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番外編 サイラスの夜

今回は、サイラス視点の番外編です。

宿の薄い壁越しに、声が聞こえる。控えめではあったが明らかな嬌声に、同室者の苛立たし気な舌打ちが被る。サイラスは、声の主であるヴィルヘルムとその若い恋人とを思い、こっそり魔力を放った。風術を応用した、音声遮断術だ。これで、同室のラインハルトのやっかみも、少しは減るだろう。


サイラスは、初対面からヴィルヘルムに対して、同類の空気を感じていた。おそらく彼も、自分と同じような受けの体質だろう。その上、ヴィルヘルムの華奢で中性的な美貌は、男女を問わず羨望と嫉妬を呼ぶだろうし、なかなか苦労が多そうだ。


こんな夜は、普段は表に出ない記憶や感情が、心の隙間からこぼれ落ちてくる。


サイラスも男性にしては小柄で線が細く、ヴィルヘルムと同様の男女問わない恋愛沙汰に苦労した口だ。ただ、白髪赤目の外見が故郷で忌避されることが多々あった為に、早く独り立ちして村を出たいと願っていた。都会でなら、こんな田舎独特の差別意識も薄いだろう。


元々エルフ混じりの多い村で、サイラス自身も幾何(いくばく)かのエルフの血が混じっていた為か、魔力の発現が早かった。おかげで、体格面で恵まれなかったのを補い、冒険者として身を立てることが出来た。


故郷を後にして王都に移り、冒険者として若くして名を挙げ、上級に上がった途端に、周りの見方が反転した。女性達は自分を結婚相手に狙い始め、男性からは半端ない嫉妬を受け、嫌がらせは日常茶飯事になった。


サイラスは、師事していたトールに憧れていた。トールには妻子があり、大それた思いは抱かなかったが、それでもトール自身から娘との縁談を持ちかけられると、忸怩(じくじ)たるものがあった。話を断り、それまで下宿していたトールの家を出て、王都の外れに小さな家を借りた。


その頃、一人の冒険者と知り合った。彼は中級レベルながら実力、実績共にあり、黒鹿毛の一角馬に乗っていた。ちょうど騎獣を狩ろうと考えていたサイラスは、駄目元で声を掛けた。彼は快く、一角馬の狩り場を教えてくれた上、一緒に狩りに行こうと申し出てくれた。フロルは、その時に狩った騎獣だ。


彼とは、それ以降も付き合いが続き、いつしか互いの家に行き来する仲になった。冒険者にしては穏やかで温厚な気性は、サイラスには好ましかった。サイラスには上級冒険者としての指名依頼も多く、彼とはすれ違いの生活だったが、一緒に居られた時間は幸せなものだった。


その幸せが、ずっと続くと思っていた。


指名依頼を終えて家に帰ると、約束していた日に恋人は来なかった。彼の定宿を覗いてみたが、帰っていないという。協会の受付で尋ねると、新しいダンジョンの調査依頼を受けて、数組で潜っているという。調査チームは、まだ誰も戻っていないらしい。


暫く待ったが、音沙汰は無い。そして、調査依頼の追加派遣が募られて、それに応じた。ダンジョンに潜ってみると、途中から急に難易度が上がった。かなり上級レベルでなければ、生還は難しいだろう。その追加派遣チームに、同じ上級冒険者のレフも加わっていて、追加チームは無事に調査を終えて帰還した。


最初の調査チームは、誰も帰って来なかった。


ダンジョンでは、死んでも死体は残らない。骨すら残らず吸収されて、ダンジョンの糧にされる。装備品も、ダンジョンの魔物のドロップ品になる。彼の遺体も遺品も、何も見つけられなかった。


ダンジョン最深部で、魔物のドロップ品に剣が出た。彼の剣に少し似ていた。彼は、柄にサイラスの目の色と同じ、赤い石を入れていて、その剣には同じように赤い石が嵌まっていた。サイラスは、この剣を彼の形見代わりに持ち帰った。


つらつらと追憶に浸るうちに、夜が明けたようだ。また、新たな旅が始まる。

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