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領都の休日

『紅刃』は少し勿体付けながら、伯爵三男(バカ息子)の性根叩き直し案を話し始めた。


「俺の身内に、インゲって言う婆さんがいるんだが、彼女の許で修行したらどうだ?」

「インゲって? 何してる人だ?」


自分を含めて、ピンと来ない面々の中で、辺境伯が心当たりがあるのか、『紅刃』に尋ねる。


「もしやインゲと言うと、インゲボルグ・クリューガー女史のことですか? あの、王都のファッション界の重鎮と言われる……」

「その通り」


辺境伯の食い付きに気を良くしたのか、『紅刃』は上機嫌で自説を披露する。


「あの婆さんの傘下で、針子や細工師の下積みから始めて、ゆくゆくは婆さんの助手のスタイリストを目指すのが、ヤツには一番向いてそうだが」

「成る程、美しさに執着の強いゴットリープには向いているかも知れん」


『紅刃』の親戚に、そんな人物がいるとは。話を聞いた辺境伯や長男は、乗り気のようだ。トールによれば、クリューガー女史のブランドは、王都でも一、二を争う人気らしい。そんな人物が身内に居るなんて、『紅刃』って一体、何者なんだろう。


「ただ、普通なら成人してすぐ位から修行を積んで、一人前になるのに十年や二十年はザラの職人稼業だ、あのいい歳こいた甘ちゃんに耐えられるかね?」

「スタイリストの修行なら、なんとか……」

「あの婆さんが、何の下地も無いヤツに教える訳無いだろう。基礎があって始めて応用が成り立つんだからな」

「……」


新兵教練にしろ、スタイリスト修行にしろ、楽な道は無い。とりあえず、このまま実家に寄生して、のうのうと好き勝手すること以外であれば、こちらも異存は無い。


この先は、今、デューイの攻撃で気絶中の本人が回復してから、詳細を詰めることになる。そのデューイは、ステフと一緒に茶菓子を摘まんでいた。今日の肩肘張った食事も、彼らとならば美味しく食べられたことだろう。


再び辺境伯から謝罪を受けて、その場はお開きとなった。借りていた服を着替えて返し、宿に引き上げる。やはり、着慣れた服装が一番いい。


屋敷の庭で寛いでいたヒューイに、ステフやデューイと一緒に乗って、一足先に宿まで戻る。外で待っていたステフは空腹だし、こちらも食べた気のしない食事だったので、宿に着くなり食堂へ直行した。ヒューイは自主的な狩りに出て、デューイもくっついて行った。手の掛からない子達だ。


「今日のご馳走、何が出た?」

「さあ……いっぱい並んだナイフやフォークの、どれを使えばいいのか気になって、味がよく分からなかったよ」

「オレ、ヒューイと、ヴィルお手製の乾し肉食べてたよ! 美味しかった」

「俺もそっちがよかったな」


小腹を満たしたところで、部屋へと向かう。道すがら、横に並ぶステフが背中を撫でながら言った。


「今日は災難だったね。傷、痛い?」

「そこは擦り傷だから、大したことないよ」


ステフは次に、痣のついた手首を擦る。


「なら、こっちは?」

「ちょっと痛いかな」

「じゃ、中で薬塗ろうか」


部屋に入ってから、手首だけでなく、全身を隈無くステフに消毒された。勿論、塗り薬ばかりではない。散々な目には遭ったが、その嫌な思いを押し流す位、たっぷり癒しを貰った。今回は、ノックの音で遮られることも無い。明日辺り、またサイラスから揶揄(からか)われるかも知れないが、些細なことだ。


翌日、王都へ戻る前に、領都見物をすることにした。領都は国境に接しているだけに、隣国の産物が多く出回っている。農作物や畜産品も、品揃えが王都辺りとは違っていた。露店で軽食を買い、ステフと分け合って食べてみる。


「この白い蒸しパン、中に何か入ってる」

「甘いけど、ジャムじゃないな。何だろう」


露店の売り子によると、甘く煮た豆を潰して練った物だという。他に、挽き肉を練った物の蒸しパンもあるといい、それも買って食べた。どちらも美味しかった。街や王都とは、見た目も味も変わった物が多くて、楽しめる。


「この果物、王都でも見たこと無いな」

「皮は赤くて刺々してるし、割った中身は白っぽくて、黒い粒々が混じってる。何だろう?」

「味の予想が全くつかないね」


外見の珍妙さに好奇心を駆られ、果物を二つに割って匙を添えた物を買ってみる。果肉を匙で掬い口に運ぶと、見た目を裏切るようなさっぱりした甘味とねっとりした舌触りに驚かされた。


その店では、乾した果物も売っていて、デューイの土産にしようと買った。ヒューイはほぼ肉食だが、デューイはこちらの与える物は何でも食べる。甘いものは特に喜んだ。


隣国は、繊維産業が盛んらしく、この国では見掛けないような織りや染め物の製品が作られていて、領都にも数多く売られていた。伯爵子息が着道楽になる下地は、こんなところにもあるのかも知れない。


ふと立ち寄った古着屋で、辺境伯家で借りた服とそっくりな上着を二着見かけた。色もそれぞれ緑色と水色で、ますます似ている。似た手触りの白いシャツもある。ステフと顔を見合わせて、上着とシャツを交互に眺めた。


「まさか、な」

「いくら何でも、昨日の今日で、ね」


辺境伯家の使用人の質が気掛かりではあるが、こちらの関知する処ではない。見なかったことにして、その場から立ち去った。

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