も堅固な物だった。
「いい家なんだけど、風呂がないから、裏の沢で水浴びするしかないんだ」
「冬場は困るな。場所はあるんだし、風呂を作ったらどうだ? 職人組合で、いい大工を紹介してくれるぞ」
「フェルがうんと言うかな……」
ステフが生温かい目をランディに向けて言う。
「ランディからフェルマーさんに甘えて強請ったら一発じゃないか?」
「べ、別にどうしても欲しいって訳じゃ……」
「フェルマーさんだって、風呂嫌いって訳じゃないだろ?」
「フェル、うん、フェルね! あははっ……」
ランディも大概、挙動不審だが。
「ランディってば、多分、甘えて強請ってる自分を思い浮かべて照れてるんじゃないか? あの二人も大概、仲良いよな」
「それな!」
ステフとこっそり囁き合った。




