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拾った卵

家に帰り着くと、旅装を解くのもそこそこに、ヒューイの身繕いをする。死にかけてボロボロだった上、流血による血糊などがべったりこびり付き悲惨な有様だったからだ。ステフと二人がかりで大きな躰を洗ったり拭いたり、ブラッシングしたりすると、毛足の長いクリーム色の被毛も同色の翼も艶やかになり見違えるようになった。薄汚れた野生の獣が、立派な騎獣に様変わりした。


「ヒューイ、こんな色だったんだね。鼠色かと思ってたよ」

「しかし、大きいな。この厩舎、ゆとりがあると思ってたのに、これ以上育ったらギリギリだ」


借家選びの際、周囲の詫びしさに目を瞑って、大きさに余裕のある家にしておいて助かった。街中の手狭な方にしていたら、いきなり引越する羽目になるところだ。翼犬の大きさに、改めて感じ入る。


ヒューイを休ませて家に入ると、今度は拾った卵だか石だかの処遇を考える。どちらにしても、重くて台に載せられないし、床に転がしておくのも憚られる。結局、ヒューイ用の寝藁を布で包み、即席のクッションを仕立てて卵を置いた。場所は、居間にあるソファの脇で、家の中では一番目に付きやすいところだ。


「これ、何が孵るのかな?」

「ただの石かも知れないぞ」

「そうは思ってないだろう、ヴィル?」

「気になるから拾ったんだけどな」

「元気に育ってくれよ!」


そう言って、ステフは卵を撫でる。その隣に並んで、卵に手を差し伸べる。硬く冷たい感触で、生きているのか分からない。何が生まれても生まれなくても、大事にしたいことに変わりは無い。一緒に卵を撫でながら、そんなことを思った。


夕食の支度を始めると、ステフが落ち着き無く背後をうろうろする。何か手伝いたいらしい。覚えておいて損はないだろうと、食材の下拵えを幾つか教える。覚束ない手付きで真剣に下拵えをするステフに、そのうち簡単な料理も教えてやろうかと思う。レフやサイラスのような、キャリアが長いのに野営料理一つ出来ないままでは、ステフの将来が心配だ。


食後、ヒューイの調教について相談した。まだ人を乗せたことの無いヒューイを、騎獣として訓練しないといけないが、お互い騎獣を持った経験は無い。とりあえず、仕事の時に連れ歩き、徐々に馴らしていくのがいいだろう。


翌朝、そろそろ通常の仕事モードに戻ろうと、連れ立って冒険者協会に向かった。エントランスの依頼ボード前には、既に大勢の冒険者達が並んでいる。何時にも増して、こちらを覗う視線やひそひそと噂する声が騒がしい。ステフはアベル達を見つけて合流し、こちらは相変わらずソロで熟せる依頼を見繕う。めぼしい依頼を幾つかピックアップして、窓口に行った。


「ヴィルさん、上級昇格おめでとうございます。街では久々の上級冒険者ですよ」

「やってることは変わらないのにな」

「いつもの指名依頼も入っていますよ。ダールさんからですね」

「じゃあ、後で組合に顔を出すよ」


依頼を受けて窓口を離れ、ステフに片手を挙げて合図すると、協会を出て職人組合へと向かう。途中、中央広場を通り抜ける間、先程までとは違った(よこしま)な視線を感じるので、少し歩調を早めた。組合に入ると、やっと嫌な視線が途切れてほっとする。窓口に声を掛け、ダールに取り次ぎを頼んだ。


「ヴィルさん、上級冒険者になったんですってね」

「そうらしいね」

「ご自分のことでしょうに……そうそう、今日は珍しく、ダールさんがまだいらしてないんですよ」

「じゃあ、また明日にでも出直すかな」


組合を出ると、再び先程と同じ嫌な感じの視線が付きまとってきた。ゆっくり歩きながら気配を探ると、やや後方に黒っぽいローブ姿の一団が見える。尾行するにしては技術的に拙いし、意図が分からない。手近な路地に誘い込むと、直接問い質した。


「何か用か?」

「ヴィルヘルムだな。あるお方が、お前に話があるそうだ。来て貰おうか」

「断る」

「そうはいかん」


黒ローブ達は、こちらを捕まえにかかる。だが、拙い尾行をするような素人臭い者達なので、躱すのは容易い。とはいえ、多勢に無勢、逃げ切るのは難しい。数人を躱しその場を立ち去ろうとしたところで、黒ローブ達の一人に腕を掴まれると、別の一人に布で口を塞がれる。布に薬でも仕込んであったのか、ふらりと気が遠くなった。

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