後ろ盾
インゲ女史との約束の日が近付いたので、王都へ移動する。早朝、街を出発すると、夕方遅くには王都に着く。ヒューイ様々だ。
王都の南門前でヒューイから降りて、荷物を外す。ヒューイはそのまま狩りに行った。荷物をステフと分けて背負い、デューイとルーイを連れて王都に入る。
門衛にデューイとルーイを見咎められるが、冒険者協会の発行した身分証で通された。まだまだ『紅刃』のような顔パスには程遠い。
南門近くの宿を取り、荷解きする。デューイとルーイに留守番するよう言い聞かせ、ステフと宿の食堂へ行った。
「何かお薦めある?」
「今日は鹿のいい肉が入ったから、鹿のシチューかグリルがお薦めだよ」
「じゃあ、それ一つずつね」
ステフが食堂の給仕と気楽に遣り取りして、注文した。初対面の人に構えてしまい、仏頂面になる自分とは大違いだ。こちらの苦手分野を受け持ってくれる相方は、とてもありがたい。
部屋に戻ると、デューイは荷物から乾し肉を取り出して食べている。隣のルーイは、相変わらずグエーだかギャウーだか形容し難い鳴き声で、ステフを呼んでいた。
「まだコレやんなきゃダメかぁ」
ステフはルーイを抱き上げると、シャツを捲って鳩尾にルーイを押し付ける。そのまま寝台に座って、こちらを見た。
「ヴィル、補給して」
「手からでいいよな」
「えー」
「もう緊急って訳じゃないだろう?」
「そんなー、手からじゃ遅いよー」
まだまだ余裕がありそうなくせに、ステフは魔力の経口譲渡を主張する。こちらも、ステフの言い分は百も承知で、わざと言っていた。前回クエストでの無体を忘れてはいない。
「ほら、手、出して」
「ヴィルの意地悪ー」
何たる言い草、と思わないでもないが、聞き流しておく。ステフの手を取り、魔力を流した。やはり経口の魔力譲渡より時間はかかったが、ルーイは満足してステフから離れた。ステフは丸まって眠るルーイを、部屋のソファに寝かせた。
「じゃ、先にシャワー浴びるよ」
「待って、ヴィル」
移動しかけをステフに止められ、寝台に戻された。ステフは珍しく、険しい表情を浮かべて、両手を肩に置きこちらを睨む。
「ヴィル、まだ怒ってる?」
「いや、怒ってない」
「じゃ、何で?」
「もう手からで充分だろう?」
「……オレが嫌い? しつこいから嫌になった?」
「ステフ、飛躍し過ぎだ」
多少は意趣返しのつもりもあったが、ステフの懸念までは考えていなかった。両肩に乗ったステフの手をポンと叩き、落ち着かせる。
「そりゃ、ちょっとは意地悪してやろうって気もあったけど、嫌いとか思ってないよ」
「本当に?」
「ああ」
ステフは険しい表情を緩め、へにゃりと笑う。
「じゃ、シャワー浴びてくる」
「オレも一緒に行く!」
狭いシャワールームで、ぎゅうぎゅうになりながら、一緒にシャワーを浴びる。結局、ステフはスキンシップ過多な性分なんだろう。その夜も、たっぷりのスキンシップの後、寄り添って眠った。
翌朝、連れ立ってインゲ女史の店へ行く。通用口に周り声を掛けると、前回と同じにアトリエへ通された。アトリエには、満面の笑みを浮かべたインゲ女史と、トルソーに着せた仮縫いの衣装が数着、待ち構えていた。
「待っていたわよ、お二方」
それから、トルソーと共に別室に連れて行かれ、着替えて戻ってはインゲ女史の調整を受ける。これをトルソーの数だけ、繰り返す。どの衣装も、以前に辺境伯家で用意されたヒラヒラに近い感じで、普段着に比べて露出も多く、げんなりした。
最後に、ヒラヒラは控え目ながら、繊細でキラキラした白地の衣装を着せられた。ステフにも衣装が用意されていて、二人並んでインゲ女史の前に立つ。ステフは、光沢のある水色がかった灰色のテイルコートとドレスシャツで、借りて来た猫のように固まっていた。
「この二着には、特に力を入れたのよ! ヴィルヘルムさんのクールビューティな雰囲気と、ステファンさんの愛嬌たっぷりな庶民的親しみやすさとが調和するようにね」
確かに、この二着は並んで立つと、見栄えが良かった。助手の捧げ持つ姿見の鏡に映る、見慣れない衣装の自分。他の衣装より露出も控え目だし、タイトなラインは自分の体型に合っている気がする。部分的に、ステフの衣装と同じ、水色がかった灰色の生地が使われていて、お揃いな感じもいい。
ステフの腕にエスコートされるように手を添えるポーズをとると、インゲ女史以下助手達も含め、この部屋の全員が感嘆の声を上げる。
「綺麗だわ!」
「美しい!」
「お似合いね」
衣装を着せられた本人達も、このペア衣装に関してだけは納得の出来栄えだ。
魔の着せ替え時間が終わって、アトリエには一服するよう茶と茶菓子が並べられる。インゲ女史から勧められて、ソファに腰を下ろした。
「如何だったかしら?」
「服飾に関しては、何とも」
「興味は無さそうね。では、マネキン契約に関しては、考えて頂けたかしら?」
「こちらのメリットが思い付かないが」
「ヴィルヘルムさんの抱える厄介事に対して、抑止力になれると思うの。私を通して、クリューガー家の後ろ盾が得られるわ」
インゲ女史の実家は、王都でも指折りの名門貴族家だそうだ。確かに、インゲ女史のブランドと契約していれば、彼女繋がりで名門貴族家と縁ができるだろう。しかし、後ろ盾といっても、何に対してだろう。
「あまり納得頂けていないみたいね。王都には、中央神殿があるのよ? そこの連中が、貴方を欲しがっていると聞くわ。神殿側に対して、ウチの実家は対抗勢力として申し分ないと思うの」
「成る程」
「少しは興味を持って頂けたようね」
インゲ女史も自分と同じく、目的の為に使えるものは何でも使うタイプらしい。こちらも、神殿側を牽制できるような伝手を得られた。




