また増えた
抵抗する暇も無く大猿に抱えられ運ばれること数刻、毛皮越しに垣間見る景色が荒れ地から灌木、さらに木立へと変わっていった。
木立の中は、森とは比べようもないものの日射しが遮られて薄暗い。単独で走っていた大猿が、いつの間にか数頭の群れになっている。一様に何処かを目指して走っていた。
やがて、木々の間に陽だまりのような草地が見えて、何頭かの大猿が集まっている。走っていた群れも、陽だまりに着くと動きを止め、集まりに加わる。その中程に降ろされた。
草地の中には、葉や草を掻き集めた巣のようなものがあり、大猿の仲間と覚しい子猿が寝かされている。子猿は、如何にも具合悪そうだ。瘴気溜まりに近い位置なので、瘴気に中てられて毒になっているのかも知れない。
周りを取り囲む大猿達は、こちらに危害を加えること無く、じっと見ている。子猿と自分とを見つめ、何かを訴え掛けているように思えた。
「この子を治して欲しいのか?」
勿論、返事は無い。沈黙が答えだった。
瘴気溜まりを浄化した直後で、魔力量も少ないが、この状況でやらない選択は無い。腰に着けたポーチを探り、王都で買い揃えたマジックポーションを取り出して呷る。
「あんまり期待しないでくれよ」
子猿に触れると、魔力を押し出して循環させる。子猿の中の、モヤモヤと滞った瘴気の塊が、何となく感じられた。塊に向かって、魔力を流していく。瘴気が徐々に流れて、やがて塊は崩れ押し流された。
苦しげだった子猿も表情が和らぎ、様態も安定したようだ。周りの大猿達も、安堵したらしい。少し安心したことと、ただでさえなけなしの魔力を使い切ったことで、限界を迎えてその場に倒れ伏した。
どのくらい時間が過ぎたんだろう。遠くから、ステフが呼ぶ声が聞こえる。
「ヴィルー!! 何処に居るのー!?」
「ステフ……此処だよ……」
まだ自力で躰を起こせないし、声も囁く程度だったが、ステフには届いたらしい。どんどん気配が近付いて来るのが分かった。薄目を開けると、周りを囲む大猿が一部囲みを解き、隙間からステフと『紅刃』が駆けつけるのが見えた。
「ヴィル!大丈夫?」
「無事か?」
二人から口々に言われ、返答に困る。とりあえず、質問内容は一緒だ。曖昧に頷いておく。周りの大猿達は、駆け寄った二人に対して、攻撃する素振りを見せない。囲みは解かず、静かに見守っている。
「なあ、これ、どういう状況だ?」
「猿達は、この子を治して欲しかったらしいよ」
「子猿の治癒に人を攫うなんて、聞いたこと無いぞ」
『紅刃』の問いに答えると、呆れた口調で返された。
「そっちは、どうやって此処まで辿り着いたんだ?また魔力の残渣でも辿ったのか?」
「いや、ヴィルが地面を歩くんでなければ、魔力残渣は追えない。今回は、ステフだ」
「オレ、何か知らないけど、ヴィルの居場所は何処だーって念じたら、何となくこっちって分かったよ」
その時、治してやった子猿が目を覚まし、擦り寄って来た。胴に腕を回して、腹に貼り付く。
「どうした?」
子猿の顔を覗き込むと、つぶらな瞳でうるうると見つめられる。はっとして、周りを囲む大猿達を見回すと、生温かい視線に満ちていた。これは、そう、あれだ。
「また懐かれた」
「ヴィルらしいね」
「もう、いっそのことテイマーに転職したらどうだ」
子猿を抱いたまま立ち上がろうとするが、まだ回復していない体力では無理だった。ステフに甘えようかと目を向けるが、その前に子猿ごと『紅刃』に抱き上げられた。
「ちょ、ちょっと、何……」
「たまには譲れ」
『紅刃』はステフを真っ直ぐに見て、傲岸に言い放つ。ステフは暫く『紅刃』と睨み合っていたが、こちらの頬をすいっと一撫ですると先に立って駆け出した。
大猿達に見送られ、『紅刃』に横抱きにされたまま木立を出る。ステフがヒューイを呼び、今度はあまり時間を置かずに現れたヒューイに皆で乗り込む。先に乗っていたステフが『紅刃』から横抱きのまま受け取り、横乗りの体勢でステフの前に収まった。『紅刃』は自力でひらりとステフの後ろに乗る。
ヒューイは、子猿を全く警戒しなかった。子猿の幼さか邪気の無さか、理由は分からないが、相性は悪くないようだ。
ステフの指示で草地で助走をつけて、ヒューイは飛び立つ。行きより増えた頭数で、拠点に戻って行った。
犬、猿と来たら、次は何でしょうね?(・ω・)




