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女傑インゲ

のんびりと進む王都への道行きで、その後は宿の部屋割りに困ることもなく進んだが、一度だけ野営することがあった。その時に、あの猥談三人組への意趣返しをする機会に恵まれた。夕食のスープを、具無しの汁だけ宛がったのだ。もちろん、パンも無し。


「文句無いよね?」

「「「……ハイ……」」」


三人は汁だけのスープを啜り、自前の携帯食を囓る。ただ、ステフだけは、その携帯食もこちらのお手製なので、実質的な罰にはなっていない。気持ちの問題だ。


「あっ、ステフ、ずるい」

「へへへ」

「こっちにも寄越せ!」


気のいいステフは、レフや『紅刃』にも携帯食を分けてやっていた。お人好し!


「ヴィル、あれ何なの?」

「当然の報い」

「ふーん……」


サイラスやトールが呆れて見守る中、三人組への溜飲を下げることが出来た。


王都へ辿り着き、協会で清算を済ませる。そのまま解散と思っていたが、『紅刃』から思わぬ申し出があった。


「例のインゲって婆さんに会ってみないか?」

「え? 何で?」

「婆さんの方から、会ってみたいって言われてんだよ。暇があれば、どうだ?」


興味も無いが、断る理由もさして無い。どうしようかと、隣のステフを見上げる。ステフは持ち前のお気楽思考で言った。


「面白そうだから、会ってみれば?」

「ステフがそう言うなら」


その流れで、『紅刃』の後をついて行き、王都内の一等地にあるインゲ女史の店に案内された。王都で一、二を争うファッションリーダーの店だけあって、店構えは大きく、品があり、煌びやかだ。『紅刃』は勝手知ったるといった風情で裏口から入って行き、その後に続く。


「よぉ、婆さん居るか?」

「ラインハルト様? いつもいつも、いきなりのお越しですね。インゲ様なら、二階のアトリエですよ」


『紅刃』が裏口近くに居た店員に話し掛けて、インゲ女史の居場所を聞き出すと、店の奥へ迷い無く進む。店員に会釈して通り過ぎると、店員がぽっと頬を赤らめてこちらを目で追うのが分かった。ステフが視線を遮るように派手なお辞儀をして挨拶し、手を振ってその場をやり過ごした。


『紅刃』は奥の階段を二階へと上がり、廊下の突き当たりにある扉の前で立ち止まった。扉をノックすると、誰何の声が掛かる。


「俺だ。連れて来てやったぞ」

「相変わらず、礼儀も何も無い子だこと。お入り」


『紅刃』に促されて扉を潜ると、大きな作業台と執務机の向こうに、凛とした老女が座っていた。細身で姿勢が良く、髪をきっちり結い上げている。『紅刃』と似た赤い髪に琥珀色の目をしていて、身内というのも頷けた。


「貴方が『翠聖』のヴィルね。よく来てくれたわ。お会いしたかったのよ」


インゲ女史は立ち上がると、机を回り込んでこちらに来た。かなり威圧感があったが、本人はさほど大柄ではない。生まれ持つ雰囲気で他者を圧倒し、大きく見えるのだろう。


「私はインゲボルグ・クリューガーよ、よろしく」

「ヴィルヘルムだ」

「オレはステファンだよ、よろしく」


インゲ女史から手を差し出され、握手する。ステフは気負い無く声を掛け、インゲ女史も笑って受け入れた。部屋には作業台の反対側に応接用のソファが置いてあり、そちらに座るよう促された。こちらが席に着く頃合いに、店の者が茶を淹れて持って来た。


「話に聞いた以上だわ! 創作意欲が刺激される……」


インゲ女史はグイグイと近付き、こちらを舐めるように見る。居心地が悪い。インゲ女史は机から紙束を持ち出すと、猛烈な勢いで木炭を動かしている。チラリと見えるその紙には、ラフなスケッチらしきものが描かれていた。それを何枚も描き散らして、漸く落ち着いたインゲ女史は、冷めた茶を呷った。


「ヴィルヘルムさん、貴方に似合う服を作りたいの。是非、着て見せて欲しいわ。出来れば、年一回でもいいから、マネキン契約もして欲しいの」

「マネキンって?」

「ブランドの服を着熟して、店頭でアピールする職種よ。私の店では、年一回会場を借りて新作の披露をするの。その時にウチの服を着て出てくれたら、ありがたいんだけど」


王都には、街では想像もつかない職種が存在するらしい。服を着てアピールするとか、会場で披露するとか、未知なこと過ぎて頭が追いつかない。呆然として、返事が出来なかった。


「考えておいてもらえるかしら? とりあえず、見本にウチのブランドの服を持って行って欲しいのだけど、今描いたデザイン画を起こすのに、最短で二週間かかるの。その頃、ここに顔を出してくれない?」

「分かった」

「そうそう、帰る前にヴィルヘルムさんの採寸させて貰えるかしら? 今、助手を呼ぶから。ついでに、ステファンさんもどう? 二人並んで、披露会の目玉商品をアピールしてくれると嬉しいわ」

「はぁ……考えておくよ」


それから、大勢の助手達に寄って集って採寸され、ヘロヘロになった。返事は保留にして、とにかく店を出る。あの女傑の存在感が凄すぎて、胸だか腹だかがいっぱいだ。少し落ち着きたくて、露店で飲み物を買い、ベンチに座る。ぐらぐらする頭を手で押さえると、ステフが扇いでくれた。ついて来た『紅刃』が、笑いながら言う。


「キャラの濃い婆さんだろう?」

「濃すぎるわっ!」


二週間後に、また王都に来る用事が出来てしまった。

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