辺境伯軍の前線へ
翌日、領都を出発して、前線まで来た。そこで辺境伯軍の司令官や協会幹部職員と合流し、情報交換をする。領都で聞いた状況とほぼ変化は無く、翼犬での偵察をすることとなった。
ヒューイに三人乗れることを話すと、トールと司令官、協会幹部が手を挙げる。一人は自分かステフでないと困るので、まずは自分がトールと司令官を乗せて飛び立った。
上空から眺めると、草原や灌木の辺りは見易く、魔物の分布がよく分かる。木々の生い茂るところは見難くて、大きな騎獣では近付けない。前線からかなり離れた、木々の茂みが途切れた辺りに、瘴気溜まりらしい黒い靄が確認出来た。
前線拠点に戻ると、今見て来た状況を皆に報告する。木々の茂み辺りは確認出来なかったので、どの位の魔物が潜んでいるか、見当もつかない。そこで、瘴気溜まりに直接行ける、ヒューイと同乗者のみで攻略し、他の人員は従来通りの配置で魔物を間引いて行くこととなった。
ヒューイに乗るメンバーの人選で、一悶着した。自分の他二人に、ステフが入ると戦力が心許ないと言う。司令官は、上級冒険者から二人連れて行くように主張し、こちらはステフともう一人でないと困ると譲らない。協会幹部も、辺境伯軍寄りの意見だが、冒険者にミッション参加以上の強制はしたくない立場だ。ステフを外すなら自分も行かないと言うと、私情を抑えて身の安全を優先しろと返された。
「俺の身勝手と言うつもりか?」
「二人と居ない能力だ、出来る限りの安全確保を図るのは当然だろう!」
「俺の能力と言うなら、ステフ込みでないと発動しづらいんだ。私情と切って捨てるな!」
最終的には、こちらの言い分を通した。ステフの他の一人は、上級冒険者からの人選となる。そこで、レフとサイラス、『紅刃』が睨み合う。
「ライはヒューイと相性悪いじゃないか!」
「レフは能力的に護衛向きじゃない」
「攻撃は最大の防御って言うぞ!」
「俺なら、攻撃も守備も出来るけど?」
「サイラスが攻守のバランスがいいが、やや魔力量に不安があるな」
結局、またゴリ押しで『紅刃』が三人目となった。他の面々は、魔物を間引く戦列に加わる。明日の実戦投入に備えて、今日の残り時間はヒューイと相性の悪い『紅刃』を如何に馴らすかが課題になる。
「ヒューイ、『紅刃』乗せてもいい?」
呼びかけたが、ヒューイの眉根は寄ったままだ。ステフと二人がかりで撫でて宥める傍で『紅刃』がヒューイに近付いて行く。『紅刃』の手がヒューイの首元に触れ、毛並みを撫でると、ヒューイの喉から唸り声が低く響く。『紅刃』は諦めずに撫で続け、ヒューイの唸り声はだんだん小さくなって、やがて聞こえなくなった。ステフと自分、『紅刃』の三人で、ヒューイに乗ってみる。何とかヒューイが嫌がらずに、乗せることが出来た。
「じゃあ、馴らしにその辺りを飛ばしてみるか」
あまり魔物の居ない辺りをヒューイで走り、飛翔させる。移動中、休憩時間も含めて、『紅刃』はヒューイに近付かなかったことを思えば、格段の進歩だろう。『紅刃』は初飛行にもあまり緊張した様子を見せず、上空からの景色を眺めている。
「あれが瘴気溜まりか。上からなら、すぐ見つかるんだな」
「ヒューイ様様だろう?」
「翼犬は大したものだな、全く」
珍しい『紅刃』の殊勝な態度に、こちらの調子が狂う。上手い返しが出来ずに黙ると、『紅刃』の腕がこちらの胴に回り、引き寄せられる。耳元を『紅刃』の唇が掠めた。油断も隙もない。
「ちょっと、何だよ!調子に乗るな!」
ステフが気が付いて、片腕でこちらの躰を絡め取ると、ステフの前に乗る場所を入れ替えた。不安定な上空での移動は、心臓に悪いのであまりしたくない。
「チッ、ケチくさい……たまにはいいだろうが」
「いい訳あるか!」
ばくばくと落ち着かない鼓動のまま、地上に降りる。拠点に戻り、宛てがわれたテントで休んだ。ステフが心配そうに付き添っている。拠点は、その日の討伐から戻った辺境伯軍や冒険者で騒がしさを増す。テント越しに喧騒を聞きながら、ステフと二人で静かに過ごした。
「大丈夫か?出て来れるなら、来いよ。食いっぱぐれるぞ」
様子を見に来たレフに言われて、渋々テントを出た。炊き出しの列に並び、食事を受け取る。肉の煮込みに潰した芋を添えた皿と、薄いスープに堅焼きパンがトレーに載っている。広場の一角に席を取ると、トールがやって来て声を掛けた。
「今日は立て続けに飛んでいたから、疲れが出たんだな」
「そうかもね」
「明日に備えて、ゆっくり休めよ」
気楽な調子で肩を叩かれ、曖昧に頷く。トールはステフとも二言三言話すと、離れて行った。入れ替わりにサイラスが隣に座り、耳打ちする。
「道中の宿、壁薄かったからな。ヴィルの声、結構聞こえたんだ。ライの奴、それで妬いたんだろう」
「えっ?」
「途中で、風術の音声遮断かけたから、大丈夫」
「……気を遣わせて、ゴメンな」
「いいってことよ」
サイラスはニヤリと笑って、離れ際にステフの背を叩いた。




