旅路
「ねぇ、まだ出発まで時間あるかな?」
ステフが怖ず怖ずと尋ねた。その場を仕切っていた最年長のトールが、暫く考えた後に頷く。
「よし、一刻後に出発しよう。で、準備したいものがあるのか?」
「この簡易盾じゃ頼りないから、もう少ししっかりした物が欲しいんだ」
「なら防具屋だな、案内しよう」
さすが、何人もの駆け出し冒険者達を世話してきただけある。ステフが何を思ってそう言ったか、的確に掴んでいた。トールがステフを伴い歩き出すのに、無意識に付いて行きかけるが、サイラスに腕を取られて止められた。
「そんなに過保護にするなよ。トールに任せておけって」
「え、でも……」
「俺らはこっち見に行こうぜ」
レフに背中を押されて、トール達とは違う方に移動する。『紅刃』が隣に並び、声を掛けてきた。
「ヴィルは魔力切れの心配があるだろう。マジックポーションの用意はあるのか?」
「下位の補助薬なら」
「すぐスッカラカンになってひっくり返るだろうが、もっと上位のものを持っとけよ!」
そのまま四人で、王都でも指折りの品揃えだという道具屋に行く。あれやこれやと、三人がかりで世話を焼かれて、ポーション類を揃えた。誰が過保護だ。
協会の建物に戻り、厩舎で騎獣達を引き合わせたりしていると、トール達が戻ってきた。ステフはいい表情を浮かべている。納得いく防具を見立てて貰えたようだ。皆それぞれの騎獣に乗って、王都を出発した。
向かう先は西の辺境地帯なので、来た時とは違う、西門から都を出る。上級冒険者達や騎獣を見慣れた王都の人々も、翼犬が人を乗せて走る姿には目を剥いていた。門番も、先頭のトールや続く騎獣達は愛想よく見送っていたが、最後尾のヒューイを見ると、ポカンとして目を擦っている。
「街でも暫くはこうだったし、王都の人もそのうち慣れるよね」
ステフは気楽に言う。気に病むタイプの自分には、こういう割り切りはなかなか出来ない。羨ましいとも、有難いとも思う。
街道を西に向かって、五頭の騎獣達が隊列を組み走る。先頭は黒狼に乗ったトールで、オオトリ、大山猫、一角馬が続き、最後尾を翼犬が行く。途中、王都行きの時にしたように、訓練も兼ねた飛翔も織り交ぜた。飛ぶヒューイを見たサイラスが、途中の休憩で言う。
「俺も飛んでみたい!」
「じゃあ、ステフと乗ってみて」
代わりにフロルの手綱を預かり、ステフの後ろにサイラスが乗る。ヒューイを飛翔させると、サイラスは感激しきりだ。それを見て、レフが自分もとせがみ、交代する。ヒューイの手綱を取るステフと、不思議とどの騎獣とも相性が良い自分が居て、初めて出来ることだろう。ルドは、久しぶりに乗る自分を歓迎してくれた。
「飛んでると、かなり遠くまで見えるな」
「西から雨雲が来てるから、途中で降られるかも」
降りてきたレフが飛んだ感想を言う隣で、ステフが雨の警戒をする。トールの采配で、早めに野営の準備を始めた。街道沿いの最寄り野営スペースに待避して、トールの持ち込んだ大型テントを張る。騎獣達は、なるべく雨を除けられるように、枝振りのいい木の傍に手綱を結ぶ。ヒューイは気儘に出掛けて行った。
「翼犬は繋がなくてもいいのか?」
「呼べば来るし、いつものことだよ」
「狩りも自前でするし」
レフの疑問に対しステフと共に答えると、皆呆れ顔でこちらを見る。自立したいい子なのに、変だろうか。『紅刃』が口を挟む。
「こいつら、翼犬を拾ったらしいぜ」
「拾った?狩ったんじゃないのか」
「迷子かよ」
サイラスやレフも、信じられないという風に呟く。ヒューイを拾った時の話をざっと説明すると、トールが笑いながら答えた。
「ヴィルヘルムらしいな」
テントを張り終え、水を確保したところで、雨の匂いが濃くなった。もうすぐ降り出すだろう。全員、テントに退避して、雨をやり過ごすことになった。
今日ばかりは、火を熾す訳にいかないので、携帯食に頼るしかない。作り置きの携帯食を袋から出すと、レフが珍しそうに覗き込んだ。
「王都の道具屋で売ってるのより旨そうだな」
「俺が作ったんだ」
「それも自前か。どういう暮らししてるんだ?」
「普通だと思うが」
「「普通じゃないよ!」」
レフとサイラスから同時に突っ込みを受けた。何故だ。
「俺は辺境の出身だから、自給自足に近いことをするのが当たり前なんだ」
「俺も田舎の出だけど、やれないぞ」
それから、話が互いの出身地のことに及んだ。レフは北の国境付近の出身らしい。サイラスは王都近郊の田舎育ちだという。トールはこれから行く西の辺境伯領の出身で、王都に拠点を構えてから帰ったことがないそうだ。『紅刃』は王都出身だから、逆に田舎のことが分からない等と吐かす。
「あ、雨だ」
雨粒がテントを叩く音が響く。暫くは止みそうもない。




