拍子抜け
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。物置部屋か何かだろうか、雑然と箱やら棚やらが置かれ、その隙間に放置されていた。窓は、壁の上の方に、横長の明かりとりがあるきりで、もしかしたら半地下の部屋かも知れない。
我が身を振り返ると、とりあえず躰の拘束は無い。身に付けているものもそのままだ。ということは、人を眠らせて連れて来ておいて、何もせず放置しているのか……ますます、何が目的だか、分からない。尾行の仕方から身のこなしまで、如何にも素人臭い連中だったが、一体何者だろうか。
部屋の中を見回すと、窓と反対側の壁に扉があった。把手に手を掛けるが、動かない。鍵穴は見当たらないので、閂でも掛けているのかも知れない。試しに、軽く体当たりしてみる。少し軋んで、隙間が空いた。そこから覗くと、閂どころか、紐か何かで把手を外から縛っているだけだった。あまりにも杜撰な手口に、連中の正体が余計に分からなくなる。奴らの一人が「あるお方」と言っていたことから、今居る場所は黒幕の関係する施設だろう。
ここに居ても埒が開かないので、脱出を試みる。手持ちのナイフを取り出し、隙間に差し込むと、把手を縛っている紐を切っていく。時間はかかったが、難無く扉が開いた。部屋から、薄暗い廊下へ出る。気配を探りながら進むと、上への階段があった。階段を上がり左右を見回すと、遠くに人の気配を感じる。より気配の少ない方に進む。幾つか角を曲がると、前方に一人居るのが見える。その背中に見覚えがあった。近付いて声を掛ける。
「ダールさん」
「お、ヴィルじゃないか。こんな所でどうした?」
「ここは何処なんですか」
「何処って、神殿だよ」
聞けば、ダールは神殿の護衛神官からの依頼で、薬の納品に来ていたという。以前から定期的に傷薬や毒消し、体力回復剤などを納品していたらしい。
「なんか知らんが、前回は急ぎで睡眠薬も欲しいって言うから、強力なヤツ渡しといてやったぜ」
「お前か!」
「はぁ?」
今回の災難の片棒を担いでいたのがダールだったとは。苛つきもするが、妙に納得もする。つまり、この馬鹿げた拉致もどきは、神殿の護衛神官が犯人ということか。前に、協会を訪ねてきた神官長補佐とかいうヤツを追い返したことを思い出す。あの件は、まだ終わっていなかったらしい。ヤツらの言う「あるお方」とやらが、話があるとか言っていた。表向きに話すだけと装う為に派手な拘束などが出来ず、杜撰で中途半端な拉致監禁になったのかも知れない。
「何かあったのか?」
「とりあえず、外に出たい。案内してくれ」
「後で事情聞かせろよ」
勝手知ったるダールにくっついて、易々と神殿から脱出した。その足で組合に行き、ダールに事情説明込みのブリーフィングをすることになった。
「……で、何があった?」
「神殿の連中に拉致されて監禁されかけた。自力で抜け出たところで、あんたに会ったんだよ、ダールさん」
「はぁ!?」
「さすが、ダールさんの睡眠薬はいい仕事するな」
「おいおい……マジかよ?」
「作り話と思うか?」
「なんてこった」
業腹な話だが、これ以上の真相追求は出来ない。物的証拠も無しに一方の証言だけで、相手を断罪出来ないのだから。
「で、思い当たる節はあるのか?」
「あるとすれば、俺の上級昇格の理由だろうな」
「噂の『聖女』並っていう、アレか」
「神官以外の癒し系能力者なんて、増してや『聖女』なんて居て貰っては困るんだろうよ、神殿側は」
「スカウトかよ、お前も難儀だなぁ」
前の浄化クエストの時に『紅刃』が「爺は使えん」とぼやいていたが、『聖女』抜きでの瘴気溜まりの浄化は、どうしても大掛かりになってしまうという。多少でも浄化能力のある神官を複数用意して、自衛も禄に出来ない彼らの為に護衛を大勢連れて行くことになる。大量の魔物を間引きながらの大所帯での移動は、困難を極めたらしい。そう、経験者のトールが話していた。
ダールとのブリーフィング兼事情説明を終えてから、冒険者協会に報告しに向かった。




