雨の夜
冒険者は基本的に自由な立場だ。仕事の種類も内容も、もちろん仕事を休むことも、自分次第。だから、雨の降る中を、わざわざ外で仕事することは稀だ。出先で雨に降られたり、長期間の仕事でたまたま雨の日に当たるなど、限られた場面のみだろう。
今回のケースも、依頼が強制力のある指名依頼だったことや、移動距離が長いことで雨降りにかち合ってしまった。キャリアの長いトールが、対処に慣れていたのが救いだ。
加えて、トールは嵩張る荷物をコンパクトに運べる魔道具、魔法鞄を持っていた。空間魔法の付加された鞄で、作れる職人は少なく、高価なものだ。この上級冒険者チームの中でも、持っているのはトールと『紅刃』位だ。おかげで、大型テントが持ち込めて雨が凌げている。
雨音が間断なく聞こえる中、テントで六人が顔を付き合わせている。湿気と人いきれが気分を鬱ぐ。皆が早めに寝てしまおうかと横になった。その時、ふと思い出したように、サイラスが先程の話題を蒸し返した。
「そういえば、ヴィルとステフに出身地聞いてなかったな」
暫く言い澱んでいると、ステフが気楽な調子で答えた。
「オレ、街の南側にある田舎の村出身だよ」
「アベル達と同郷だって言ってたね」
「うん……何もない辺鄙な所。ヴィルは?」
「俺も、辺鄙な所の出身だよ。街からは随分離れてるな」
二人とも、それ以上の言葉は出なかった。ステフとは今まで、不思議と故郷や過去の話はした事がない。何となく、お互いに触れたくない空気があった。二人でいる時はそれで済んだが、ここにはそんな事情を知らない者ばかりだ。
「で、どの辺なんだよ、ヴィルの故郷」
空気を読まない『紅刃』が口を挟む。当たり障り無いよう考えながら言葉を探した。
「街の東側にある森より先の、辺境地帯さ」
「国境付近か?」
「いや、もう少し手前の、湖沼地方だ」
「故郷に帰ったりはするのか」
「あれは帰る場所じゃない。生きる術を覚えた場所ってだけだ」
「え?」
ただの暇潰しだろう質問に、つい苛立って声が硬くなった。ステフが庇うように自分の話を始める。
「オレの居た村、今は誰も居ないんだ。流行病で、皆ばたばた逝ったから」
「それ、アベル達は?」
「アベル達が村を出た後に病が流行って、生き残ったオレ含め数人で、街まで出てきたんだ」
「ステフ……」
思わず、隣にいるステフの頭を抱える。ステフは声を籠もらせながら、話し続けた。
「オレや他の生き残りは、前の年に流行病そっくりの病で熱を出して、寝込んだことがあった。それで、もっとキツい病が流行っても、罹らなかった」
「ステフ、もういい、話さなくていい」
ステフを抱え込む腕に力が入る。ステフの背中側から、サイラスの手が伸びて、その肩を撫でる。
「ゴメン、無神経なこと聞いて」
「……ううん」
テントの中に、重い沈黙が落ちる。雨音に混じり、遠雷のゴロゴロ鳴る音も聞こえた。
もし、ステフが自分の話をぶちまけなければ、どうなっていただろう。誰にも聞かせるつもりのない、故郷の話をしてしまったかも知れない。
故郷の村で、親の顔も知らずに育った。村の長老である老婆が、料理や洗濯、掃除などの生きる術を教えてくれた。保存食作りやハーブの活用など、今の自分が当たり前に出来ることのほとんどは、この老婆が教えてくれた。愛想も無く教え方も厳しかったが、家に置いて貰えるだけ有難かった。
村の年上女性達からは、ペットのような可愛がり方をされていた。ほとんどセクハラかというような、強引な抱擁や接吻は、数えきれない程された。
望みもしないそれらの行為のせいで、男衆からは嫉妬され、嫌がらせを受けた。無視や嫌味位ならまだマシで、半分はやはりセクハラまがいだった。
村の中で、長老の家しか居場所が無かった。
あの日も、こんな雨だった。育ててくれた長老が亡くなっていよいよ独りきりとなった時、村の男衆に乱暴されかけた。大勢で取り囲まれ、腕や肩を掴まれて、躰を撫で回された。押し倒され、のしかかってこようとする輩に抵抗し、なんとか逃げ出した。
その場を必死に逃げて、逃げ込んだ森の中、洞窟で雨宿りする冒険者に拾われた。粗野だったが気のいい冒険者について行ってこの仕事を覚え、以来ずっと生業にしている。
ステフとは、言葉にせずともお互いに分かっていたのかも知れない。帰る所の無い同士だと……
激しさを増す雨足に、いつ止むのだろうと詮無いことを思った。




