人前結婚式
中央広場は、いつものように、露店が立ち並び、行き交う人でごった返っていた。
「ここがイベント会場になるのか」
「当日は、抽選で限られた数の露店が端に並んで、真ん中にメイン会場の舞台を置くらしいよ」
『紅刃』の質問に、ステフが商人同盟で聞いたことを答える。
「これから準備して、一ヶ月後に本番だ」
「職人さん達も、コンテストに出す作品作りで忙しくなるね」
「インゲ様のところも、王都に帰ってから大わらわだろうな」
「異種格闘技戦にエントリーした連中は、ナンパに忙しいんじゃないか? 勝てば、公開プロポーズが待ってるし」
三人で一ヶ月後の事をあれこれ言い合いながら、人混みを眺めた。
インゲ様達が、準備の為に王都へ引き上げた。一方、街のイベント関連スタッフ達も、それぞれの担当する部署で準備に余念がない。
こちらは事前準備には関わらないが、時々、商人同盟の担当職員が訪れては、途中経過の報告に来たり、当日の演出についての希望を聞かれたりした。担当職員は、貴族の結婚式によくある演出で、ブーケトスというものを推している。
「当日は、特設会場で作品コンテストをする傍ら、メイン会場で異種格闘技戦を行いまして、その優勝者が表彰を受けます。次に作品コンテストの結果発表と表彰をした後、いよいよお待ちかねの人前結婚式となります。最初に、異種格闘技戦優勝者による公開プロポーズがありまして、その優勝者カップルの支度を楽屋で行い、その間に公募のカップル数組で……」
「説明、長い」
「まあ、こんなもんじゃない?」
当日の流れを長々と説明する担当職員にうんざりしつつ、ステフに宥められて不満を抑える。
「どうせ、最後にちょろっと出てお仕舞いだろう? 俺にあれこれ言われても」
「いえ! 断じてそんなことは……」
「みんな、ヴィルが好きだから、傍で見れる機会増やしたいんだよ。ねぇ?」
ステフに意味深な顔を向けられて、担当職員がアタフタしている。
「み、皆さんの、き、期待が大きいので、と、と、当然かと」
「じゃ、頑張って。当日はよろしくー」
担当職員が挙動不審になり、口調が怪しい。こちらが首を傾げていると、ステフが笑顔で担当職員に圧をかけた。
イベント前日、自宅の厩舎でヒューイ達のグルーミングをしながら、ステフとまったりと過ごす。ヒューイにブラシを掛け、気持ち良さそうな表情を浮かべるのに和む。隣では膝に乗ったルーイを撫でているステフが、デューイの毛繕いを受けていた。
「オレに蚤はいないよー、デューイ」
「デューイ的には、蚤取りしたくなる頭なんじゃない、ステフのって」
「えー、そんなー、どんな頭ー?」
一頻り笑ってから、ブラッシングしたてのヒューイに凭れ掛かって座る。ステフやデューイも傍に寄って来て、二人と三頭で団子になって寛いだ。
そして、いよいよ街起こしイベントの開催日──
中央広場は、何時にない熱気を帯びた人々が詰めかけ、特設ステージに居並ぶ冒険者達に声援を送った。エントリーした冒険者達は、抽選で選ばれた対戦相手としのぎを削る。その隣の展示会場では、数々の武器や防具、装飾品等々、職人達の丹精込めた作品が並べられて、審査員達が見入っている。
「盛況なようね。何よりだわ」
「インゲ様、いらしてたんですか」
忙しいインゲ女史が、わざわざ当日にイベント会場を視察に訪れた。もちろん、護衛は『紅刃』だ。
「ヴィルヘルムさん達の晴れ姿、見逃せないでしょう?」
「披露会と同じ衣装ですよ?」
「何言っているの、結婚式よ? 全然違うわ!」
「はぁ……」
インゲ女史の入れ込みようが、今一つ理解出来ない。隣では、ステフと『紅刃』との笑顔の応酬が繰り広げられている。
「ライ、そろそろ諦めようよー」
「今日のところはステフに花を持たせるが、勝負はこれからだ」
「何の話だ?」
こちらの質問ははぐらかし、二人の意味不明な鍔迫り合いが続いた。
ステージ上で、異種格闘技戦が決着したようで、歓声が上がった。そのタイミングで、イベントスタッフが呼びに来る。こちらも楽屋入りしなければならない。
ステージの脇に作られたプレハブの楽屋で、衣装の着付けがされる。今回、インゲ女史の助手も参加して、化粧や髪のセットをしてくれた。
ステージでは、公開プロポーズが終わったらしく、支度の為に冒険者カップルが楽屋入りする。衝立の向こう側で、男女が忙しなく着付けをしていた。
その間に、公募で選ばれたカップルがステージに上がり、観客らの祝福を受けている。次に、冒険者カップルが呼ばれ、ステージに上がった。歓声が一際大きくなって、場が盛り上がる。
「ヴィルヘルムさん、ステファンさん、お願いします」
進行係に呼ばれて、色とりどりな花のブーケを持たされると、楽屋を後にした。
ステージに上がる。街の野外ステージは、王都の披露会と違って明るい日差しの下なので、圧迫感はない。ステフと手を取り合いステージを進むと、会場の其処此処に見知った顔があった。
ダールが嬉しそうに見上げている。ホリーが受付嬢達と、興奮気味に見つめている。あれは、アクセサリーを作ってくれた露店の職人だ。こっちには、馴染みの武器職人が奥さんと並んで見ている。協会支部長や職人組合長、同盟の支部長が居並ぶ中、インゲ女史が婉然と微笑む。その隣で、『紅刃』が何やら物言いた気に見ていた。
多くの顔見知り達に手を振って、ステージを一周すると、スタッフの誘導で一段高い台に上る。そこで、ステフと寄り添うように並んで立つと、台の両側に取り付けてあった魔道具から、ぼわっとシャボン玉のような七色に光る丸い玉が大量に噴き出し、辺り一面に漂った。その中を、ステフがこちらの躰を横抱きにしてクルリと回る。
光る玉が出尽くして落ち着いた頃、台の上から、後ろ手にブーケを投げた。ステージ下では、独身女性達がひしめき合って、投げたブーケを狙っている。仁義無き女の戦いが繰り広げられ、思わず、頬が引き攣る。争奪戦の勝者は、歓声を上げて、ブーケを握った拳を突き上げた。
「取ったどー!!」
こうして、大盛況のうちに、街起こしイベントは幕を閉じた。
ここで、本編は一旦、完結となります。後、番外編を一つ更新します。
完結までお付き合いくださり、ありがとうございました(*'ω'*)




