迎撃
うとうとと微睡む意識の中に、ぞわりと嫌なものの気配が紛れ込む。魔物の気配だ。この感じは、ゴブリンだろう。数は、普通の群れよりやや多い。少し強い気配もあるから、上位個体も居そうだ。やはり、このまま終わりではなかったかと、嘆息しつつ身を起こした。
従魔達の索敵範囲は、人のそれよりも広い。そして、従魔達の持つ感覚は、テイムしている自分にも伝わってくる。おかげで、他の誰よりも索敵は早く正確だった。
ウルリヒを籠ベッドに寝かせ、テントから出ると、呼び寄せたデューイに託す。その足でアベル達のところへ行って、索敵で掴んだ状況を伝えた。
「アベル、ゴブリンの第二陣が近付いてるぞ。今度のも、上位個体が居る群れだ」
「何だって!? 何故そんなに次々とゴブリンが湧いて出るんだ?」
「ここは恐らく、奴等の縄張り争いの激戦区なんだろうな。他の群れ同士が潰し合ったところへ、漁夫の利を狙って来たんだろうよ」
「……ヴィルさん、どうしたらいい? 怪我人達は動かせないし、逃げるにも時間がない……」
「迎え撃つしかないだろう」
その場で各パーティー毎に分かれて休んでいた連中を起こし、集まるよう声を掛ける。負傷者はグスタフの傍に固め、その周りを動ける者達が取り巻く。
「これから、夜討ちに来たゴブリン共を返り討ちにする。大半は先陣を切る従魔達が片付けるから、残りの殲滅を頼む」
「「「おう!」」」
檄を飛ばすと、力強い声が返ってきた。動ける者達はそれぞれのパーティー毎に配置に着く。前衛に出ようとしたステフを呼び止めて、グスタフの隣に座らせた。デューイを呼び、ウルリヒの籠ベッドを受け取ると、ステフに渡す。
「ステフの持ち場はここだ」
「え? でも……グスタフの代わりに、オレが盾役で出ないと……」
「俺が結界を張るから、それを維持してウルと動けない者を守れ。これはステフにしか出来ない。いいな?」
「分かった」
硬い表情で頷くステフに片手を置いて、負傷者達をぎりぎり囲む結界を張り、魔力をリンクさせた。これで、ステフの魔力が尽きない限り、結界は維持出来る。ここをステフに任せて、冒険者達の方へ向かった。手の空いたデューイは、そのまま傍に居て護衛役をしている。
「充分に引き付けてから、ルーイに先陣を切らせる。お前ら、先走るなよ!」
「「「了解!」」」
「ヒューイ、ルーイの攻撃と同時に飛べ! 群れの背後に回って、ボスを殺れ!」
「ガウッ!」
「ルーイ、そろそろ見えてきたぞ! 先頭集団にブレスだ!」
「ギョエー!」
冒険者達や従魔達に指示を飛ばし、ゴブリンを待ち受ける。皆、息を潜めて身構えていた。じりじりと近付いてくるゴブリンの群れが、いよいよ人の目にも捉えられる範囲へと入って来た頃合いで、ルーイが動く。
「ギャオー!!」
気合いと共にブレス攻撃を繰り出し、ゴブリンの先頭集団に打撃を与えた。ゴブリン共が混乱状態に陥る中、ヒューイが素早く飛翔して群れの背後に回る。冒険者達も、弓や投擲などの遠距離攻撃を出来る者達が動き出した。前衛も走り出したそうにして、こちらを窺うが、まだ抑えておく。
背後に回ったヒューイが、ゴブリン共に襲いかかった。不意を突かれたゴブリン共は、オタオタと総崩れだ。勢いに乗ったヒューイは、そのまま群れのボスである上位個体に迫る。ボスが反撃しようと構えたところへ、ルーイが超音波のような麻痺効果のある咆哮を放った。一瞬、硬直したボスは、易々とヒューイの牙に屠られた。
「今だ、全員かかれ!」
待ちに待った攻撃指示に、冒険者達はこぞって前に出る。残りのゴブリンの殲滅戦は一方的な蹂躙劇となった。元々、前のゴブリン討伐戦で疲弊している冒険者達だ。高揚した気分だけで、戦意を保っている。この勢いを殺さないように気を付けて、戦線を維持するよう心掛けた。
討伐戦が順調に進む中、所々で綻びが出始めた。経験の浅い冒険者達から、死に物狂いのゴブリンに押し返されている。ヒューイに指示を飛ばし、劣勢になった冒険者達を手助けした。駆け付けて味方する翼犬の姿に、怯んでいた冒険者達も再び気力を盛り返す。
前衛の打ち洩らしたゴブリンが時々後衛にも来るが、こちらに近付く前にデューイが爪を揮って排除した。おかげで、司令塔に専念出来る。攻撃力はないが、度々呼ばれる瘴気溜まりの浄化経験で、周りの戦闘状態を見てきた。若い連中にはない経験値だ。それを、今ここで生かす。
ちらりと後方を伺う。結界はちゃんと維持されている。ステフは役割を果たしているようだ。ウルリヒの泣き声もしない。まだ頑張れる。
「これまでだ!」
「「「うぉりゃぁーーー!!」」」
最後の一匹を屠り、皆一斉に鬨の声を上げる。殲滅戦完了だ。冒険者達を労い、魔石の回収を指示する。ゴブリンでは唯一の剥ぎ取り素材だ。討伐証明にもなる。死骸は一カ所に集めて浄化をかけ、穴に埋めた。火の属性持ちがいれば焼き払うところだが、今回の面子にはいない。瘴気さえ抜けたら、後は自然に還っていく。時間はかかるが、仕方ない。
魔石の回収が終わり、負傷者の手当てや休息の指示を出した。パーティー毎に散って休む冒険者達を見回りながら、後方に歩を進める。そこには、最後まで結界を維持した伴侶と、泣かずに頑張った愛しい我が子が待っていた。
「ステフ、お疲れ」
「ヴィル……」
魔力切れ寸前で倒れ込むステフを抱き止めて、口移しで魔力譲渡した。




