浄化と奇襲
レフとサイラスは、翼犬組に同行出来なかったのが不服なようだ。一晩経っても、まだ不満を口にする。
「ちぇっ、今回は俺が行きたかったのに」
「レフは術のバリエーションが攻撃に片寄り過ぎなんだ」
「氷針を広範囲で展開したら、壁代わりになるんだから、問題無い」
「そう言う発想が問題あるだろう……まあ、魔力量で弾かれた俺よりマシさ」
翌朝、辺境伯軍は応援の冒険者達を伴い、予定通り魔物の間引きに向かった。トール達もここに加わる。翼犬組は別動隊として、時間をずらして出発した。
拠点を出て荒れ地を走り、飛翔する。荒れ地に展開する軍や冒険者達を飛び越えて、途中で地面に降りること無く一っ飛びで瘴気溜まりに着いた。昨日、下見しておいたおかげだろう。
瘴気溜まりの黒い靄は、ヒューイの翼で羽ばたいても、飛散することが無い。中に入るのを躊躇うヒューイから降りて、三人で瘴気溜まりに入った。ヒューイには周りの魔物を間引いて貰うことにする。
「ヒューイは何で瘴気を嫌がったんだろうね?」
「一度死にかけて、俺が魔力で癒してるから、瘴気とは相性悪くなったのかも」
「そんなのありか?」
魔物は、獣が瘴気で魔獣化するものと、瘴気溜まりから湧くものとがいるという。テイム出来るのは、前者のみらしい。人の魔力で、魔獣の瘴気を祓うことで、テイム可能な状態にすると聞いた。
「相変わらず、瘴気溜まりはキツいな。魔素濃度がハンパない」
「中の瘴気が濃くなるところまで行けば、魔物も居なくなる。一気に行くぞ」
「了解」
『紅刃』の先導で、湧く魔物を倒しながら進む。瘴気溜まりの規模は、以前の王都近くで浄化したものよりは、やや小さい。それでも、王都近くの時は上級冒険者総掛かりだったことを思えば、少ない人数で進むのは骨が折れた。
『紅刃』はさすがの剣裁きで、多くの魔物を斬り伏せる。加えて、大剣に纏わせた炎が、攻撃はもちろん、壁のようになって防御にもなった。
ステフも、立派な戦力になった。新調した盾で魔物を防ぎつつ、剣でダメージを与えて弱らせていく。こちらに魔物が近付く頃には、ナイフでも充分止めが刺せた。
「魔物が減ってきたな。そろそろ中心部かも」
「やれるか?」
「やってみるさ。ステフ、お願い」
「オレ、役に立てる?」
以前にやったのと同じように、跪いて魔力を放出する。以前と異なるのは、発動媒体が石ではなく、ステフ本人なことだ。ステフも向かい合うように跪き、手を取り合う。ぼうっと辺りが光って、靄のような瘴気が薄れ始めた。ペンダントの石を頼りに浄化した時より、魔力の消耗が少ない。それでも、靄が晴れて明るくなる頃には、全身がぐったりとなった。意識がある分、前よりマシな方だ。
浄化が終わり、躰を起こそうとするが、蹌踉けて地面に手をつく。慌ててステフが駆け寄り、躰を支えてくれた。『紅刃』も傍に来て、こちらの顔を覗き込む。
「ヒューイ、来て!」
拠点に戻ろうと、ステフがヒューイを呼ぶ。ところが、ヒューイは離れた場所で交戦中なのか、なかなか来ない。気配を探るが、魔物も近くには居ないようだ。瘴気溜まりの周辺部だったところまで、移動出来ないか考えた。
「移動ったって、歩くしかないが、立てるのか?」
「……努力する」
「オレが背負って行くよ」
「動かさない方がいい。奇襲されたら一溜まりもない」
その時、突然こちらに向かって魔物が飛び込んで来た。大きな猿のような魔物で、奇声を上げて威嚇しながら襲ってくる。咄嗟に『紅刃』が応戦し押し止める。その隙に、反対側からも大猿が迫り、今度はステフが盾になった。双方で膠着状態が続いている間に、第三の大猿が飛びかかって来て、躰を掬い上げられた。あっという間にステフや『紅刃』から離されて、木立の中へと連れて行かれた。上空からでは窺い知れなかったところに、とんだ伏兵が隠れていたものだ。
「ヴィルー!!」
為す術無く大猿に運ばれながら、ステフの絶叫が遠ざかっていくのを聞いた。




