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企画の行方

断って、立ち消えになったと思っていた企画が、思わぬところから再び芽を出した。


よくある指名依頼の確認に訪れた職人組合で、声を掛けた受付職員から、世間話の態で聞かれた。


「ヴィルヘルムさん、今度、協会や同盟との初の試みで、合同の街起こしイベント企画があるんですよ。お聞きですか?」

「ああ、アレは合同企画だったんだ」

「ご存知でしたか。うちからも職人による作品コンテストや展示即売会などの企画も出しているんですが、同盟さんイチ押しの企画が素晴らしくて」

「同盟ね……」

「庶民向けの人前結婚式ですって! 未婚の女性職員は皆、憧れているんですよ」

「へぇ、そうなんだ」


王侯貴族階級が、結婚式を神殿で挙げたり、派手な披露宴をしたりするのとは違い、庶民の結婚はせいぜい身内で宴会をする位なものだ。神殿の信者なら祈祷位はするだろうが、貴族階級のような戸籍がある訳でも無く、結婚と同棲の区別は無い。


そんな庶民向けに、王侯貴族のような結婚式を、人前で挙げる企画に、未婚女性達は食い付いた。華やかに着飾り、大勢の人々の前で祝福を受けるという式の形が、女性達の琴線に触れるらしい。


指名依頼のブリーフィングで、ダールも浮かれたように言い募る。その手には、例の『王都流行通信』が握られていた。


「よぉ、ヴィル。お前達も同盟の人前結婚式、打診されてるって?」

「ダールさん、その話はもう断ってるよ」

「勿体ない! お前達のお熱ーいいちゃつき振りを見せ付けたら、ヴィルへのセクハラ被害も少しは減るんじゃないか?」

「人前でなんて、もう沢山だ」

「儂も、見てみたいがなぁ。どうだ、この年寄りへ冥土の土産に、イベント出演してこういう姿見せてくれよ!」

「殺しても死ななそうな奴が、こんな時ばかり年寄りぶって」


職人組合を出て冒険者協会へ行くと、ここの受付職員も街起こしイベントに熱心だった。ご多分に漏れず、その手に『王都流行通信』があり、目の色を変えて熱く語る。


「うちは、異種格闘技戦を企画しているんです! 優勝者には、豪華賞品と人前結婚式の参加権を予定しています」

「そんなにいいか? 人前結婚式」

「それはもう、乙女の憧れですよ! 素敵なドレス、祝福の花吹雪、手を取り合い見つめ合う二人……冒険者からの口説き文句に最適ですとも!」

「へぇ……」


人前結婚式は、女性達には高評価だ。着飾って、周りから注目を浴びるのが嬉しいのだろうか。よく分からない。


ちょうど協会に来ていたアベルのパーティーと会い、メンバーのホリーにも聞かれた。


「ヴィルさん達も、話題の人前結婚式に出るの?」

「みんな、それ聞くんだよな。何故だ?」

「そりゃ、街の名物カップルだもの、気になるわよ。その上、タイムリーなブランド物のペア衣装でしょ、一目見たいのは誰しも同じよ!」

「そんな見たいものか?」

「もはや眼福でしかないレベル。見たいに決まってるでしょ!」


断った筈なのに、この外堀埋められている感じは何だ。あの同盟の担当職員では、ここまでの策を弄するようには見えなかった。もっと上の者が対応に乗り出したのかも知れない。


隣にいるステフは、泰然として笑うだけだ。こちらの望むまま、彼は動くだろう。


最後の一押しは、最も意外なところからだった。


「ヴィルヘルムさん、ステファンさん、お久しぶり」

「え!? インゲ様」

「お久しぶりです」


冒険者協会へ商人同盟から使いが来て、連れて行かれた先の応接室に、インゲ女史が居た。何でも、商人同盟の支部長がコンタクトを取り、街にクリューガー・ブランドの庶民向け既成服の店を招致したらしい。


王都でも始まったばかりの、庶民向け既成服店だが、街ではさらにイベントと連携して、結婚式の衣装レンタルサービスという新しい業態店を提案しているそうだ。


商人同盟の地味な街起こし企画が、街の冒険者協会や職人組合、果ては王都の有名ブランドまで巻き込んで、話がどんどん大きくなっている。


「とりあえず、うちからはアンテナショップを期間限定で出すことになってね。それで、デモンストレーションに、貴方達のペア衣装でイベント出演して欲しいの。如何(いかが)かしら?」

「はぁ……」

「これはもう、断れないねー」


こんな包囲網、神殿の陰謀より恐ろしい。さすがにインゲ女史まで担ぎ出されては断り切れず、イベント出演に同意した。幸い、衣装は前の披露会の物を流用する為、採寸や仮縫いなどの作業が無いのが有難い。契約内容を詰める支部長やインゲ女史の後ろで、最初に話を持ち込んだ担当職員が、目を潤ませている。


契約を終えて応接室を出ると、そこには『紅刃』が立っていた。


「この俺様を呼び付けて護衛に駆り出すのは、あの婆さん位なもんだ」

「さすがはインゲ様だな」


すると、ステフが『紅刃』と話し始めた。


「ライはイベントに出るの?」

「俺は今回は出ないな。ゆっくり街の見物でもするさ。ステフ、案内しろ」

「いいよー」


いつの間にか、ステフと『紅刃』が仲良くなっている。あの、西の辺境からの帰りに、宿で同室になって以来、ステフは『紅刃』への態度を軟化させていた。


「じゃあ、中央広場に行こうか。今回のイベント会場でもあるしねー」


三人で連れ立って、中央広場に向かった。

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