招待
そして、辺境伯子息の来訪から三日後、魔物の掃討戦が一段落した。翌日、辺境伯軍と共に上級冒険者達は領都へ移動した。
領都に宿をとり、騎獣を預け、さっと身仕度をする。ステフにデューイを任せ、宿から辻馬車を拾うと、上級冒険者五人で伯爵邸へ向かった。
伯爵家の屋敷は、領都の北側にある富裕層区画の中程にある。今回の招待は、伯爵家側からの急な申し出なのと、討伐遠征中の事なのとで、皆一様に通常装備のままだ。街並みとこちらの服装の落差に、居心地の悪さを覚えた。
伯爵邸前で辻馬車を降り、代表者のトールが訪問を告げると、使用人に邸内へ招き入れられた。通されたのは、控え室のような部屋で、人数分の略礼服が用意されているようだ。
「ここで着替えろってか?」
「イレギュラーな招待だし、こちらに用意がないことは折り込み済みなんだろさ」
服の端を摘まみながらレフがぼやくと、『紅刃』が呆れ口調で返す。すると、服を眺めていたサイラスが、気が付いた。
「おい、人数分無いぞ」
トールが案内役の使用人に問い掛けていると、別の使用人が控え室に来た。
「『翠聖』様、こちらへどうぞ」
「え、俺だけ別扱いかよ」
「お願いします、ゴットリープ様が是非にと」
もはや、嫌な予感しかしない。
「皆と同じように扱うのでなければ、帰る」
「しかし……」
「もう一度言う。別扱いなら帰る」
「……お待ちください」
使用人達は退出し、冒険者五人が残った。思わず溜め息が漏れる。トールが肩を叩いて言った。
「お貴族様のすることさ、悩んだら負けだ。放っとけ」
「昔から、ああいう手合いに嫌な目に遭わされ続けてるからな。過敏にもなるさ」
暫く待つと、使用人が服飾一式を持って来た。他の面々の略礼服とは違って、やたらとヒラヒラしたデザインの、これ本当に男物?と首を傾げるような物だ。
「別扱いなら帰ると言った。俺は帰る」
出て行こうとすると、全力で引き止められる。再び外へ出た使用人が戻って来て、他の面々と同じような略礼服を差し出した。仕方ないので、着替える。元の装備は、ひとまとめにして窓際に置く。ついでに、窓を少し開けて、部屋の位置も確認した。
全員が着替え終わった頃、最初に案内役をした使用人が来て、別の部屋へと連れられて行った。やたらと長いテーブルのある部屋で、テーブルの端が当主の席のようだ。その近くに座らせようとする使用人を無視して、トールとサイラスに続き一番当主から遠い下座に座る。向かい側に『紅刃』とレフが腰掛けた。
程無く、辺境伯と覚しき人物がもう二人を伴って部屋へとやって来た。辺境伯は、上背はあまりないが、上位貴族の威厳に満ちた感じの初老男性だった。連れの一人は、あの伯爵三男だったが、もう一人は初めて見る顔だ。顔貌は似ているが、雰囲気は辺境伯そっくりの隙の無い切れ者といった感じの人物だ。
「上級冒険者諸君、急な招きを受けてくれて、感謝する。私は辺境伯のエドアルド・シュトールだ。こちらは長男のランベルト、あちらは三男のゴットリープ」
席に着いた辺境伯が、さらっと自己紹介する。こちらも順に名乗っていく。
「お招きありがとうございます。『黒槌』のトールです」
「『紅刃』のライだ」
「俺は『蒼牙』のレフ」
「『白爪』のサイラスっていう者だ」
「新参者の上級で、『翠聖』と呼ばれてる、ヴィルヘルムだ」
辺境伯が使用人に合図を送ると、前菜と飲み物が運ばれて来て、会食が始まった。
慣れないフルコースディナーに戸惑い、黙って周りを見回す。貴族の三人と、場慣れしているらしいトールや『紅刃』は迷い無くカトラリーを扱い、談笑している。レフやサイラスはこちらと同じく、ぎくしゃくと隣の真似をして食べている。
開き直って、後ろに控える使用人に、いちいち確認をとりながら食事した。高級なのだろうが、食べた気がしない。たまに辺境伯から話題を振られても、曖昧に返答して流した。
食事が一通り終わって、辺境伯が口を開く。
「此度の掃討戦への助力に感謝しての席だが、満足して貰えただろうか? 特に、『翠聖』には我が息子が迷惑を掛けたと聞いた。如何かな?」
「はぁ……まぁ……」
「はっきり言って欲しい」
「では、失礼を承知で言いますが、俺に迷惑を掛けたと認識されておられるのなら、この席に本人が同席し、あまつさえ服までおかしな物を用意して差別するのを容認しているのは、如何なものかと」
「同席はともかく、服?」
辺境伯は、あのヒラヒラ一式を宛てがわれた件は把握していなかったらしい。使用人が耳打ちして、辺境伯が三男を睨む。
「直接謝罪したいと言うから同席を許したものを、お前は!」
「いや、その、それは……」
言い募る伯爵三男に、辺境伯は耳を貸さず、その場から退席を命じた。すごすごと引っ込む三男に代わり、今まであまり口を出すこと無く控えていた長男が、話し掛けてきた。
「弟が失礼した。謝罪する」
「いえ、悪いのは貴方ではないし、本人さえ俺に関わって来なければ構わない」
「あれは、母が甘やかして育てたので、いい歳をしてフラフラと掴み処が無く御し難い」
「では、今後も放置すると?」
「いや、それは無い。いい機会だ、もう後が無いと知らしめよう」
長男の言葉に、辺境伯も頷く。それならと、こちらも頷き返した。




