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神殿の影

領都を離れる前に、冒険者協会の領都支部へ立ち寄った。応接室に通された上級冒険者達を、出迎えた支部長が労う。


「さすがは国の最強戦力たる上級冒険者だ、素晴らしい働きだった」

「貢献出来たなら、何よりだ」


トールが代表して答え、その後、話は実務方向に移った。指名依頼の清算は、集合をかけた王都でも、この領都支部でも可能という。皆は王都での清算を希望した。こちらも、王都経由で街まで戻るので、問題無い。


「それはそうと、おかしな噂を耳にしたんだが」

「というと?」

「神殿の連中が『聖女』獲得に動いているという話だ」

「同時代に複数の『聖女』が現れたなんて、聞いたことが無い」

「神殿のいう『聖女』が、協会の『翠聖』でないことを祈るよ」


支部とトールが、不吉な会話を交わす。そのせいで、嫌なことを思い出した。


「以前、街で、神殿の奴等に拉致監禁されかけたことがあったな」

「その話、詳しく!」


サイラスに促され、記憶を手繰りながら、お粗末な拉致監禁事件を語った。


「街を一人で歩いていたら、尾行されてて、それが如何にも素人臭い連中だったんだ。だから、撒いたついでに後ろを取って、其奴らを問い詰めてやった」

「なんて無謀なことするんだ!」

「その通り、無謀だった。多勢に無勢で動きを封じられたし、止めに眠り薬まで使われて、拉致られた」

「何て事!」


サイラスはそう叫ぶと、天を仰ぎ片手で目を覆う。何だろう、サイラスがオカン化している気がする。まあまあ、と宥めるレフが話の先を促す。


「それで?」

「神殿の物置部屋みたいな所に監禁されかけたんだが、身体拘束も荷物の(あらた)めもされなくて、おかげで自力の脱出が出来た」

「中途半端にも程があるな」


レフは呆れ返っていたが、『紅刃』の見解は違っていた。


「荒事に不慣れな地方神殿の連中だったからだろうよ。中央神殿の奴等は、そうはいかんぞ?」

玄人(プロ)が出てくるってか?」

「それこそ、薬漬けや洗脳も厭わずの奴等だ。用心するに越したことは無い」 

「薬漬けや洗脳なんかしたら、肝心の浄化能力が使えないだろうに」

「奴等からすれば、神殿の管理下に無い浄化能力者が居るってことの方が不味いんだろうさ」

「なんて勝手な!」


苛立って、テーブルに拳をドンっと打ちつける。テーブルに乗った茶器がかちゃんと音を立て、茶が受け皿に零れた。何で、何奴(どいつ)此奴(こいつ)も、こちらの望みもしないで持たされた外見やら能力やらを、本人の意志などまるで鑑みずに欲しがるんだ。


「まあ、ここで何を言っても、仮定の話だ」

「そうだな」


トールに宥められ、不承不承、手を引っ込めた。隣に座るステフが、心配そうに肩を抱き、ステフの肩に乗ったデューイが手を伸ばして、頭を撫でる。


「協会側でも捨て置けない話だ。王都で対策を立てよう」


支部長に言われて、王都に連絡を頼み、とりあえずその場を辞した。


王都への復路は、急ぎ足だった往路に比べて、のんびり進んで行った。なるべく野営をせずに、宿の取れそうな所で泊まる。その方が、日数が掛かっても、躰への負担が少ない。


帰り道でも、騎獣の一行は目立っていた。休憩地でも宿場でも、通りすがりの人々が、二度見したり口をポカンと開けて眺めたりしている。


途中の宿で、部屋が二つしか取れないことがあった。部屋割りに困る。今までは、暗黙の了解でステフと離されることはなかったが、いくら何でも二人と四人の分け方では不公平だし、かといって、こちらと同部屋になる人が気の毒だ。


「俺とステフで、少し先の野営地に行っても構わないけど」

「そんなことしなくていいよ、俺と同部屋になろう?」


サイラスはそう言って引き止めるが、いくらこの面子で一番親しいとしても、気の毒なことには変わりない。


「俺、寝付きいいし、風術で音声遮断かけるから、平気!」

「それじゃ、オレ達が居たたまれないよ」


ステフもそう言って、眉尻を下げる。暫く押し問答を続けて、最終的には『紅刃』が強権発動した。


「俺とレフとステフで一部屋、残りでもう一部屋、決まりだ!」


『紅刃』に押し切られはしたが、順当なところだろう。こうして一晩、ステフと離ればなれになった。


「ヴィル、相方と離れるのは辛い?」

「一晩くらいどうってことないさ」

「仲良いな、お前ら」


面白がるサイラスと、呆れ口調のトールに挟まれて、床につく。すぐに寝静まったこちらの部屋とは対照的に、壁一枚挟んだ隣部屋は、遅くまで話し声が止まなかった。


翌朝、食堂で落ち合うと、隣部屋の三人は一様に目の下に隈を作っていた。


「夜更かししたの、ステフ?」

「……いや、別に……」

「レフ、何かあったのか?」

「……ハハハ……」


ステフやレフに聞いても、歯切れが悪い。くるりと『紅刃』に向き直ると、疑いの眼で睨め付ける。『紅刃』はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、答えない。


出発後、再びステフを問い詰めた。背中に貼り付いて、わざと甘えた声音を使い、耳元で囁く。


「昨日の夜、何話してた?」

「えっと……アハハ……」

「ステフ、教えて?」


ステフは暫く抵抗していたが、耳を甘噛みしたり首筋に息を吹きかけると、呆気なく陥落した。


「……何だって?」

「ゴメン、つい……」


何の事はない、三人で夜通し猥談していたらしい。男達のその手の話など、珍しくもないが、主な話のネタ元がこちらの閨事(ねやごと)となると、一気に腹立たしさが増す。


「あいつら……!!」


『紅刃』とレフに、必ず意趣返ししてやろうと、心に誓った。

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