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突然の来訪

ヒューイは木立を飛び越えると、荒れ地に降り立ち、その端にある前線拠点に向けて走り出す。地上を走ると、上空からとは違った景色が広がっていた。広い荒れ地の其処此処で、辺境伯軍や冒険者達が魔物と交戦しているのが見える。行き掛けの駄賃に、通り道の魔物を幾つか間引く。魔物は、ヒューイの腹に収まった。


拠点に戻ると、同じように拠点に戻って来た者達に囲まれた。皆、口々に、上級冒険者達の戦い振りを賞賛する。翼犬の活躍にも話題が及び、さらに連れ帰った子猿に話題が移った。


「何、大猿の群れが木立に?」

「子猿の治癒の為に、ヴィルが連れ去られたって?」

「治してやった子猿に懐かれた?」


拠点で合流したトール達は、事のあらましを語った後、口々に感想を述べ、最後には揃ってこう言った。


「「「ヴィルらしいよ」」」


……何が、らしいんだ。

とりあえず、依頼された瘴気溜まりの浄化は達成したので、後は残った魔物を(さら)えるだけだ。掃討戦に参加する冒険者達は多く居るし、追加も来る。もう引き上げても差し支えないだろう。


「俺とステフは、もう帰っていいか?」

「ちょっと待ってくれ」


冒険者協会の連絡員と入れ替わりに拠点へ来ていた領都支部長に、帰還を持ちかけると待ったをかけられた。一般の参加でない、協会側からの支援要請で動いている関係上、掃討戦の最後まで居残るように言う。


「手は足りてるだろう。俺は戦力にはならない」

「翼犬を連れていて、何を言う!」


ヒューイ目当てらしい。翼犬は大人気だ。それとも、本格的にテイマー扱いされ始めたのかも知れない。支部長と話していると、辺境伯軍の司令官もやって来て話に加わる。


「ヒューイが食べ切れる分は引き受けるけど、あまり当てにされても困るぞ」

「それで充分だ」

「上級冒険者や騎獣の参戦は、辺境伯軍を始めとして参加者全般の士気も上がる。士気の高揚は重要だ」


皆、翼犬好き過ぎだろう。とりあえず、掃討戦の終盤までは居残ることに同意した。これも、上級冒険者となってしまった者の果たす義理のようなものだろう。不本意だが、仕方ない。


日も暮れかけた頃、支部長達から離れて、皆で拠点の中央にある広場へ行く。例によって炊き出しを受け取ると、空いた所に座って食事を始めた。


話している間も、その後の食事時間も、子猿はずっと腹に抱きついて離れなかった。食事の中から、食べられそうなパンや果物などを与えると、おそるおそる口にする。他の者が構うと怯えて威嚇し、世話を受け入れるのは自分の他、ステフ位なものだった。


「この子の名前、何にする?」

「名前か……付けるの苦手なんだけど」

「ヒューイもヴィルが付けただろう? この子にも、いいの付けてやってよ」

「……デューイ」

「ヒューイとそっくりだね。でも、可愛い!」


ステフは子猿に手を伸ばして、名前を呼ぶ。


「デューイ、おいで」


子猿改めデューイは、おずおずと前肢を差し出した。ステフはデューイを抱き上げると、肩車する。ステフの頭にしがみついたデューイは、高くなった目線からキョロキョロと辺りを見回している。


「子猿も、ステフには懐くんだな」

「同類が分かるんだろう」


レフやサイラスの言い草が、何気に酷い。ステフが物言いた気に二人を睨むが、笑って流された。和やかに食事時間を過ごしているところへ、思わぬ人物が現れた。


その人物は、辺境伯軍の司令官を伴っていた。服装は隣の司令官と同様だったが、纏う雰囲気が違っている。中肉中背の中年男性で、顔立ちにこれといった特徴はない。髪色は平凡な茶色だが、瞳は紫がかった青で、そこだけは目を引く。訝し気に視線を送ると、司令官が声を掛けて来た。


「上級冒険者諸君、紹介しよう。こちら、辺境伯子息のゴットリープ・シュトール様だ」

「諸君らの噂は耳にしている。此度はよく来てくれた、感謝する」


突然の来訪に、皆驚きを隠せなかった。こんな最前線に、領地の最高権力者に連なる者がわざわざ足を運ぶなど、聞いたことが無いが、物見遊山でも無かろう。目的があるのだろうが、見当もつかない。物慣れたトールが応対するが、件の伯爵令息はこちらを向いて視線を固定している。


「貴方が噂の聖女様ですね。お美しい」

「はぁ!? 何の冗談だ?」


いきなり令息に手を取られ握り込まれて、思わず不快感も露わにその手を振り解く。眉根を寄せて睨みつけると、令息は唖然とした表情を浮かべて固まった。


「シュトール卿、彼は『翠聖』のヴィルという上級冒険者です」

「確かに『聖女』並の浄化能力者ですが、聖女ではないんで、女性扱いはお控えください」


トールと支部長が口々に令息を執り成す。令息は勘違いを謝罪し、再びこちらをロックオンしてくるが、気持ち悪いのでステフの後ろに隠れて距離を取った。その後も、何か話し掛けてくるのを躱して、逃げ切った。


結局、来訪の目的がはっきりとしないまま、彼らは幹部用の大天幕に引っ込み、お開きとなった。

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