孵化
インゲ女史の濃すぎるキャラに中てられて、精神的に疲れきった為、予定を変更して王都にもう一泊してから街へ帰ることにした。
宿を取り部屋に入ると、どっと疲れが押し寄せて寝台に突っ伏す。ステフは傍に寄ると、心配そうに覗き込んだ。
「ヴィル、大丈夫?」
「ちょっと疲れた」
「ヴィルはああいう押しの強いタイプの人、苦手だもんね。インゲさんとか、ダールさんとか……」
「……今、その名を聞きたくなかった」
「ゴメン」
ステフが隣に腰掛けて、よしよしと頭を撫でる。暫くその心地良さに甘えていたら、ステフの手がだんだん不穏な動きを始めた。躰をぴったりと寄せて、耳元にかかる吐息が熱い。
「ステフ?」
「ヴィル、いい?」
「まだ明るいよ? 夕食もまだだし」
「少しだけ」
「ダメ」
「お願い、ヴィル」
……結局、押し切られた。ステフにはつい甘くなってしまう。まだ拾った頃の、少年っぽいイメージが抜けないのだろう。
伸び盛りのステフは、成長著しい。出会った時には、あまり大差なかった背丈も、今では見上げる程だし、痩せて薄かった体躯も、こちらをすっぽり抱き込める位だ。
「大きくなったねぇ」
「何?」
「何でも無いよ」
すっかり青年らしくなったステフに、少しだけ寂しい気持ちになった。
翌早朝、王都を出て街へ帰った。ヒューイが本気を出せば、およそ一日で街まで飛ばして行ける。久しぶりの街は、以前と変わりない。当初、一ヶ月近くかかると言われた依頼だったが、達成が早くて助かった。
家に帰り、締め切っていた窓を次々に開けて、空気を入れ換える。ばたばたと荷解きをして、窓を閉めると、やっと人心地ついた。
居間のソファに腰掛けて、傍に置いた卵に手を伸ばす。表面を撫でると、何か感触が違う。怪訝な顔で卵を撫でていたのを見咎め、ステフが卵に寄って行った。
「卵、どうかした?」
「何か感触が変なんだ」
「うーん……見た所は変化はないかな……あった」
「え?」
「罅が入ってる」
暫く、二人して凍りついたようにして卵に見入った。何の動きも見せないので、孵化までもうちょっと時間がかかるのだろう。普段通りの生活ペースに戻り、休養日を過ごす。
夕食を食べに外出するついでに、ステフが以前定宿にしていた所に行く。アベル達に、帰還を知らせる為だ。宿の食堂には姿が見えず、カウンターで宿主に聞くと、護衛依頼で暫く戻らないということだった。
「入れ違いだな」
「オレ達が予定より早く戻ったからね」
その食堂で夕食を済ますと、家に帰った。卵は、これといった変化は見られない。二人で卵を撫で回してから、寝室に引き上げる。移動で疲れているし、卵も心配だし、早めに休むに限る。……と思っていたが、ステフは違うようだ。
「ステフ?」
「ヴィル、いい?」
「昨日したじゃないか」
「少しだけ」
「昨日もそう言って、少しで終わらなかったぞ!」
「お願い、ヴィル」
……結局、押しに弱いのだろう。事後、泥のように眠った。
何事も無ければ、朝までぐっすり眠っている筈だった。夢現に、重く響く破壊音と、それに続く聞き慣れない何かの鳴き声が聞こえて、目が覚めた。鳴き声は、可愛いらしさとは程遠い、グェーだかギャオーだか形容し難いものだった。
こちらを抱え込んで寝ていたステフが飛び起きて、裸のまま駆け出す。後を追うのに、脱ぎ散らかしていた夜着の上だけ羽織ると、寝室を出た。居間の床に、破片がゴロゴロ散っており、その中程の、ソファ横にある寝藁クッションの上に、鳴き声の主が居る。
ステフは、その鳴き声の主に近付くと、抱き上げる。鳴き声の主は、両手に乗る程の丸い毛玉のようなものだった。そこから、尖った口が突き出していて、煩く鳴いている。毛玉が抱き上げたステフに擦り寄ると、鳩尾辺りに貼り付いた。
「うわっ、何だ、コイツ」
「どうした?」
「力が抜ける……」
ステフは毛玉に貼り付かれたまま、その場にへたり込んだ。急いで駆け寄ると、ステフのなけなしの魔力が急速に吸い取られているのが感じられた。毛玉がステフから餌代わりに魔力を吸っているのだろう。
このままでは、ステフが魔力切れを起こしてしまう。手からの魔力譲渡では、間に合わない。貼り付いた毛玉ごとステフに抱き付いて、口吻で魔力譲渡した。口の粘膜を通して、魔力が大量にステフへ流れる。ステフを経由して、毛玉が魔力を吸い取る。魔力がごっそり持って行かれる感じがして、こちらも魔力切れ寸前というところで、漸く満足したらしく毛玉が離れた。
「……終わった?」
「……らしいな」
「何なんだ、コイツ」
「分からないけど、とりあえず、今は寝ようか」
二人してヘロヘロに疲れ切り、やっとのことで立ち上がると、毛玉を連れて寝室に戻り、寝台に倒れ込んだ。今度こそ、朝までぐっすり眠った。




