緊急事態
暫くぶりの森は、やや荒れていた。まずは、拠点の整備から始めることにする。雑草を抜き、地均しをしてテントを張る。水場を綺麗にし、簡易竃を設えて汲んだ水を沸かした。抜いた雑草に混じるハーブを選り分けて、茶を淹れ一息つく。
テントの前に敷いた布地で、ウルリヒが転がる。手足をバタバタ動かして、ご機嫌な様子だ。その傍で、デューイが寄り添うように丸くなっている。ルーイは気儘にふよふよと辺りを漂っていた。
一休みしてから、薬草の群生地に向かう。ウルリヒは籠ベッドに寝かせて、デューイが抱えた。ルーイは相変わらずふよふよと着いて来る。そうして森の小径を行く途中、知り合いに出会した。
「あっ、ランディとフェルマーじゃないか。久しぶり」
「ヴィルさん、お久しぶりです」
「また会ったな、『翠聖』」
「二つ名呼びは勘弁してくれよ、フェルマー」
この二人は、以前引き受けた依頼で同行して知り合った。大柄な樵夫のフェルマーは、獣人混じりらしく身体能力が高い。小柄で線の細い冒険者のランディは、自分と同じ斥候タイプで採集スキルも高く、料理など生活能力にも長けている。
「ヴィルさん、今日はステフと一緒じゃないの?」
「ああ。別件で出ているよ」
「それよりも、ヴィル、その大猿が抱えている籠の中が気になるんだが?」
「紹介が遅れたな。この子はウルリヒ。よろしく」
「もう少し詳しく!」
ランディとフェルマーに詰め寄られるが、自分の性別に関して明かす気はない。単に名前を紹介しただけに留めた。二人は納得していない顔つきだったが、のらりくらりと躱すうちに諦めたようだ。
「それにしても、可愛いね、この子」
「そうか?」
「顔はヴィルさん似かな。髪色はステフだよね」
「寝てるから見えないけど、ウルは目の色もステフと一緒なんだ」
「そうか、見てみたいな」
籠を挟んで、暫くランディとウルリヒの話をしていると、少し離れて見ていたフェルマーの表情が、だらしなく緩む。恐らく、ウルリヒを見て顔を綻ばせているランディに、邪な想いを重ねているのだろう。今一つ世間擦れしていないランディに、本当にこんなエロオヤジでいいのか問い質したい気がするが、まあ、これは二人の問題だろうと口から出かかった言葉を飲み込んだ。
「ヴィルさんは、これから薬草の採集?」
「ああ。ランディ達は?」
「俺も薬草の採集だよ。フェルは木の間伐。ダールさんのところの依頼でしょ? 何なら、一緒に行かない?」
「いいよ」
話の流れで、採集に同行することになった。フェルマーの伐採地周辺は薬草が多く、こちらの秘匿する薬草群生地と遜色ない。以前、ランディにも薬師のダールを紹介していて、彼からの指名依頼が双方に入っており、二人で同種の薬草をテキパキと摘んでいく。フェルマーの斧が木を伐る音を背景音楽にして、ランディと雑談しながら採集に勤しんだ。
途中でウルリヒが空腹を訴えて泣き、作業を中断した。外套で見えないように覆い、開けた胸に吸い付かせる。その間、子守りの手が離れたデューイとふよふよ暇していたルーイとで、森に入って行った。程なく、二頭で狩った鹿を引き摺って戻って来る。うちの従魔達は優秀だ。休憩していたフェルマーとランディが鹿の解体を引き受けてくれて、そのまま授乳を続ける。
「そろそろ昼にしようか」
「そうだな」
ランディが火を熾し、モツや塊肉を炙ってデューイとルーイに与えた。そして、家から持って来たパンにチーズや炙り肉を挟んで手渡してくれる。ウルリヒを抱えたまま、空いた手で受け取って食べた。
「ヴィルは乳が出るのか」
「フェル、言い方! デリカシー無さ過ぎ!」
フェルマーのズケズケとした物言いに、ランディが焦って口を挟んだ。まあ、最もな疑問なので、言われても仕方ない。詳細を明かす気はなくとも、差し障りのない範囲なら構うこともないだろう。
「おかげで、乳母を雇う手間が省けた」
「そりゃあ何よりだ」
「ヴィルさん、この鹿肉を料理したら、家に食べに来ない?」
「ステフが戻ったら、寄らせて貰うよ」
話しているうちに、ウルリヒの食事が終わって寝始めた。食べ終わったデューイにウルリヒを預けて、本格的に昼食を摂る。授乳中は普段と比べて食事量が多い。それでも、フェルマーの食べる量とは比べものにならなかった。
「フェルマーは大食らいだな。いつもこうなのか?」
「フェルはだいたいこんな感じだよ」
「ランディ……いいのか? こんなオッサンで……」
先程フェルマーが見せただらしなく緩んだエロ顔も相俟って、一度は飲み込んだ言葉をつい小声でランディに問い掛けてしまった。ランディは、困った顔をして笑う。フェルマーにも声が聞こえてしまったのか、怪訝な顔を向けられた。
「まあ、諦めてるよ」
「ランディがいいなら、俺からは何も言うことないけど」
まだ年若いランディと、明らかに自分よりも年上のフェルマーの組み合わせは、自分とステフ以上に年の差のある二人だ。要らぬお世話とは思うが、心配にもなる。小声でコソコソと話していると、フェルマーが堪らずに口を挟んだ。
「そこ! 言い方! デリカシーが何だって!?」
ランディと二人、顔を見合わせて吹き出した。
昼食後、残った鹿肉を分け合って、ランディ達と別れ森の拠点に戻った。ステフはまだ戻らない。デューイとルーイがウルリヒをあやすのを眺めて、のんびり過ごす。日も暮れかけて、もう今日は戻らないかもと寝る支度を始めた。すると、何かの気配を感じ、デューイとルーイが同時に同じ方向を見る。そちらに目を向けると、ヒューイが飛んで来るのが見えた。
「お帰り、ステフ、ヒューイ」
「ヴィル! 助けて!」
ヒューイから飛び降りたステフが、開口一番にそう叫んだ。
作中のランディとフェルマーは、ムーンライトに投稿した短編『愛しい君に』『君と暖かな家を』に登場します(^^)
よろしければご参照下さい<(_ _)>




