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西の辺境地帯

翌朝、昨晩の大雨が嘘のように晴れ渡った。テントを出る際、皆がステフの頭や肩をポンと一撫でしてから行く。ステフは照れくさそうに、頬を搔いた。


ヒューイにステフと同乗し、列の最後尾を走る。途中、ヒューイを飛翔させたタイミングで、ステフの背中に貼り付くようにして身を寄せ、耳元で囁く。


「昨日はありがとう。庇ってくれたんだろう?」


ステフは声には出さずに、胴に回ったこちらの腕を撫でた。


街道をハイペースで進み、先発の冒険者集団と覚しき馬車を追い越した。馬車に乗った冒険者達は、珍しい騎獣の隊列に歓声を上げている。トールは余裕で手を振り返した。他の面々は、チラリと一瞥して通り過ぎる。ステフはサービスとばかりに、ヒューイを飛翔させて上空から手を振った。歓声は一際大きくなった。


集落を幾つか通り越し、ちょうど日の暮れかかる頃に近付いた町で宿をとる。騎獣の集団で、宿の厩舎は満杯になった。二人部屋三室に分かれて荷物を置くと、食堂に集まる。給仕にお薦め料理を適当に頼み、好きに取り分けて食べ、エールを飲む。トールとレフは二杯目から蒸留酒に替えていた。トールは水割りだが、レフはストレートだ。


「二人とも、キツいの飲むんだね」

「エールじゃ飲んだ気がしないからな」

「俺は北の出身だから、アルコール度数高いのは慣れてるさ」


こちらは専らシードルだ。


「ヴィルは果実水の方がいいんじゃないか?」

「飲めなくはないよ」


からかい半分の『紅刃』に向きになって言い返し、ワインを頼む。グラス半分を飲んだところで、果実水を頼んだステフにグラスを取り替えられた。


「まだ飲めるってば」

「オレ、一杯じゃ多いから、半分頂戴ね」

「どっちが年上か分からんな」


サイラスに笑われて、ふて腐れ気味に果実水を飲む。料理がなくなり、夕食はお開きになった。


部屋に戻っても、ふて腐れ気分は続いていた。ステフは機嫌をとるように、躰を抱き寄せて揺する。


「まだ飲めたのに」

「二日酔いじゃ、ヒューイに乗るの辛いだろ?」

「……うん」


その夜──

本来なら、昨日のお礼も兼ねて、ステフをたくさん甘やかす筈だったのに、逆にこれでもかと甘やかされた。これでは、サイラスの言ではないが、どちらが年上か分からない。


それから、宿泊と野営を繰り返し、五日後に西の辺境伯領の領都へと辿り着いた。領都は小さいながら、なかなか賑わった街だった。領都の背後に聳える山脈に、隣国との国境を守る砦を擁している。


領都の冒険者協会に行くと、即座に応接室へ通された。そこには、協会支部長と辺境伯の代理人が待っていた。


「来てくれたか。早かったな」

「待っていたよ、上級冒険者諸君」

「騎獣で飛ばして来たからな。状況を聞こうか」


応接室では、支部長と辺境伯代理人が並んで座り、対面にトールと『紅刃』が坐して、他の面々はその後ろに並ぶ。今回の討伐クエストは、今までと違い辺境伯側が主体となるので、勝手が分からない。


前線の拠点は、辺境伯軍が統括しており、地元の冒険者も多数加わっている。協会側からは、連絡要員の幹部職員が詰めている。魔物の増加は著しく瘴気溜まりの発生が予想されているが、現時点での有無や位置は確認されていない。

──といった説明が、支部長からなされた。


「とにかく、現場を見なけりゃ話にならねぇ」

「朝イチで、前線に移動しよう。瘴気溜まりの調査も、翼犬で上空から見ればすぐ分かる」

「「よ、翼犬!?」」


トールの言葉に、支部長と代理人が驚愕した。まだ西の辺境までは、新たな上級冒険者の連れている騎獣の情報は、行き渡っていないらしい。


「それは、『黒槌』の騎獣なのか?」

「俺じゃない。この『翠聖』のヴィルの騎獣だ」


トールに名前を出され、支部長達の視線がこちらに集中する。傍観していただけの筈が、途端に居心地が悪くなった。


「『翠聖』は浄化能力者と聞いていたが」

「騎獣も持っているとは、攻撃力もあるのだな」


何やらおかしな誤解が始まっている。が、余計な口を挟む気はない。黙っているうちに話は進み、明日の予定が決まった。

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